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~決意 the will to win2~

 ――鎌の話をする前に少しだけ、俺の師匠、ジョシュア・ボーディングについて触れておきたい。師匠の生まれはフォルストロームのレグゼム、人族と獣族のハーフだ。そこは、今はもう絶滅した翼族(ガルディアン)が住んでいた町で、数多くの伝承や神話が伝えられているそうだ。そんな話を子守唄代わりに聞かされて育った師匠は、所謂伝説の武器ってやつに憧れを持ち、いつの日か自らの手でそういった武器を作り上げたい。そう思うようになったらしい。

 今でこそ稀代の名工ともてはやされている師匠だけれど、決して順風満帆な人生を歩んできたわけじゃない。初めは王都の工房に弟子入りして働いていたんだけれど、当時フォルストロームでは鉱石類の値段が軒並高騰していた。理由(わけ)は後で触れるけれど、そんな事情もあって材料が不足することが多くて、あまり鍛造に関わる仕事はできなかったそうだよ。

 もっと腕を磨きたいと常々考えていた師匠はすぱっとその工房を辞めて、裸一貫、良質な鉱石が安く手に入るルクスプテロンへと旅立ったんだ。


 北の大陸へと降り立った師匠は、自分を雇ってくれる人を探し始めた。名声も財もないやつがいきなり事業を立ち上げられるほど世の中は甘くないからね。

 今現在、ルクスプテロン連邦の中心的役割を果たしているキルジア共和国という国がある。そこのとある町を訪れた時、有名な職人にやる気を見込まれてね。そこで腰を落ちつけて見習い修行を始めたんだ。後に奥さんとなる獣族の女性と出会ったのもその町なんだけど、奥さんの親父さんが共和国の要職に就いていた関係で、修行を終えた後で軍の専属鍛冶師になったって聞いている。

 アミナは法律に詳しいだろうから『司教に布教』になってしまうかも知れないけれど、連邦っていうのは複数の国が共通する法律を持つことによって統一国家を組み、新たに一つの政府を作り出した状態のことを指す。その点で連合とは少し意味合いが違うね。各々の国の政府の更に上に、集合体としての政府がある。上位の政府が決めたことに対して、連邦に所属している国は逆らうことができないんだ。

 その頃、ルクスプテロン連邦は今みたいに戦争の真っ只中だった。ただし、その時は立場が逆で、今とは逆にルクスプテロンがセーニアに攻め込んでいた。最終的にはそこにエレグスも加わって三つ巴になったね。

 そういった時勢もあって武器や魔法具の素材はかなり高騰していたらしい。つまり、フォルストロームからも相当量の素材がセーニアやエレグスに流出していたってことさ。

 数年間に亘って、武器の受注はひっきりなしだった。しかも軍の専属ともなれば材料費の心配はないだろう? 師匠はそんな環境下でめきめきと腕を上げていったんだ。


 ただ、お国柄というか、ルクスプテロンでは外部との諍いに留まらず、内部での揉め事もかなり多かったみたいでね。キルジアを筆頭に謀略が絶えなくて、しょっちゅう上の人が暗殺や流刑なんかで入れ換わっていたそうだよ。

 戦いが一進一退を繰り返す中も政局争いは収まるどころか過熱する一方で、しまいには一般人にも犠牲者が出てしまうようになって、奥さんの親父さんも上司が暗殺された時に巻き添えになってしまった。

 あまりにごたごたが多過ぎて仕事にならないってんで、まぁそれは建て前で奥さんやお子さんが巻き込まれるのを嫌ったんだと思うけれど、師匠は意を決して家族と一緒にセーニアの田舎町に引っ込んだんだ。

 独立してから数年は頑固な性格と強面で中々商売も上手くいかなかったらしいけど、次第にその堅実な仕事振りが評判になってね。十五年くらい前だったかな、師匠は自分の工房、オリジナルブランドを立ち上げた。その時に人足の募集があったから、鍛冶師を志していた俺も弟子入りした。――ん、俺の年齢? 35、まだまだ青二才さ。


 いや、案の定というか、教え方は凄い厳しかったよ。工具の握り方から姿勢から、金床と椅子との距離までね。俺と同時期に工房に入った人足は十人以上いたんだけれど、五年経っても残っていたのは俺を含めて三人だけ。恥を忍んで言うけれど、俺も一度や二度じゃなく、やめようと思ったこともある。今は辞めなくて良かったと心から思えているけどね。

 それで、8年くらい前だったかな。丁度、俺も工房の職人としてやっと免許をもらった頃だ。長年の大酒飲みが祟ったのか、ついに師匠は身体を壊してしまった。医者からはあと一年生きられるかどうかって宣告されて、俺たちもどれほど落ち込んだかわからない。なんで無理矢理にでも止めなかったんだろうって。

