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~後継 succeeded to wishes9~

 アルマンド・ゼフレルがシュイとピエールに悪戯小僧のような笑顔を向ける。準ランカーになって以来ずっと顔を合わせていなかったが、印象は以前とちっとも変らない。日焼けした手足は若さと活力に漲っている。稜線のはっきりした鼻に太い眉は彫刻のようだが、不規則に伸びた無精髭がどこかひょうきんさを醸し出していた。

 そして、今しがた垣間見せたその力はいかな腕自慢の追随をも許さないだろう。少なからず腕を上げたからこそ、その実力がどれほど驚異的なものかがわかる。


「シュイとは結構久し振りだよな、一年半ぶりくらいか。時におまえ、また鎌をなくしちまったってわけじゃないよな」

「いや……先の戦闘で使い物にならなくなったから置いてきたんだ」

 後ろを覗き込もうと首を伸ばしたアルマンドの発言に、ボロボロにされた相棒を思い出し、気持ちが沈み込む。特殊な合金を使用しているため、修理はシャンに頼むしかないが、武器に拘りを持つ彼のことだ。あの有様を見たらきっと機嫌を損ねるだろう。

「それにしても驚いたな、まさかあんたがここに――」

「――なんで来ちまったんだ!」


 予想だにしない後ろからの怒声に、シュイが口に出しかけた言葉を飲み込み、振り返った。険しい顔をしたピエールがシュイを押しのけるように前に出てアルマンドの前に立つ。

「なんで、って言われても返答に困るな。強いて言うならそういう気分になったからだ」

「答えになってねえよ! ヴァニラさんの容体芳しくないんだろ! あんたが傍にいてやらなくてどうすんだ!」

 聞き覚えのない人名にシュイが首を傾げる。名前のニュアンスからすると女性だろう。

「――おいこら、嫁を置き去りにしてきたてめえにそんな偉そうなことを言う資格があんのかよ」

 アルマンドの手厳しい反撃にピエールが口を噤む。だが、次には引き締めた顔を綻ばせていた。

「なーんてな、そんなにまじになりなさんな。見ろ、いきなり怒鳴るからこの娘が怯えちまってるじゃねえか、なぁ?」

 アルマンドが肩にちょこんと乗っている少女を指し示した。頬に擦り傷を作った少女はアルマンドの逆立った髪にしっかりしがみつきながら、ピエールに恐れを含む目線を向けていた。

「あ、す、すまねぇ」

「はぁ、もうちょい気の利いた台詞はないのかねぇ。ま、一応心配してくれてるみたいだから教えてやる。彼女の状態管理はデニスに任せてある、適当に暴れたら直ぐに帰るさ」

 アルマンドの言葉に、ピエールは渋々といった風に小さくうなずいた。ミルカを引き合いに出したということは、つまりはアルマンドの大事な女性なのだろう。


 そういえば、とシュイは記憶を辿る。以前エヴラールから支部長就任の打診を受けた時、アルマンドに矛先を向けようとしたことを思い出したのだ。その時はやむにやまれぬ事情があるとのことであっさりとシュイの推薦を突っぱねられた。ピエールの口振りから察するに、エヴラールの語っていた事情とは彼の恋人か、あるいは家族などの看病ではないか、そうと思い当たる。それならば、支部長推薦を跳ねのけるに足る事情であり、本部が酌量するに足る事情だ。

 邪推を巡らせていると、唐突にアミナの顔が割り込んできた。紅玉のように爛々と光る目は眉と仲良く釣り上がり、三角耳は険しい山のようにピンと立ち、桃色の唇は真一文字に結ばれている。何故に怒り顔なのか意味不明理解不能。軽く汗ばんできたのを感じ、慌てて雑念を振り落とした。


 地鳴りが響き、瓦礫が崩れ落ちる音と共に、倒れていた砂の巨人が地面に両手を突き、ゆっくりと体を起こした。尻餅をついている状態でもその背丈は樹木を越している。

「いかん、また動くぞい!」

 スザクの声に反応し、シュイたちが倒れている兵士や町人たちに視線を走らせる。崩れてきた石垣に足を挟まれている者もおり、救出作業は難航しているようだ。今<地縛巨霊ルキメギア>に暴れられたら非常に面倒なことになるだろう。

「倒した方が手っ取り早そうだな、アルマンドさんたちは救助に専念してくれ」

 ピエールがシュイの心の内をそのままに代弁する。シュイは巨人と相対しているピエールの横に並び立った。

「そりゃ構わんが……おまえらに任せて大丈夫かぁ?」

 アルマンドがどこか楽しげに唇を曲げてみせた。

「いっとくけど今の俺は昔とは一味違うぜ」

「二流の台詞だな」

 からからと笑うアルマンドにピエールがぐぅと呻く。どうやら未だ上下関係は健在らしい。


 唐突に飛来してきた巨大な砂弾に三人の顔付きが変わる。ピエールが辰力を腕に行き渡らせ、神木剣ダンメルシアの白刃を下から上に抜き放った。

 オーディス流剣技、<水勾扇刀ヴァーシル)>。白い霧を伴った衝撃波が前面に展開され、空間固定。砂弾を遮る防壁と化す。着弾と共に行き場を失った砂風が左右に飛び散った。アルマンドの感嘆の声を尻目に、シュイとピエールが砂の雨の中に駆け出す。

