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~紲雷 thunder of bonds9~

 小雪がしんしんと降りしきるルクスプテロン南方の地。雪解け水が小川を成す山の裾野は静寂に包まれている。ふと、積雪から顔を覗かせた小さな若葉を()もうとしていた親子鹿が、遥か遠方から発せられた気勢にぴくりと耳を立てた。

 セーニアとルクスプテロンとの空前絶後の魔法戦により、ヌレイフの大地は湿地帯の大部分が蒸発し、一時は七割ほどが砂漠と化してしまっていた。今現在は、その場所に大きな湖が出来上がっている。当初は辛うじて残った自然豊かな湿地帯も完全に水没してしまうのではと危ぶまれていたが、不幸中の幸い、それ以上侵食されることは回避されていた。

 黄金色の蛙が低空を飛ぶ羽虫を追って大きな蓮の葉をじぐざぐに飛び越えていく。その上空では、薄灰色の空で乳白色の鳥獣(グリフォン)(つがい)が、餌になりそうな動物がいないかと地表に目を凝らしている。

 ややあって、前方で羽ばたいていた鳥獣が奇声を数回上げ、広げた両翼を左に傾けて方向転換した。まるで、何かから逃れるように。


 鳥獣のいた位置から数キロほど離れた湖のほとりでは、列をなして拳を交互に突き出す者たちがいた。そして、やはり数名の者が列の合間を闊歩している。フラムハートの新米傭兵たちの合同演習である。

 今期末フラムハートに入団した傭兵たちはおよそ三百人。そこからして他のギルドとは規模スケール)が違う。中小ギルドのように一人一人に訓練を施すわけにもいかないので、新規の傭兵が入団した後には必ずと言って良いほど行われる恒例の行事である。

 四大ギルドと言われるようになってからはそれなりの年数が経つが、最古参にして最大規模の傭兵ギルドということで入団希望者は今も引っ切り無し。今回の試験も倍率は三十倍と狭き門になった。入団希望者が多ければそれだけ競争も激化するのだが、そこから一歩抜け出せた者は晴れてフラムハートの傭兵を名乗れる。名声を求める者にとってはその名前だけでも価値あるステータスと言える。

 上級傭兵ともなるとルクスプテロン連邦から割譲されている私有地をギルドから分け与えられる。そういった事情もあって彼の国との関係は概ね良好。その一方で決して悪くなかったセーニアとの関係はここ数年で悪化の一途を辿っている。ことにヌレイフの戦い以後は、セーニア領の支部は軒並閉鎖、もしくは数名の支部員を残して休業を余儀なくされている状態だ。


 ちらりちらりと左右の傭兵たちの動きをチェックしていた黒髪の少女が立ち止まった。それから、少しして拳を突き出した姿勢を維持している若者に近づき、両手で腕をぐっと押し上げた。男が上背であることもあって、やや背伸びをした格好。

「……これくらいの高さの方が、いいと思う」

「あ、ありがとう、ございます」

 フォームを修正させられた男が、自分の胸ほどの背丈しかない少女にはにかみつつ礼を述べた。にわかに信じ難いことであるが現在地は人里から大分離れている。まさか地元の人間が修練に紛れ込んでいるとも思えない。とどのつまり、自分より明らかに年下に見えるこの少女も、この場で新米傭兵たちを指導している上級傭兵の一人なのだ。

 腕の位置を直された男は遠ざかっていく少女を名残惜しそうに見つめた。漆器を彷彿とさせる見事な黒髪は前がアーチ状に切り揃えられ、横と後ろは耳の下程に切り揃えられている。ややボリュームが少なめだが、左側頭部には鳥を模した黒い髪留めが差し込まれていた。片翼が捥ぎ取られていて不格好ではあったものの、今もなおそれを使っているところから愛着がある物なのだろうと察することが出来た。

 蟲惑的な紫の瞳は釣り目でも、さりとて垂れ目というほどでもない。鼻はやや低めで小さな唇はミニトマトが入るかどうかも怪しい。フリルのついた黒いブラウスに厚手のグレーのスパッツ。寒風吹き荒んでいることもあって首元には青いマフラーを巻いている。腰には茶色い網革のベルト。左右の腰のホルダーには、柄に焔を象った紅の紋章が彫られた短剣を二本差している。


