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~後継 succeeded to wishes3~

 目覚めは唐突にやってきた。背中を押されたと思う間もなく、天井にダイブして顔面をもろに打ち付け、再びベッドの上に落下。熟睡から手荒く覚醒させられたシュイは鼻を抑えて声にならぬ声を上げる。一方で下段のベッドからは異常に気付いたピエールがのそのそと布団から這い出してくる。


「あれ……、もしかして今揺れなかったか?」

「……ぁっ! ……たぁっ! ……今のでその程度の認識かよ、よっぽど疲れてたんだな」

 揺れというほどには穏やかではなかった。幾ら二段ベッドで天井が近かったとはいえ、寝ている自分と1m近い距離は空いていた。船体が何かに乗り上げたのだろうか、とシュイは首を捻る。

「ちょっと気になるな、外の様子を見てく――おわっ」

 喋りながらも木梯子に足をかけた途端、船が斜めに大きく傾いた。足に絡まった梯子ごとシュイの体が反対側の壁へと投げ出される。

「あっぶね!」

 咄嗟に迫ってくる反対側の壁に両手をつき、体ごと突っ込むのを死守。片足で梯子に体重をかけ、もう一方の絡まった足を梯子から急いで抜き、そのまま軽やかに着地。そんなシュイを見てピエールは

「律儀に梯子で下りる必要あったのか?」そう言った。

「もっと気にするべきことがあるだろう! ただごとじゃないぞ」


 シュイはそう返しつつも胸の前で素早く魔印を切り、広域感知魔法を展開する。魔力の波が壁を貫き、外部へと広がっていく。その間も砂船の上下振動は止む様子がない。船体が度々上下に揺れ、天井からはぱらぱらと埃や塵が降っている。

「確かに荒っぽい操縦だなぁ、寝ているんだからもう少し落ち着いて」

「――もいられなそうだ。どうやら追われてるっぽい」

「――追われてる?」

 訝るピエールにシュイは丸型の透過窓を指差す。

「ちょっと外見てもらっていいか、右手の方」


 あいよ、とピエールが示された透過窓に近づき、顔色を変えた。薄闇に吹き荒れる砂塵を淡い光が照らし出す。右後方にはこちらの砂船とは比較にならぬ巨影が映っていた。

「でけぇ、魔物かなにかか? ……って、何か外から声が聞こえるな、小さくてよく聴き取れないけれど」

「壁が分厚いからな、やっぱり緊急事態っぽい。外に出るぞ」



 身支度もそこそこに甲板に出ると砂の混じった強風が襲ってきた。シュイは腕で顔を庇いつつ側面を確認。やや白んできた空の下にはたくさんの砂丘が並んでいる。砂丘の狭間には途切れ途切れに光を帯びた地平線が見える。夜明けが近い。風を切る音に混じって聞こえてきたのは魔法で拡声された警告。

『繰り――、害意が――ば速度を緩めて停船――、内部を(あらた)める。さもなくば――と乗員たちは砂の海にて――――ことになる。――繰り返す』

 右舷側を高速移動する影がきらりと光った。こちらと同じ砂船のようだが、二回りくらいは大きい。止まるように促しつつも敵船の甲板の辺りからは光が散乱し、ひっきりなしに炎弾や雷弾が飛んでくる。こちらの砂船の周りを囲むように着弾したそれが砂塵を高々と吹き上げる。威嚇射撃というわけではない。こちら側の操舵手が巧みに方向転換して避けているのだ。この分では速度を緩めた瞬間に蜂の巣にされるだろう。


「流石に起きたようだな」

 マストの方からかけられた声に二人が同時に振り返る。青い外套に身を包んだ長身の男は眠たそうに目を擦りながら二人から視線を逸らす。

「敵襲か、イヴァン」

「どうもそうらしい。<黒禍渦(バリー・クラウド)>の余波のせいか視界がかなり悪い、見張りも接近に気づくのが遅れたみたいだな。見ての通り後方から二隻、左手にも一隻いるらしいが今は確認できない。大方、迂回して先廻りするつもりだろう。セーニアめ、侵略した国から接収した砂船をしっかり活用しているようだ」