 無傷で攻撃をいなしたピエールに<地縛巨霊(ルキメギア)>が不服そうな声を上げた。向けた拳を下ろさずに再度砂弾を発射。三人が三手に分かれてそれを回避。通路の中央が砂で彩られる。

 後ろに下がったアルマンドを放置し、巨人が掲げた両腕を全身してくる二人に向けた。その手の先から砂弾が連続して撃ち出される。

 シュイが横にあった石垣を軽快に蹴り上げ、ひらりと空に舞い、傍らの家の屋根に着地。屋根から屋根へと飛び移り、巨人との距離を詰めていく。

 一方のピエールは巨人にほとんど一直線に突き進む。砂弾が走るピエールの後ろに伸びる影を幾度も潰す。尊敬する先輩の面前ということもあり、いつもより張りきっているのだろう。

 そんなことを考えているうちに、縦に振るわれた巨人の右腕が通路を蹂躙した。真っ直ぐに伸びてくる砂の荒波がピエールを呑み込み、石造りの住居を垣根ごと貫通する。


「ピエール!」

「――大丈夫、ここだ!」

 今の一瞬でピエールは真上に跳躍していたらしい。鞘に入ったままの剣を巨人の前腕に突き立て、シュイの真横に並んでいた。身軽さも以前とは比べ物にならないようだ。シュイはほっと胸を撫で下ろす。

 巨大な体から繰り出される一撃の破壊力は侮れない。当たらなければどうということもないが、長時間好き勝手されたら町の作りが変わってしまう。何より、後ろにはジヴー兵や民間人が控えている。あまり長引かせるわけにはいかない。


 ピエールがシュイに先んじて巨人の右腕を走り出す。砂の道を駆け上がっていく彼を援護すべく、シュイが<集束する雷ライトニング・ボルト>を巨人の顔に向けて撃つ。直進する雷が巨人の大きな左手で遮られ、受け止めたその手が今度はシュイに向かって降り下ろされる。前の住居の屋根へと飛び移った瞬間、轟音。先ほどまで立っていた住居の倒壊音が響く。

 そんな中、肘を通過し、上腕にまで達しようとしているピエールを確認。シュイが住居の屋根から屋根へと飛び移りつつ詠唱を開始する。


 ――蒼き雷を納むるは涅色(くりいろ)胸奥(きょうおう)

 あるいは触覚がないのだろう。<地縛巨霊ルキメギア>が肩に到達しそうなピエールにようやく気づき、側面から叩き潰さんと左手を振り被る。迫る拳を見てピエールが更に加速し、急な上り坂を駆け上がる。その後ろで巨人の左拳が右上腕部を抉る。自爆した音を聞きながらピエールが肩の上に着地し、神木剣ダンメルシアに手をかざす。

 ――世に渦巻く汚濁に()悲憤慷慨(ひふんこうがい)を吐き出さん。

 手持ちの武器がない以上、付与による攻撃はピエールに任せるしかない。ピエールの握る剣から目を放さず、手を掲げ、詠唱を終える。

 <怒れる霆の渦流ボルテックス・オブ・ヒューベル>が発動。<黒禍渦バリー・クラウド>の積乱雲からかつてない規模の雷が放たれ、ピエールの方へと引き寄せられる。


 ――って、やばっ! 集まり過ぎ!

 シュイは黒雲の明滅の激しさから制御不可と判断。大慌てでピエールに念話を飛ばす。

<ピエール! おまえの剣に付与魔法がいった! 早く投げつけろ! てか、手放さないと結構死ぬかも!>

「結構死ぬだぁ?」

 念話で促されたピエールが何となしに空を一瞥し、ぎょっとした表情を浮かべた。自分へ向かって降り注ぐ滝のような雷に、かざしていた手を瞬時に引っ込める。

 狙いもそこそこに巨人の顔面目掛けて剣を振りかぶり、全力で投擲。襲いくる雷から逃れるべく足元に見えていた白い天幕に飛び込んだ。布の真ん中がその重みで窪み、支えていた四隅の柱が真ん中へと引っ張られたところで布が裂ける。


 その頭上で、砂の巨人の頬に鎌刃が突き刺さった。途端、ピエールの立っていた方角から蒼雷の洪水が殺到。

 ――グアアオオオオオオオオウウウウ!!!

