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~血戦 battle against adversity7~

 目も眩む光の中で二つの影が交錯し、接触地点で灰色の焔が万華鏡のように散乱した。レイヴに殺到したシュイの魔弾が無数の黒刃に触れて反応。ぶつかり合う弾幕と弾幕が葡萄の房のような連鎖爆発を引き起こす。

 擦れ違いざまに二人が反転、地に足がついた瞬間、思い思いの方向に飛ぶ。手を後ろに引いたシュイと、黒剣を掲げるレイヴが一定の距離を取って並走、高速移動しながらも視線を交わす。

 刹那、光弾と黒刃が猛烈な速度で飛び交った。空間にて互いの弾幕が相打ち、感応し、炸裂音を奏でる。それによって生じる風圧が絡み合い、乱気流となる。次にはそこから離れた空間で、前をも上回るエネルギーの塊が飛び交っていた。


 僅かな間、光と影の交錯が止む。宙へと跳躍していたレイヴがホール壁面に両足を付けて停止。眼下を横切る影に向けて剣を振りかざす。レイヴを守るように展開されていた黒刃が地上を平行するように走っているシュイに次々と襲いかかった。

 黒い燕の群れを回避すべく、シュイは<韻踏み越えし歩を以ってズム>を発動させて急加速。地面に二つの足形が残されるのに一瞬遅れて、シュイのいた地面に数多の黒刃が次々と埋もれた。ローズグレイの石床が一瞬にして斬り刻まれ、サイコロ状に変わる。

 その前方でシュイが走行速度を維持したまま大きく蛇行。壁を走っているレイヴを視界の端に捉え、右手に鎌を、左手に五本の光の弦を携えて壁を駆け上がる。

 ほどなくシュイの手元にあった光の弦が消失し、手元に再び5つの魔弾が出現。レイヴが向かってくるシュイを迎撃するべく、黒剣を振り上げた。

 その動作に反応し、先ほど地面を切り刻んだ黒刃が、積み上がった瓦礫の中から颯爽と飛び出してくる。魔弾が光芒を残してレイヴに直進するも、戻ってきた黒刃に全弾が遮られる。レイヴが再び黒刃を構築しようとするが、シュイが連鎖爆発を避けるべく上方から迂回して接近。レイヴの上を取り、壁面を横に突っ切りながら右腕を伸ばして鎌を垂らす。レイヴが舌打ちひとつ残し、身を翻しつつ黒い細剣で突きを繰り出す。

 二つの刃が真っ向から打ち合わされることはなかった。擦れ違ったシュイの鎌がレイヴの右肩を掠め、レイヴの剣がシュイの黒衣の右脇腹部分を切り裂く。

 二人がそのまま垂直の壁を駆け下り、壁面を強かに蹴って一回転の後着地。地面と靴底が摩擦を起こし、火花の尾を引く。


 ――素晴らしい!

 これぞ求めていたものだ。レイヴは剣を構え直しながらも、心の中を熱いものが満たしていくのを感じていた。何の歯ごたえもない標的ではない。おのれの全力を投じ、駆け引きを積み上げて尚自らを上回らんとする敵を打ち負かしてこそ、真の充足感というものを味わえる。

 生を手繰り寄せ、死に抗う感覚に胸が震える。自然と剣を握る手に汗が滲んでいた。初めておのれの意志で人を殺めた夜のように。



 レイヴ・グラガンは物心がついた時にはルクスプテロン連邦に加盟するとある小国の貧民窟スラムに住んでいた。屋根に日差し避けの布が交差する黴っぽい居住空間。そこには生活苦に悩んだ親に捨てられた子が。暴力を振るう親から、虐待や性的ないたずらが日常茶飯事の孤児院から抜け出した子供たちが大勢寄り集まって生きていた。そんな子供たちを見捨てることができなかったのか、その街に住む没落貴族の老人が物置代わりに使っていた別荘を子供たちに貸し与え、月に一度は生活費も渡していた。子供たちはその別荘が高台にあることもあって『希望の丘』と呼んでいた。当時は全く不思議に思わなかったが、今にして思えばこれほどに自らを皮肉る言葉もないだろう。

