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~思惑 each speculation~

 シュイが戦地に旅立つ数日前、ジヴーで勃発していた内乱は予期せぬ幕切れを迎えていた。

 各々の思惑によりセーニアについた四つの国。テレンダール、エリメド、ガザッタ、モスア。そのうちの二国、エリメドとモスアの最高責任者にあたる人物が突如として消息を絶った。

 この事件を受け、残った二国のみではジヴーに対抗できないと判断したのか、もしくは自分達が二の舞になることを恐れたのかも知れない。テレンダールとガザッタの指導者達は私兵と親類のみを引き連れ、国民の大部分を置き去りにして他国へと亡命を計った。

 思わぬ好機を逃すまいと、ジヴー連合の統括にあたる賢律院(ルーツ)はセーニアに先んじて各国で要職を担う者を暫定の指導者として軍と共に各国に送り込んだ。これについては少なからず抵抗運動が生じたものの、大規模な武力行使を必要とする事態には到らず、短日の内に収束した。

 エリメドとモスアの指導者達の失踪についてはジヴー、セーニア双方の陰謀説、特に暗殺の線が色濃いと巷の話題になったが、それについては両国共に否定。時期的に見て動機となり得る材料はどちらにもあったものの、失踪の足がかりとなりそうな物証がなかったために噂の域を出る事はなかった。



 結果として、ジヴーはセーニアとの戦いを前に再び領土を回復するに到った。しかしながら、不安を抱えたまま戦に臨まねばならないことに変わりはなかった。内側では吸収された四国への蔑視が顕在化し、軍議では四国の兵達を率先して前に出すべきだ、というような過激な意見が相次いでいた。

 実際、セーニアに対して本陣はガザッタよりも西方に位置しており、ガザッタの守備を任された兵達の大半は裏切った国々の兵士で占められていた。彼らを犠牲にして敵兵の力を計ってみよう。と、そこまで不遜なことは考えていなかっただろうが、様子見の思惑があるだろうことは読み取れた。

 形の上では内乱が収まっていたものの、お互いに剣で斬りつけ合い、友や親類を失っているのは変えようのない事実。協力して戦おうなどという気持ちになれないのも無理からぬことだ。悪いのは指導者だけ、そう単純に割り切れるはずもなかった。

 各々が心にしこりを残したまま、それでも、わだかまりを払拭する猶予は残されていなかった。1570年、10月4日。西進を続けていたセーニア軍の先遣軍五千がジヴーの領土、ガザッタへ侵攻。砂塵吹き荒れる大地にてジヴー連合の防衛軍三千と相見えていた。



 円に近い湖を囲うようにして、地中深くに根を張り巡らした木々が立ち並んでいる。それを更に囲い込むかのように建てられている住宅街の白塗りの屋根が燦爛と輝いていた。

 砂漠の真珠と名高い町、ユシエルを背にして、ガザッタの守備隊はなだらかな砂丘に陣取り、肌色の砂塵で霞む平地のセーニア軍とにらみ合っていた。

 視界はすこぶる悪かったが、自軍の状況を悟られずに済むのはガザッタ側にとってありがたいことだった。防衛線に充てられていたジヴーの兵達はセーニアの先遣軍を間近にして動揺を隠し切れていなかった。砂煙の向こうで敵軍が行っているのは単なる隊列交替の確認作業だ。しかし、その迅速さ、一糸乱れぬ様は一つの生き物、あるいは人形といった印象だ。これから存分に味わうことになるだろう、敵軍の錬度の高さが窺えた。

 ジヴーの方はと言えば、どこか精彩に欠けた動きだった。一つの陣形を組むのにももたつく。あるいは、肩がぶつかり合っただけで揉め始める兵達の姿も見受けられた。



 ガザッタを守るべく展開されたジヴーの軍には、セーニアに付こうとしていた四国の兵達も多く組み込まれていた。それ故に先だっての内乱が尾を引き、(いさか)いが頻発していた。