 耳に劈く咆哮が肌を叩き、服の布地を震わせる。雷が砂の巨人の頭部から首へ、肩へ、胸部へ、腰へ、四肢へと広がっていく。砂が電流の熱で焦げてゆき、黒ずんでいく。その一部が地に溶け落ちていく。

 砂に含まれている大量の鉱物が、雷に晒されることによって磁石化。それが人の形を維持しようとする魔力と反発。魔力の流動不全を起こし、行き詰まった魔力が血管にできる瘤のように膨れ上がり、暴発を始めた。

 全身で砂が飛び散り始め、何段もの土色の滝になる。巨人が段々と形を失っていき、兵士や町の者たちから歓声が上がった。


 ――ウウウ……グググ……

 断末魔を放っていた口元が崩れ、目尻が形を失う。頭部が肩の高さにまで沈み、その衝撃で辛うじて形が維持されていた四肢にもひびが入る。そのひびから緑色の煙のようなものがしゅうしゅうと噴き出し、天に昇っていく。ほどなく、人の形をしていた巨人がただの砂に還っていく。

 轟音に混じってさらさらと砂が流れ落ちる音が聞こえた。色とりどりの果物がたっぷり入った籠の中から、全身をカラフルな色に染めたピエールがひょこっと顔を出し、潰れた果実のむせるような甘い匂いに、鼻をひくつかせた。


「ふぅ……、危ないところだったな」

 シュイが額の汗を拭い、後ろにいるジヴー兵たちに目を細める。

「おい、……オイ」

 後ろからの声に気づかない振りをしつつ、シュイが顔を引き締める。

「よし、急いで戻るぞ。皆が心配――うわっ」

 歩き出したシュイの鼻先に果物塗れのピエールがぬっと立ち塞がった。

「オイてめえ、何事もなかったかのようにやり過ごそうとしてんじゃねえ! 危うくこっちまで道連れになるところだったじゃねえか! 俺だってやろうとしていたことあったのに!」

 多分、本音は最後の言葉だろう。自慢の剣技を披露できなかったことが腹立たしかったのか、ピエールはシュイの胸に指を突きつけた。

「ま、ま、ま、いいじゃないか、巨人はちゃんと倒せたし、結果オーライだろ。ああ、剣忘れるなよ」

「何言ってやがる、おまえも探すの手伝うんだよ! ……ったく、戦地入りして一番肝冷やされた相手がおまえってどういうことだ」

 ピエールはぶつぶつと文句を吐きながら、頭にこびりついた黄色い果実をタオルで拭い取る。

「いやぁ、流石にラードックの運転には敵わないよ」

「あんなのと比べている時点で色々アウトだろうが。俺の剣、落雷でぶっ壊れてないだろうな。壊れてたら、弁償だぞ」

 自然と肩が戦慄いた。砂を炭化させるほどの威力だっただけに、たとえ神木であろうと木でできた剣が無事かどうかは保証できない。神木でできた剣は多分に高価だとも聞く。

 うず高い砂山に向かうピエールの後ろで、シュイは彼の剣が無事であるよう心から祈った。


 幸いにも、砂の山から掘り出したダンメルシアは薄い樹皮が一枚剥がれただけで済んでいた。帯電していたためちゃんと鞘に仕舞うまでには数分を要したが、許容範囲内の被害で済んだようだ。

 二人が纏わりついた砂を払っている傍ら、あさっての方向から小気味よい拍手が聞こえ、二人揃ってそちらに視線を移す。

「あれ、アルマンド」

「いやいやお見事、まっさか無傷で倒しちまうとは思わなかったぜ。フォルストロームにいたころとは比較にならねえな。ご両人、すっかりいっぱしの上級傭兵様だ」

 合わせている大きな手を閉じたまま、アルマンドがにっと笑う。

「そりゃまぁ、あんたに追いつけるよう必死こいて頑張ってきたからな。そっちは、救助の方は進んでるのか?」

 ピエールが砂を手で払いつつ立ち上がった。シュイにとってニルファナという遠い目標があるように、ピエールにとってもアルマンドがそうなのだろう。

「ああ、もう移動を開始してるはずだぜ。ま、これで俺も心おきなく――」

 後に続く言葉は風の音が邪魔して聴き取れなかった。アルマンドは<地縛巨霊ルキメギア>の残骸、所々盛り上がった砂の山を遠い目で見据え、大きく溜息をついた。一仕事やり遂げたというように。


「……アルマンドさん?」

 何かしら感じるものがあったのだろうか。ピエールが不安げに眉を潜めた。

「――さてと!」

 一際大きな声を出し、アルマンドがぐっと伸びをする。

「あんまりもたもたしてられねえ、港へ急ごうぜ。<砂鮫人シャーラギ>共が押し寄せてきてるんだろ?」

「あ、あぁ。そうだよな」

 先頭切って歩き出したアルマンドの後に、ピエールが慌てて追従する。シュイも釣られて歩き出そうとし、思わず足を止める。


 何気なく見た、というよりはたまたま視界に入ったと言うのが正しかった。前を行くアルマンドとピエールに違和感を感じ、ややあってその正体に気づく。シュイは自分の足元を確認する。

「おい、シュイ、何やってんだよ!」

「……わかってる、今行く」


 ――ピエールと変わらない。なら、アルマンドのあれは……一体なんだ?

 シュイは再びアルマンドの足元に目を凝らした。大股で歩く彼に付き従う影は色薄く、陽炎のように揺らいでいた。

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