 レイヴはまだ乳児か幼児かという時分、貧民窟の入口で毛布に包まれて眠っていた。もちろんそんな幼い時分のことを覚えているわけではない。ただ、年長の孤児仲間にそう聞かされていた。レイヴという名前を付けたのも孤児仲間の女の子だ。実は手紙も添えてあったようだが、レイヴを運んでいる内に夕立が降ってきて字が滲んで読めなくなってしまったらしい。

 その話を聞いた時、レイヴは漠然と、自分が捨てられたということと、そんな自分を大きくなるまで育ててくれた者がいることだけは理解した。彼らが自分たちも生活が苦しい中でレイヴを拾い、育ててくれたのだと。その恩返しをするため、レイヴは彼らのために何でもやる決意を抱いた。


 孤児仲間の中には肉親や孤児院の里親を憎む者も多くいた。彼らは粗末な食事を頬張りながら、あるいは寝る前の僅かな時間に、自分の親がどれだけロクデナシで、どれほどに理不尽だったかを語った。気に食わないことがある度に殴られ、お祝い事があると笑いながら殴られた。誕生日。ぼそっと口にしただけで、てめえは親にたかろうってのか、と殴られた。

 孤児院の里親も似たようなものだった。食事は一日二食。ある一日の献立を聞くと、朝は水に浸さねば噛めぬくらいにカチカチのパンと小指の先ほどの食用油。夕方は小麦粉の団子とひなびた豆が入ったスープ。時には一日一食だけの時もあったという。

 中には男女構わず体をまさぐられたという子供たちもいた。孤児院の院長や従業員に、臭くてねっとりとした息を吐きかけられながら、それでも彼らは抵抗できずにいた。そこでは大人たちの言うことが絶対であり、子供に人権など存在しなかった。寒空に放り出されれば三日も経たないうちに死ぬだろう。大人たちはそうやって度々脅すことも忘れなかった。

 もちろんそんな孤児院ばかりではないだろうが、この世の掃き溜めみたいな貧民窟に逃げ延びてくるくらいだ。少なくとも、彼らのいた孤児院はそういうところだったのだろう。

 話を最後まで聞き、一緒に憤慨し、悲しんでやることによって彼らは安心し、いつもよりも穏やかな表情で眠りについた。口にはできなかったが、幼かったレイヴは彼らのそんな話を聞いて少し羨ましさを感じていた。親の顔も覚えていなかったので、憎もうにも上手く憎むことができなかったのだ。当時はセーニアやエレグスとの戦争も佳境に入っている頃で戦災孤児が多かったが、そんな世情など少しの慰めにもならなかった。捨てられた者にとって確率は一分の一でしかなかった。


 レイヴが十を超えたくらいの夏、孤児たちを援助してくれていた老人が流行り病でなくなった。彼の別荘は取り壊されることになり、孤児仲間たちはそこを追い出されることになった。

 ルクスプテロン連邦の大部分は寒冷な国であり、夏は短く冬は長い。早いところでは十月に入らぬうちから雪が降り始める。年幼い子供たちが野良で生きていけるほど甘くない。夏の間に何とか生活できる環境を整えねばならなかった。

 孤児仲間の中には一人頭の切れる年長の少年がいた。年長といっても十三才くらいだったが面倒見がよく、人を率いる才に長けていた。彼に従っているうちに自然と共同体らしき物ができあがっていた。

 まずは生活できる場所を確保する必要があった。みなで手分けして回った結果、ベッドに横たわったまま餓死している老人の家を見つけた。幸い冬だったのでそんなに臭いはしなかったが、近づくとやはり嗅ぐに堪えない匂いがした。その死体を近くの川に捨てて子供たちの住処とした。


 次いで取り決めたのはそれぞれが担う役割だった。人一倍足が速かったレイヴは遊撃隊に選ばれた。軍隊みたいで聞こえはいいが、言うまでもなくまっとうな方法で稼ぐわけではない。年幼い子供を雇う者などいないし、いたとしたら食いつくより先に身の危険を感じて全力で逃げるべきだ。

 レイヴたち遊撃隊の役目は食べ物を買う金、食い扶持を稼ぐことだった。仲間たちと共に富裕層の多い町に出掛けては裕福そうな者たちに目をつけ、かっぱらいを繰り返した。そうして集めた物を、今度は別の部隊が他の町に赴き、質に入れて金銭を得るのだ。それで農家から直接食べ物を買い、給仕を任された女の子たちがその食材を使って料理する。