 ……うん、そうなんだよ。そもそも力づくで止められるやつがいなかったんだよねぇ。


 当の師匠は制作途中の武器を仕上げなきゃなんねぇ、って引き止める医者を振り切って病院を出てきてしまった。師匠が亡くなった今ではボーディング式なんて言われているけれど、あの鍛造法だとどうしても制作に時間がかかるから。

 人生最後の仕事が中途半端な形で終わってしまうのがよっぽど嫌だった、というよりも怖かったんだろうね。仕上げを手伝えって俺たちも連日徹夜で駆り出された。皆、師匠を思う気持ちは同じだったのか、誰も文句ひとつ言わずに働いてた。

 依頼された武器もなんとか完成して、使い手に直接その武器を手渡した二日後、やはり無理が重なっていたんだろう。師匠は血を大量に吐いてぶっ倒れた。深刻そうな顔をした医者にご家族を呼んできてくださいって言われた時には覚悟せざるを得なかった。

 幸い危篤状態は脱したんだけれど、誰が見てももう働けるような身体じゃなくなっていた。頬はこけ、目は窪み、皮膚は黄色くなっていた。見ているだけで辛かったよ。あとはなるべく苦しまずに死を迎えられれば。周りの誰もがそう思っていた。――ところがね



 まだ夜が明けきっていない時間。朝靄が立ち込める中、仕事仲間といつものように工房に足を運ぶと、カーン、カーンって甲高い音が聞こえてきた。自分の呼吸音以上に聴き慣れている、金属板を打ち据える音だ。誰かが徹夜していたのかな、って思っていたんだけど、中に入って肝を冷やした。師匠がいたんだ。片手には普段より小振りなハンマーを持って、熱して柔らかくなった碧色に光る魔法合金の板を、何度も叩いて伸ばしていた。


「おう、ご苦労!」


 入口で凍りついている俺たちに、師匠は背中越しにそう言った。いつものように頭に白い鉢巻をして。

 師匠のすぐ傍には見た事もない、おそらくはどこかから借りてきただろう大きな鋳型が置いてあった。普段はオーソドックスな武器しか作らない人だったから、それを見て二重の驚きだったよ。

 はっと我に返った俺は、師匠を止めなくちゃって思いに駆られた。衰えた身体で鍛造なんてハードな仕事をするのは自殺行為だってわかっていたから。意を決して、っていうか殴られる覚悟をしてってことだけど、声をかけたんだ。


「師匠、もう依頼は全て完遂したじゃないですか。これ以上は身体に毒です、頼むから安静にしていてください」

「あぁん? 何を言ってやがる、そこに客がいるだろうが」


 そう言って、師匠がハンマーを持つ手で自分の後ろを指差した。でも、誓って言うけれど、そこには誰もいなかったんだ。


「えっと、一体どなたのことを、言っているんですか」


 別の弟子が恐る恐るそう訊ねると、師匠はぐるりと回りを見て、弟子たちが同じ疑問を持っていることに気づいたんだろう。それきり目を瞑って黙り込んでしまった。そうかと思ったら、直ぐに作業台に向き合って、再び魔法合金を黙々と叩き始めた。


「師匠、一体どういう――」

「最後の客がいる、ぼさっとしてないでおまえらも手伝え」


 病が進み過ぎていたせいなのか、それとも痛み止めに使っていた薬の幻覚作用だったのか、今も確かなことはわからない。けれど、俺たちは顔を見合わせて、あるいはそういう(・・・・)ことなのか、と納得するしかなかった。それ以上聞き出せる雰囲気じゃなかったから。

 ――ん、アマリス、顔色悪いけれど大丈夫? ホントに?


 用意されている鋳型を目にして、作ろうとしているのが鎌だということは一目でわかった。

 あばら骨が全部浮き出るくらいに痩せてしまった師匠は、それでも身体に鞭打って、半ばとり憑かれたように作業に没頭していた。どちらかっていうと、寝ている時よりはずっと活き活きしていたように思う。ある意味ではあの鎌が、初めて師匠が自分のために手がけた武器だったのかも知れないね。

 一緒に暮らしていた奥さんは半ば諦めていたみたいでさ。今更あの人の生き方を変えようとは思わないわよ、って笑ってた。師匠の意志を酌んでいたからこその笑顔だと思うよ。きっと内心では相当苦しかったんじゃないかな。奥さんも師匠が亡くなった一年後、後を追うように亡くなってしまった。おしどり夫婦っていうのは、まさにあの二人のためにある言葉だ。

 子供、娘さんの方は独立していたんだけれど、ろくに見舞いにこなかった。薄情だと思わないでもなかったけれど、何しろあの二人、顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたからな。俺がもし女で、あんな頑固親父がいたらと考えると、あんまり非難する気にはなれなかった。念のためフォローしておくけれど、お葬式の時には誰より泣いていたよ。