 ふと、ゆったりと歩いていた少女が顔を上げ、空の一点を睨んだ。それに気づいた男が、続いては何人かの新兵たちが彼らに釣られて空を見上げた。

 突として、灰色の雲の中に巨影が映った。ややあって雲を突き破ったのは純白の鳥獣(グリフォン)。その大きさたるや、標準的な大きさの二倍はあるかのように見えた。明らかに自分たちの方目掛けて降下しているのを視界の中心に捉え、慌てて臨戦態勢を整えようとする新兵たちに、しかしその場にいる指導員たちから待ったがかかる。


 段々と近づいてくる鳥獣(グリフォン)を見て、ようやく新兵たちも納得し、体の硬直を解いた。長い毛足の真っ白な鳥獣(グリフォン)は背に人らしき者を乗せていた。

 建物にして三階ほどの高さにまで降りてきたところで、齢三十半ばほどの女騎手が手綱を手放して黄緑色のゴーグルを持ち上げ、軽快な身のこなしで地面に飛び降りた。しかし、そこは新雪の降り積もった柔らかい地面。騎手は雪面に足を付けた途端、一瞬にして姿を消した。

 居並ぶ傭兵たちが目をぱちくりさせる中、足元から聞こえるくぐもった呻き声に黒髪の少女が溜息を吐き出した。できたてほやほやの穴に近づき、ゆっくりと手を差し伸べる。


「あー……皆の衆、鍛錬ご苦労」

「……キマらないですね、ミャン隊長」

 穴から引き上げられた女はむらのある雪化粧の施された顔に照れ笑いを浮かべながら、少女の頭をくしゃっとひと撫でした。

 ミャン・ハルマー。フラムハートの女傭兵にしてマスターの直属部隊、<焔守人(フラム・ガーディアン)>に三人いる隊長格の一角。齢八十とも最古参とも囁かれている彼女であるが、森族特有の長寿故にその肌は未だ若々しさを保ち、人族や獣族で言えば三十前半と言っても通じる容姿だ。女性にしては上背があり、やや黄みがかった肌の色をしている。ウェーブ状の髪はざっくばらんに後ろで一纏めに結ばれ、美人というよりはひょうきんな姐御といった印象。ギルド内での人望は厚く、縦にも横にも繋がりが広い。よくマスターの方針に口を出すことから、マスターの補佐をする立場であると同時にお目付け役ともみなされている。

 ミャンは大きく身震いして雪を振るい落とすと、琥珀色の菱形の目を細めた。自分の肩に飛び散った雪を、少女は一瞥だにせず払い落とす。

「……お久しぶりです。訓練の視察などと、一体どういう風の吹き回しでしょうか」

「その言い草はないだろう? 不測の事態に陥っていないか気になったから様子を見にきたんだよ。それと、話は聞いてる、<焔守人ガーディアン)>配属早々に訓練の統括をやらされるなんて大抜擢じゃないか」

「……いえ、こちらでは新米のようなものですから、頑張ります」

 豪雪地帯で一週間ぶっ続けでの軍事演習。寒さと修練による疲労から欠伸を噛み殺す回数は目下急上昇中。抜擢どころか災難といってやりたいくらいだが、ピオラ・ディ・スターニアルにも上司の前で仕事上の不満を口にしないくらいの分別はあった。ただ、ミャンの『やらされる』という言葉に貧乏くじのニュアンスが含まれているのは疑う余地もない。

「期待しているよ。それにしてもあんた、大分まともに喋れるようになったじゃないか、感心感心」

「……誰かさんに散々発声練習、させられましたからね」

 ピオラは(ひよこ)のように唇を尖らせながらそう言った。支部での連絡事項がある度、全て自分に丸投げしてきた上司に。

「そこんとこは逆に感謝して欲しいくらいなんだけどね、こっちはあんたの舌足らずを心配して――」

「……別に、頼んでませんから」

 ぷいと横を向いたピオラを見て、ミャンは鼻の下を擦る。

「んー、素っ気ないところは相変わらずか。後は、こっちの方も相変わらずAと――」

「――胸の大きさは任務に影響しません。むしろ軽快な動きには邪魔です。……断っておきますけど、あと5mmでBですからAの上、ちゃんと日々成長してるんです」

 ミャンの視線の向く先にピオラが眉をひそめつつも反論する。完全に邪魔と突っ撥ねられない辺り、胸の有無はそれなりに彼女のコンプレックスであるようだ。定格サイズに上とか下とかつけるのもいじらしさというよりは、たとえようのない悲哀を感じる。