 盗みが悪いことだという自覚はなかった。貴族街の住人の大半は自分たちが町を歩くことすら許さない。鼻をつまみ、人に対して蠅を手で追い払う様な仕草をする。彼らには隙間風の入ってこない温かい家があるし、カバンやアクセサリなどなくたって食べていける。一方のこちらは死活問題だ。身入りがなければ二〇人近い子供たちが飢え死にするのだ。

 命がかかっているだけあって、誰もかれもが必死に自分の持ち分を守った。少しずつ。本当に少しずつではあるが、暮らしは向上しつつあった。夕食のスープの具材がひとつ多くなった。ただそれだけでやる気が漲り、張り合いがでてきた。雑貨屋で安い建材を買い、壁の壊れた箇所に板を張ると、冬でも毛布に包まり、身を縮めて震える必要がなくなった。


 無頼者が多い貧民街にも一応の序列関係はある。共同体を作ってから二年ほどが経ち、レイヴたちは元締めとも言うべき連中に目を付けられた。ある日の夕方、いつものように仕事から戻ってきたところを大勢で待ち伏せされ、寄ってたかってふくろにされた。その日の身入りは相当に多かったが軒並奪われた。相手のほとんどは二十代から三十代。体格差は歴然としており、人数も負けているとなれば勝ち目などなかった。六人ほどが引き摺られるようにして、近くの廃工場に連れ込まれた。

 顔が腫れて倍くらいに膨らみ、目蓋が塞がりかけていた。普段の三分の一ほどしか見えぬ視界。痛みで意識を失いかけ、思考能力が鈍っているその上で前髪を鷲掴みにされ、仲間になるか、死を選ぶかを迫られた。髪を掴んでいた男の顔は涙で滲んで見えなかった。それがどうにも悔しくて、惨めでならなかった。握る拳を振るう勇気はとうに挫かれていた。

 そんな中、共同体を統率していたリーダー格の少年、頭が切れるはずの少年は、しかしそれを頑なに断った。彼はその命令を受け入れた後に待っていることを、仲間になれという言葉の裏にあるものを誰より賢い故に理解してしまっていた。

 彼は薄笑いを浮かべる男たちに四肢を拘束され、その場でたっぷりと水が入った木桶に頭を無理矢理突っ込まれた。そして、そのまま二度と水面から顔を出すことはなかった。

 男たちは痛みと恐怖の扱い方をどこまでも心得ていた。支えにしていたリーダーを目の前で殺され、判断の基準までも奪われた子供たちは、レイヴも含めて逆らうことができなくなっていた。


 仲間になれというその言葉。もちろん、レイヴとて字面通りに受け取っていたわけではなかった。が、その扱い方は予想を遥かに超えていた。よくいえば体のよい使い走り、悪くいえば奴隷。子供たちは男女の区別なく労働力としてこき使われ、朝早くから夜遅くまで働かされた。特に顔立ちのよい女の子は売春宿にいれられた。

 レイヴを初めとして、仲間たちはなんでもするからそれだけは、と涙ながらに懇願した。組織の中でも一応分別のありそうな者はいて、彼に話を通して欲しいと何度も頼み込んだ。

 根負けした彼は、条件付きで了承した。レイヴにある物をある場所へ届けて欲しい、そう言った。届け物は何かごろごろとした石のような物がたくさん入った布袋だった。口は紐で堅く閉じられていた。中身を開けようとしたが直ぐに止められた。見たらおまえたちの申し出は飲めない。そうやって釘を刺されてはどうしようもなかった。


 その仕事を受けた後で、レイヴは生まれて初めて風呂というものに入れられた。湯気立つ平らな岩の上に寝そべるように言われ、その通りにした。初めは背中が熱いだけだったが、慣れてくるとほどよい温かさとなり、体中がポカポカと温まった。

 岩盤浴を終えて軽く水浴びを済ませると、今度は今まで身につけたこともない綺麗な上着と柔らかいズボンを着せられた。仕事着だ、できるだけ汚さないようにしな。垢抜けた栗色の髪の女はどこか馬鹿にしたように笑いながらそう言った。

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