 一日仕事をしては三日熱を出して休む。そんな感じで少しずつ、しかし確実に行程が進んでいった。もう、そのころには誰も師匠を止めようとするやつはいなかった。みんながみんな、あの人が命を賭して作る最後の作品の完成を見守ろうという気になっていた。

 ――あぁ、二人ともあの銘をみたことがあるんだね。砂時計を表す<HOUR GLASS>。あの文字は自分の病魔が大鎌の完成を前に下心を出さぬよう、師匠が願掛けで彫ったものなんだ。明日をも知れぬ病の身、せめて命の砂が落ちるまでは生き長らえさせてくれ、ってね。それほどまでに中途半端を嫌がっていたってことさ。

 ただ、残念ながら病魔が空気を読んでくれることはなかった。柄を完成させたその日に師匠は工房で倒れて、それっきり目覚めることもなく、あの世へと旅立ってしまったんだ。


 埋葬時には各国からそうそうたる顔ぶれが並んだよ。有名所だとキルジアの宰相パトリック・ティラ。フォルストロームの司書家マシェリィ・ヘイロン。アースレイのマスター、フーリオ・バルニエ。あぁ、セーニアの騎士団長コンラッド・ディアーダからも参加できない旨を綴ったお詫びの手紙が届いていたね。自国への体裁もあって敵国のやつらと顔を突き合わせるわけにはいかなかったんだろう。みんな師匠の作った武器に相応しい、素晴らしい戦士たちさ。二人が知っている名前も結構あったんじゃないかな。


 それで鎌の話に戻るけれど、鍛冶師の大半は作品を完成させてから銘を入れる。だからあの鎌にボーディングの銘は入っていない。その代わりってわけでもないんだけれど、完成したら消そうと思っていたあの文字だけが残されたというわけさ。

 ――うん、わかっているよ。あの鎌は完成している。鎌刃の部分だけは俺が作って接いだんだ。ボーディングが手がけた武器を未完成のまま放置しておくわけにはいかない。師匠の心残りがなくなるように、せめてもの手向けさ。つまり、形の上では師匠と弟子(おれ)との合作ってこと。

 ただし、作業を手伝うのとは別として、弟子が師の許可なく手を加えてしまった以上、師の銘を入れるのは許されることじゃない。かといって、鎌刃の部分しか作っていない自分の銘を入れる気にもならない。そもそも、誰のために作られた鎌かもよくわからないんだけどさ。

 ただでさえ無銘の武器は材料が良かったとしても安く買い叩かれることが往々にしてある。ましてや大鎌なんて一般的な武器じゃないから尚更だ。

 まぁでも、俺はそれでいいかなと考えていた。師匠の残した武器が名も知らぬ誰かの役に立ってくれるなら、とそこに金銭は望まなかったんだ。もちろん、他の武器を売っている手前もあるから材料費分くらいは回収したけどね。


 月日が瞬く間に流れ、工房発足時からの弟子は一人、また一人と独立していった。もちろん俺もその流れに加わった。自分の名前、マクシミリアンの銘を以ってボーディング工房から独立した。まだまだ師匠の腕には遠く及ばないけれどね。

 しばらくはセーニアで仕事をしていた。受注はそれなりに受けていたんだけれど、俺の作ったオリジナルの武器は、やはりというかなんというか。新興ブランドに見向く人ってのはなかなかいないもんだよ。

 材料は厳選しているから洒落にならないくらいの値段。なのに、その材料を使った武器が売れない。となれば、在庫と借金ばかりがかさんでいくわけだ。一日一食、酷い時はあたりめをしゃぶって飢えを凌いだこともあったなぁ。味がしなくなったら塩水に浸してそれを天日に干すんだ。

 ――ああ、二人とも。俺のために泣いてくれてるんだね。とても嬉しいよ。


 とにもかくにも食い繋ぐために、それ以上に材料費を確保するために金を稼がなきゃいけなくなった。どうにも困り果てていた時、ある人のとりなしがあってシルフィールに入ることになったんだ。初めは決心がつかなかったけど、依頼の中には鉱石の採掘や鉱脈の調査なんかもあったから一石二鳥だって言われて、その気になったのさ。

 それからはギルドの仕事2割、鍛冶の仕事8割って感じで忙しい日々を送っていた。じきに俺の作った武器もそれなりに売れるようになってね。初めて売れた日のことは昨日のことのように覚えてるよ。その嬉しさっていったら、もう、くぅぅぅぅぅぅ! って感じ。



 さて、と。ここからようやくシュイの話に繋がるんだけれど、師匠の鎌のことなんかすっかり忘れかけていたある日のことだった。ひょんなことから(くだん)の鎌がうちの工房に持ち込まれたんだ。それも、大量殺人に使われた凶器として。

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