 そんな些細な感情はおくびにも出さず、ミャンはにかっと笑ってみせた。笑えば大抵のことを誤魔化せるというのが彼女の信条だということをピオラもよく知っていた。

「言うようになったじゃないか。いやはや、我が子の成長を見せつけられているようで嬉しいよ」

 からかい口調のミャンにピオラが口を窄めた。

「……そういうことは結婚してから言ってくだ――つぅっ!」

 唐突に響き渡った重低音に、居並ぶ傭兵たちから『……嘘』とか『まじかよ』とかいう類の声がちらほらと漏れた。目の据わったミャンから十歩ほど離れた場所に、額を押さえたピオラがいた。

「だーれーがー、行き遅れだって」

 でこぴんから発せられたのは棍棒で殴ったかと錯覚するほどの衝撃音。最寄りの木の梢からは場に響き渡った震動でどさどさと雪が落ちてくる有様だ。

「……そ、そこまで言ってないです、……暴力、反対」

 いくら自分が小柄とはいえ、たかだか指で小突いたくらいで大人一人を吹っ飛ばすとは非常識に過ぎる。涙目のピオラは赤くなったおでこをそっとさすった。痛みが冷たさに馴染んだ頃合い、ゆっくりと膝を伸ばす。

「……あの、隊長に命じられた通りに訓練を続けていますが、セーニアの手の者は斥候くらいしか姿を見せません。……そちらの方は……ちょ」

 ミャンがでこぴんを見舞った指先をぺろりと舐めた。ピオラとしてはいくら同性であってもそういうことはして欲しくなかったし、百歩譲ってするにしても人目の届かないところでやって欲しかった。変態。そう心の中で罵倒したことも一度や二度ではない。とはいえ、嫌がるのを面白がっている節もあるのでそれを口にして良いものか迷う所ではある。

「そうそう、そんな風に不安に思う頃だと思って忙しい中わざわざ足を運んでやったのだよ。感謝したまえ」

「……はぁ、そうですか」

「周囲の反応は今のところいい感じだよ。諜報部も近隣で広まっている噂を確認している。流石に王都近辺では動揺も少ないみたいだけど、この界隈では私たちの意味不明理解不能な行動にかなり気を揉んでいるそうだ。近いうちにルクスプテロンが反撃に転じるんじゃないか、ってね」


 ヌレイフでの戦いでは前例がないほどの夥しい死傷者が出たため、セーニアの民の心には大きな爪痕が残されている。国民性に自意識過剰なところがある故に、相手方もそうだという考えには今のところ至っていないようだ。

「……ルクスプテロンには今回のことは」

「許可は取っていないけど、そこはほら、単なる演習って言ってあるから。国境付近でやることに関しては、少し実戦的な訓練をやりたいって言い訳をちゃんと用意してるし、マスターも前もって苦情のひとつやふたつは覚悟してるって言っていたから大丈夫」

「……そうですか。セーニアの方は大丈夫でしょうか、こちらの思惑を気づかれでもしたら」

「それはまずないし、気づかれたとしても特に問題はないよ。事情を一切知らん国民に自分らがこそこそ悪事を働いていました、って説明するわけにもいかないだろ? あんな胡散臭い理由を持ち出すんだから後ろ暗いことをやってるのは確実だよ。仮にこちらの企みを全てわかっていたとして、有効な防止策がないんだ。勝手に深読みして尻尾を出してくれればしめたものさ」


 ここ最近、セーニアのジヴー遠征について、フラムハート内でもセーニアがジヴーにこれほどまでに執着しているのは不可解だという意見が相次いでいた。おそらくは周辺諸国でも似たり寄ったりだろう。宣戦の理由とされたルクスプテロンへの鉱石輸出に関しても、戦争を起こさずともそれを妨害する手立てはいくらでもあったはずなのだ。