「切り抜けられるのか?」

「楽観視はできない、どうやら速度はあちらの方に分がある。風魔石の純度に差があるのかもな。操舵手の腕の差がなければとっくに追いつかれているだろう」


 攻撃を仕掛けてきているのは一隻だけだが、それを避けながらも他の一隻からの追従を逃れているのだ。イヴァンの指摘通り、操舵の技術はこちらが上に違いない。

「あれ、他の連中はどうした」

「リックとイルナヤは数時間前に仲間の船に乗り換えた、セーニアとの決戦の前にやってもらいたいことがあったんだが、裏目に出たな。ヴィオレーヌは今も夢の中だ」

「いつの間に……。ってか、この状況で寝ていられるのか?」

「旅慣れているからな、ぐっすりだ。あの様子だと朝まで起きんな」

 いや、それは答えになっていないだろう。

「一緒の部屋で寝ているのかよ」

 ピエール、おまえも気にするポイントが少しずれてる。


「それで、どうするんだ」

「おまえたちは、攻撃魔法の心得はないのか?」

 イヴァンに訊ねられたシュイはピエールに期待の眼差しを送る。途端、ピエールはしかめっ面を作る。

「おい、こっち見んな。あんなばかでかい船相手に投げナイフでどうこうってのはないだろ」

 期待通りの返事が返ってきたことに満足し、肩をすくめる。

「俺も無理、初級の攻撃魔法しか使えないし」

「なんだと? フォルストロームの時は確か――」

「あれは例外中の例外っていうか、インチキつかっただけだ」

 確かに、三年前はイヴァンの一味を相手に大暴れしたが、攻撃魔法の破壊力、射程増加に関しては滅祈歌の恩恵によるところが大きい。今現在、滅祈歌の使用はニルファナに固く禁じられている。いつぞやの仁王立ちが目に浮かび、シュイはぶるりと身を震わせる。禁を破れば、……想像することすら躊躇われる。下手に強くなった分、手心を加えてくれる可能性も低いはずだ。ギルド支部長が公衆の面前で美女に折檻されるなど前代未聞の大事件である。

 現状では、レイヴとの戦いで使用した<刻穿ちし閃(ラピディティ・スカージュ)>ならばある程度の効果は見込める。しかし、イヴァンたちはあくまで期間限定の味方。できるなら切り札の存在は隠しておきたい。考えた末に出た結論は、丸投げだった。

「確かヴィオレーヌさんって<伝道師(セージ)>だったよな、結界とか張れないのか?」

「可能だが、こちらの船とて決して小さくはない。全面ガードするには対象がでか過ぎ――と!」


 船が右方向に傾き、遅れて左舷すれすれを大きな炎弾が横切った。立っていた三人が咄嗟に足を開いてバランスを取り、踏み止まる。前方の砂丘が中腹の辺りから噴火し、数秒後には高さが半分以下になった。

「ふぅ、今のはちょっと近かったな。このままじゃ時間の問題だぜ」

 ピエールが汗ばんできた前髪を拭う。

「一旦停船して降伏したフリして歩兵戦ってのは?」

 ピエールの提案にイヴァンの眉根のしわが深くなる。

「そんな行き当たりばったりな作戦でこの砂船が使い物にならなくなったらどうする。船というのは大きくとも緻密な計算に基づいて作られている。船体が少し損傷しただけでも操縦は難航するんだ」

「それはないんじゃないか? 向こうにとっても砂船は希少なはずだ、できれば無傷で拿捕したいはずだぜ」

「希望的憶測に縋るのは賢くない、大体にして敵の規模がわからん以上得策とは言えん、この付近にいるのがあの三隻だけと限ったわけでもないのだからな」

 確かに、あの大きさであれば詰め込めば数百人くらいは乗れそうだ。仮に騙し討ちが上手くいったとしても途中で援軍を呼びに逃げられたらねずみ算式に敵が増えていく。第三勢力と手を組んでいることが知られればジヴーにとっても良い方向には働かないだろう。


「……できれば採りたくなかった手段だが、こうなっては仕方ない。シュイ、ラードックを呼んできてくれるか。さっきまで酒場で仕込みをしていたはずだ」

「へ、ラードックってあのバーテンダーのことだよな、あの人も戦えるのか?」

 ピエールの言葉に、白いシャツとシャコールグレーのベストをきっちり着こなした白眉の紳士が頭に思い浮かぶ。こうも揺れてはバーの酒棚も結構悲惨なことになっていそうだ。割れたグラスや酒瓶の掃除に追われているかも知れない。

「いや、戦闘はそれほど得意としているわけじゃない。だが、あれでいて砂船の操縦はお手のものだ。彼の腕ならこの状況でも逃げ切れると思う」

「なんだ、力づくじゃなくて済む方法があるならはなっからそうすりゃいいのに」



 口を窄めたシュイに、イヴァンはどこか諦めたように溜息を吐く。

「そうしなかった理由を察して欲しいものだな。……先に言っておく、覚悟しておけ」

 そう言うイヴァンの表情は、薄闇のせいではなく青褪めているように見える。そのレアな表情に、シュイとピエールは顔を見合わせるばかりだった。

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