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~決意 the will to win~

「こ、こんなに仕事が多いなんて、話が違うよ」

 うちの支部には素敵な女性ひとがたくさんいる。そんなシュイの甘言にほいほい釣られてポリー支部にやってきた安い魔族ことシャン・マクシミリアンは、アミナや双子を始めとした支部の女性陣にそれが正しいと認めさせられつつも巧妙に伏せられていた現実(しごと)に辟易していた。


 野性味溢れるドレッドヘアが特徴的なシャンは腕の立つナイフ使いだが、戦闘関連の依頼を受けることは滅多にない。どちらかといえば傭兵よりも鍛冶師が本業であり、気が向いた時に壊れた武器を直したり、少しばかり凝った家具を作る仕事を受けていた。

 傭兵になったのも未知の素材の在り処を探るのに都合がよいからであり、当人も自覚していることであるが、さほど真面目に活動しているわけではない。にも拘わらず準ランカーになれたのは、そういった類の依頼を受けられるような技術を持つ者がごく僅かであること。そのために達成時に加算されるポイントが高難易度の依頼と比べても遜色がないこと。加えて、彼の鍛冶の腕そのものが非常に優れているためにリピーターが多いことが理由だろう。

 そんな彼であるがマメに仕事をするタイプではないので、当然のように書類仕事は不慣れだった。シャンは黒いインクでてかてかになった袖を見ながらしきりに唸り声を上げていた。

「ぼやいている暇があったら手を動かせ。この書類で終わりだ、ちゃっちゃとやれ」

 開け放たれたドアからアミナが両手に書類を抱えて部屋に入ってきた。それをシャンの書いている書類のすぐ横に置く。パサリ、ではなく、ドスッ、という鈍い音。

「ちゃっちゃって……」

 その重みで机が微かに振動したことから束というよりも山に近い。シャンは頬をひくつかせつつ、背の高さを比べるように、頭頂部から書類に向かってつつつと手を平行移動させた。小指がぽすんと紙にぶつかり、天辺にあった紙が一枚ひらひらと落ちた。シャンの身長はアミナと同じかやや低いくらいだが、座っていることを差し引いても充分に過ぎる量だ。手が痛くなるのはもちろんのこと、定時にはとても帰れそうにない量だ。

 この借りは高くつくよ、シュイ。シャンは机に力なく顎を乗せ、恨めしげに白い塔を見上げた。



 カリカリと、筆が紙をなぞる音だけが支部長室に響く。手つかずの書類の高さが徐々に減ってゆき、ようやく半分ほどになったころ、ノックもなしに部屋のドアが開いた。壁際の椅子に座って読書にふけっていたアミナが顔を上げると、制服姿のアマリスと目があった。

「どうだった」

「全然駄目。ピエールさんにもやってみたし、緊急連絡用のも試してみたんだけど、やっぱり無反応だった」

 後ろ手でドアを閉めつつ、アマリスはがっかりした様子で首を振った。

「そう、か。あの二人のことだ、何事かあったとは思いたくないが」

 クッションつきの背もたれに寄りかかり、アミナは組んでいた片膝を不安げに抱える。


 母国フォルストロームにジヴー難民受け入れの体勢を整えさせたアミナは、一旦二人の無事を確認しようと魔石で連絡を取ろうとしていた。ところが、いくら念を込めようとしても手に持つ魔石が全く反応しない。明くる日も、そのまた明くる日も試したが徒労に終わった。流石にこれはおかしいと思い、昨日にはアマリスにも頼んでみたのだが結果は変わらなかった。その一方で、支部で依頼人とのやり取りに使われている魔石には問題がなかったため、ジヴーにいる二人に何か由々しきことが起きたとしか考えられなかった。

 魔石が全く反応しないということは、相手の魔力を感知できない状態。すなわち死に至っている可能性も否定できない。シルフィールの本部とてこの状況に気づいていないとも思えないが、ジヴーから大雑把な情報しか入ってこない今、積極的に動いてくれるとも思えなかった。


 元気の抜け落ちた二人に対し、一人黙々と書き仕事をしていたシャンがおもむろに顔を上げた。仕上がった書類を脇に置き、持っていた筆を行儀悪く鼻と上唇に挟みつつ宙を見る。