 現段階での判断材料から推察するに当たり、セーニアにはジヴーを制圧しなければならない理由があるのでは、という意見が大半を占めている。その大きな手掛かりがつい先日、予期せぬ所から持ち込まれていた。

 ジヴーとセーニアとの戦争は既に最終段階を迎えているが、ここにきてルクスプテロンへの支援を止めさせるためというお題目は足枷になってきている節がある。高騰を続けていたはずの鉱石類が、各地方都市の市場で大量に入荷され、一気に下落したためだ。おそらくはどこかの企業ないし国が有事に備えて溜めこんでいた物が放出された、と推察されている。その出所を探ろうとしたのだが、いくつもの代理店を経由して巧妙に隠されていた。

 この出来事によって鉱石類の価格上昇に歯止めがかかり、ルクスプテロンにもジヴー以外に仕入れ先を考えるゆとりが出来た、というわけだ。今ここで兵を引き上げないとすると、セーニアが戦争を始めた理由に矛盾が生じてしまう。

 そうかといって、今更戦争理由を()げ替えれば周辺諸国の反発は免れないだろう。ジヴーの難民受け入れに尽力したフォルストロームの武神キーア。あるいは、フラムハートのマスター・アークスの親友でもあるケセルティガーノの賢王オネスト。彼らは世界的にも著名な武道派であり、義侠心に厚いことでも知られている。どちらか一方でも動けば、様子見に徹していた周辺諸国もその流れに加わる可能性が高い。それは、セーニア側が最も避けたい事態に相違ない。けれども――


「……こんな遠い場所での演習に一体どれほどの効果があるのか、正直言って半信半疑なのですが」

「はは、私もだよ」

 意外な言葉にピオラが眉を上げた。

「……演習は、ミャン隊長が企画されたわけではなかったんですか」

「うんにゃ、マスター・アークスの一存……ってわけでもないか。名前は明かせないけれど、アークスと親交のある人物から持ちかけられたんだ。依頼を受けるに当たっては仲間内でそれなりに揉めたんだけど、セーニアの反応が見られるだけでもメリットはあるだろうって鶴の一声で決まった。彼としては、今後のセーニアとシルフィールの出方を占う意味でやっているんだろうね」

「……シルフィール?」

「――――っ」

 訝しげに下唇に指を置いたピオラに、ミャンが慌て気味に自分の口を片手で押さえた。束の間の沈黙の後に、ピオラが口を動かす。

「……依頼者は、シルフィールの傭兵、もしくは関係者、ですか」

「あー、いやー、まー、そのー」

 おたおたとしていたミャンは、表情の変わらぬピオラに諦めたように肩を落とし――

「お願い、聞かなかったことにして」

 お参りでもするかのように頭を下げて手を合わせた。

「……いいですけど、私よりもここにいる皆さんにお願いした方が」

 顔を上げたミャンが渇いた笑いを洩らす。他の場所でもこの調子で話を漏らされていないだろうか。ピオラは不安げに長い睫毛を揺らした。


 ――それにしても、一体誰が。

 ピオラが頬に手を当てて思考に耽る。マスターであるアークス・ゼノワと親交のあるシルフィールの傭兵となると、それだけで大分候補が絞られてくる。兄弟子であるビリー・スタンレーか。もしくは学友であるニルファナ・ハーベルか。シルフィールのマスター、ラミエル・エスチュード。はたまた、バイルワールドの掃討で活躍したアルマンド・ゼフレルという可能性も捨て切れない。

 ――そういえば、ハーベルさんってあの人の――


「――ひゃんっ!」

 突として腰の辺りから冷え切った手を滑りこまされ、ピオラが素っ頓狂な声を挙げた。頭の中の候補者リストが一瞬にして吹き飛んだ。目を見開いたまま首を後ろに捻ると、先ほどまで前方にいたはずのミャンが悪戯っぽく瞳を光らせていた。