「――もしかしたら、妨魔の柱(アンチ・マジック・ピラー)を使っているのかも知れない」

 ぽつりと呟いたシャンに、アミナとアマリスが揃ってシャンを見る。

「それって魔力を阻害する魔法具だよね。でもあれは――」

 シャンの指摘通り、妨魔の柱は打ち建てた場所の周りに存在する魔力を霧散させる効果があるが、それほど広範囲に効果が及ぶわけではない。連絡用魔石に含まれている魔力の量はたかが知れているから妨害されてもおかしくないが、シュイたちとて一所にとどまっているわけではないだろうから日を改めて試せば一度くらいは通じるはずだった。


「俺も魔法具が専門ではないけれど、護符(アミュレット)呪符(タリスマン)なんかを作っている仕事仲間から色々聞いてるんだ。効果の薄い魔法具であっても複数使ってきっちり法陣の形を組めば効力が飛躍的に強まるし、特定の領域内と外界との魔力を遮断する結界も張れるそうだよ。おそらくは内から外へ救援を呼べないようにセーニア側が仕組んだものだろう。安いもんじゃないし人手があって初めてなせることだけど、それにしてもやることが大きい」

 感心している場合か、とアミナがしかめ面をする。連絡用魔石は標的の魔力の位置を特定して初めて効果を発揮するものだ。シャンの仮説が正しいとするならばジヴーに対しての連絡は今後も期待できないということに他ならない。

「気休めにもならぬ、状況が悪化していることに変わりないではないか」

 中で起きていることを外部へ漏らさぬための処置がそこまで徹底されているということは、非道が行われぬとも限らない。アミナの不安は先ほどよりも増したようだった。

「心配?」

「当然であろう。シュイは共に生死を潜り抜けてきた仲間だぞ」

 シャンは困ったように笑った。

「……シュイだけじゃなくてピエールとか、Bランク以下なら他の傭兵たちもジヴーに行っているんだけどね?」

「も、もちろんわかっている!」

 念を押してきたシャンに、アミナは微かに狼狽しつつも語気を強める。

「まったく羨ましいな、仮にも一国の姫君にそこまで身を案じてもらえるなんて」

「うぐ……」

「アミナさんはしぶちょーが好きだもんねー」

 咄嗟にアミナがアマリスに口を開きかけたが言葉の体をなしていなかった。漏れ出た掠れ声に恥ずかしげに口を噤んだが、整理がついたのか再び口を開く。

「私はそんなことを言った覚えはない!」

「口にしなくても周りにそう思われちゃってる現状を推して知るべし、だよ」

 ふふっと笑うアマリスに、アミナの顔が耳まで真っ赤に染まった。そういえばアマリスの方が年上だったな、とシャンはせんなきことを思う。

「凛々しき姫君に恋のウワサ、か。ここがフォルストロームだったらこの見出しだけで一カ月くらいは話題に事欠かないねぇ」

 にまにまと笑うシャンを、アミナがきっと睨みつける。

「そんなに怖い顔しちゃ駄目ダメ、シュイが怖がっちゃうよ」

「しっ、しつこいぞ!」

 照れに怒りを添加されたアミナが両腕を下に突っ張って反論した。

「いいじゃない、普通にお似合いだと思うよ」

 シャンに歩み出そうとしていたアミナの足が、途中で止まった。

「――そなた、シュイの素性を知っているのか?」

 この流れからして、仮にも一国の姫を掴まえて黒ずくめの男とお似合いだとは言わないはずだ。アミナの頭には、シャンもシュイの顔を見たことがあるのではないか、という考えが過ぎっていた。

「素性というか顔は知ってる。多分二十歳はいってないでしょ。あの年齢で傭兵やってるんだからワケありだろうけれど詮索するのも野暮だし。それに何より羽振りの良い客に逃げられると俺が困るんだ、真面目に働かなきゃいけなくなるからね」

 からりと笑うシャンに、アミナもようやく表情を緩める。

「そういえば、シャンはシュイの武器のメンテナンスをしているのだったな」

「ああ、合縁奇縁って言葉があるけれど彼とも不思議な縁だね」

 不思議そうな顔をするアミナに、シャンは少し胸を張る。

「何を隠そう、彼の使っている鎌は俺の師匠、ジョシュア・ボーディングの遺作なんだ。本人から聞いていないかい?」

「――いや、初耳だ」

 