「……な、なにしてるんですか」

「いや、隙だらけだったからちょいとお肌チェックをと。――あらあら、まぁまぁ、憎たらしいくらいにすべすべなお肌じゃない」

「……やっ、変なとこ触らないでくだ……んぅっ!」

 脇の下辺りを指で小突かれた途端、背筋に抗いようのない電気が走り、ピオラの足が勝手に爪先立った。

「感度も良好――とっ、おやおやぁ、こんなところに瑞々しい果実がひとぉつ、ふたぁつ」

「……お、オヤジですか! ……くっ、……むっ」

 ミャンが片手でピオラの細い腰を抱き締めつつ、もう片方の手を服の中で暴れさせる。独立した生き物のように蠢く手の感触に、ピオラが声を漏らさぬよう必死に唇を結ぶ。最初の内こそ我慢できていたようだが、指先が皮膚を往復する度に走る痛みともこそばゆさともつかぬ感覚に、段々と声を押さえられなくなってくる。

「……い、いい加減に、んっ、……はぁっ!」

「おっ、ここかなー? ピオラちゃんのじゃ・く・て・ん」

 耳元で囁かれた楽しげな声に、反してピオラが悔しげな声を漏らす。腕の中で悶えるばかりの少女に、ミャンは存分に嗜虐心を擽られているようだった。服の中で蛸足のように五指をくねらせ、ピオラの口から悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を引き出していく。

「ひあぁっ!?」

 舌先でうなじにかいた汗の雫を舐め取られた途端、口から飛び出した声の大きさに、霜焼けで赤らんでいたピオラの顔が更に上気した。けれども火照った体に動揺する間もなく、今度は胸へと与えられる刺激に意識が飛んでしまう。周囲から突き刺さる戸惑いと好奇の視線に堪え切れず、ついに歎願の様相を呈してくる。

「……やぁ! お、お願いです、これ以上は――んっ!」

「ふむむむ……これは、75のAといったところかな。どうやらサバは読んでいないようだね、確かにBまでもう一息だ。でもねピオラ? 私見ではあるけれど、それはそれで勿体ないとも思うのだよ? 世の中にはちゃあんと貧乳愛好家という存在も――とっ」

 与えられる刺激に仰け反るばかりだったピオラがばたつかせていた足を地につけた瞬間、不安定な体勢ながらも雪面を強く蹴り上げた。体を捻る様にしてミャンの腕を振り解き、彼女の頭を飛び超えて背後に着地。

 何とか魔手から逃れることに成功したピオラは片手でヘソの上まで捲り上がった服をばっと下ろしつつ、もう片方の手を短剣のホルダーに当てた。


「……はっ……はぁ。……悪ふざけが過ぎます! ……こんな酷いセクハラ、信じられない!」

「女同士の単なるスキンシップだろうに、そんなに声を震わせちゃって可愛いなぁ。……もっとしたくなっちゃうかも」

 ぼそっと語尾をつけ足した瞬間、ピオラの小柄な体から似つかわしくない獰猛な殺気が放たれた。瞬時にミャンが反応し、跳躍と同時に半回転して距離を取る。それ以上飛びかかってこようとしないピオラを目前にしながらも、ぐっと腰を持ち上げる。それからゆっくりと周りを見回し、髪を掻き分けながら一人納得した。男女を問わず、列をなしている傭兵たちの顔が赤らんでいるのは寒さのせいだけではなさそうだ。

「……うん、ちょっと悪乗りし過ぎちゃったみたいね、反省してる」

「……この、ド変態。今度やったら、絶対にただじゃおかないんだから」

 潤んだ目つきの鋭さと剥き出された歯には流石に罪悪感を喚起させられたのか、ミャンはばつが悪そうに舌を出した。


「めんごめんご。じゃあ、気を取り直して今後の方針を伝えるから、少し顔を貸してくれるかな」

 ――こっからはあまり公にできない話なんでね。

 間断なく送られてきた念話に、ピオラの瞳が微かに揺らいだ。シルフィールとの関係を仄めかすことよりも公にできない話とはなんなのか。沸々と湧いてきた興味が怒りを追い越す勢いで迫ってきた。

「……もう変なこと、しないですか」

 しないしない、と首を振ってみせるミャンに、ピオラは不承不承うなずき、手をホルダーから遠ざけた。

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