 名工ボーディング。ありとあらゆる戦士たちが切望する武器の作り手として知られている。かなりの気分屋で、機嫌が良い時に彼の目に敵うだけの使い手が直接依頼しにこないと仕事をしなかったという。頑固一徹ながらその腕前は確かで、手がけた武器の中には数千万を超える高値がついているものも珍しくない。

「鍛冶ってボロい商売だよねー。型に溶かした金属流してちょちょいのちょいで数千万も貰えるんだから」

 アマリスがあっけらかんとそう言うとシャンはちっちと指を振った。

「わかってない、わかってないよアマリス。鋳造(ちゅうぞう)なんてどこの鉄工所でだってできるじゃない。鍛冶師ってのは鍛造(たんぞう)をしてこそなんだ」

「鋳造? 鍛造?」

 ほへっと首を傾ぐアマリスに、シャンはごほんと咳払いする。

「いいかい、金属ってのは見た目が同じでも仕上げ方によって強度にえらい差ができてしまうんだ。例えば、これ」

 シャンは書類に乗せていた、大きめのスプーンくらいの長さの文鎮(ぶんちん)を持ち上げる。

「こういった、型で作るような物、つまりは鋳造で作る金属具には目に見えないくらいの小さな隙間がたっくさんあるんだ。その隙間を無くすために行うのが鍛造さ」

 アマリスはわかったような、わかっていないような顔をしながら指を咥えた。つまりはわかっていないのだと判断し、シャンは自分の頭をわしゃわしゃと掻く。

「なんか適当なたとえ話があればいいんだけど。……そういえば、以前シュイにも説明した時、彼が上手いこと言ってたな。なんだっけ――あぁそうそう、餅だ」

「モチ?」

「お餅だよお餅。米をついて粘りけを出した丸い食べ物、知らない?」

「そ、それくらい知ってるよ!」

 馬鹿にしないで、とばかりにアマリスが頬を膨らました。丁寧に説明してなんで怒られなきゃいけないんだ、とシャンが項垂れる。だが、慣れているのか立ち直りも早かった。

「まあ、それはいいんだけど。要は、この文鎮はただ炊いたお米を茶碗一杯に満たしただけのもの。それに対して、鍛冶師の作った武器はお餅なんだよ。それも何工程もの手間をかけて作るんだ。鍛造で金属の粒を細かくすると同時に粒と粒の間の隙間を丹念に潰すわけ」

「ああー、なんとなくわかったかも」

 アマリスが感心したようにうなずいた。


 鍛造には職人の技術が不可欠だ。熱した金属を均一に伸ばし、金属の粒を密にし、その方向を整えてやることによって初めて良質な武器を作ることができる。

 加えて、ボーディングの武器がもてはやされているのは複数の魔法を作業に取り入れた独自の鍛造法を確立しているところが大きい。良質な金属とメノアやブレイノベルといった純度の高い魔力を含む鉱石の結晶。それらを高温下で融合させることによって比類なき強度の魔法合金が出来上がる。それを魔法で冷ましたり熱したりしながら武器の形状に整えていくのだ。人手も手間もかかるがその性能は他工房の武器と一線を画す。


「私の記憶が確かであれば、ボーディング氏は大分前に亡くなったと聞いているが」

 アミナの指摘に、シャンはやや声を落とす。

「ああ、師匠は無類の酒好きだったこともあってちょいと肝臓が悪くてね。弟子たちも健康を心配して何度も飲酒を止めさせようと申し出たんだけど、そのたびに拳骨が返ってくるんだ。まぁ、頑固一徹を地でいく人だったから。かくいう俺も何度殴られたことか。鍛冶師には力自慢が多いけど、取り分け師匠の拳は半端じゃなかった。手の大きさも俺の顔くらいはあったからね」

 年がら年中、分厚くて固い金属板を叩いていれば勝手に腕力もつく。鍛冶師の拳はそれだけで立派な凶器である。かくいうシャンも、その身体は小柄ながらかなりがっしりした体つきだ。


「けれど、そんな師匠も質の悪い病には勝てなかった。ある時期を境に一気に痩せ細っていって、妙だなと思った時にはもう手の施しようがなかったんだ。――でもね、医者に死の宣告されてからも師匠は工房に籠もって武器を打ち続けていた。あの人は根っからの職人だったよ。病気ごときで仕事を途中で放り出せるかって、依頼されていた二つの武器を納期までに仕上げてみせた。それでもって師匠の最後の作品になったのが、あの大鎌だったんだ」

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