 いっそその者らを抜かして戦うという手立てもあったかも知れないが、現状侵攻に晒されているのはそのうちの一国ガザッタだ。兵達が母国を守るために戦わない、もっというと、裏切った国々のために他の七カ国の兵達が命を懸けるというのも妙な話だった。だからといって放置してしまえば四国の兵達がセーニアの駒となるか、虐殺されるのを見過ごして周辺諸国の印象を悪化させることになる。どちらにせよジヴーに選択の余地はあまり残されていなかった。



 敗北、蹂躙、愚かしい。開戦を前にして、ジヴーの兵達の脳裏には否定的な言葉ばかりが思い浮かび、消えて行った。敵の布陣から見て取れる迷いのなさが、否が応にも負の予感を感じさせるのだ。

 この状況に立たされてみて、ピエールはエヴラールの言葉を思い返していた。たった一人で赴いたところで何ができるか、彼はそう言った。

 少なからず、ピエールにはそれに対する反骨心、自分が何とかしてやろうという気概があった。セーニア軍と、ジヴー軍の現状を目の当たりにするまでは。

 戦場になりそうな地形図を頭に入れ、あらゆる視点から勝算が望めないかを考え、それを実行するつもりでここにやって来た。そんな努力を、本気でこの戦に勝つつもりでいたことを、今では恥じてすらいた。



 丘の上に陣取っているため、坂の下にあるセーニア軍の陣形は薄らとだが一望できた。広大な砂漠に住まう者達は概して視力に優れている。

 かくいうピエールも視力には自信があった。500m先にいる鳥の種類の判別が付くくらいには。戦地が砂漠であることを見越していたのかセーニア側に騎兵は全く見受けられず、軽装の歩兵が多いようだった。馬はただでさえ水を良く飲むため、砂漠で運用するのは困難極まるのだ。対するジヴーの軍にはラクダの騎兵がいた。足は馬ほど速くないがその体力は折り紙つきだ。

 とはいうものの、それが果たしてどれほどのハンデになるか。セーニアはルクスプテロンとの実戦を経験してからさほどの時が経っていなかった。対するジヴーは昨今、侵略に晒されるような事態に陥ったことがない。もちろんそれは本来歓迎されるべきことであるし、兵達が鍛錬をしていないということにはならないだろうが、経験面や戦闘勘で大きく後れを取っているのは否めなかった。



 ピエールは、一兵卒として戦いに参加したのは正解だった、と独りごちた。もし仮に、名のある傭兵としてジヴー軍に参画していたとしたら。シルフィールの準ランカーという肩書きは各国でも通用するし、少なからず兵を預けられる立場になっていた可能性もある。

 けれども、それは死兵と言うべきものに限りなく近い存在だ。感情論ではあるが、ピエールには部下と認識した者達の命が失われるのを間近にして割り切れる自信はなかった。かつて、任務で後輩を見殺しにせざるを得なかった苦い記憶は、今も尚燻ぶっていた。同時に、国の一大事に対してジヴーが一致団結できていない現状には、歯痒さとも憤りともつかぬ想いを抱えていた。



 つい先日、ピエールはユシエルの町酒場で兵士達と意気投合し、共に夜明けまで飲み明かしたばかりだった。彼らは皆が皆セーニアにつくことを由としているわけではないようだった。

 実際に話してみてわかったことだが、セーニアへの従軍はごく一部の指導者によって計られた思惑であり、決して国民の総意ではなかったとのことだった。ある日、そういったお触れ書きが町の各所にある掲示板に貼り出され、続いては徴兵の命令が下り、よくよく現状が呑み込めぬままセーニアに付くことが決まっていたとのことだった。

 ただ、指導者達のその選択については強く否定する感情も起きないようだ。ことに、セーニアの侵攻に真っ先に晒されるであろう四国は勝とうと負けようと甚大な被害を被ることに変わりはなく、国を守るという点に拘るならば有り得る判断だと評価する者もいた。

 町の者達の中には同胞を敵に回すのは心苦しいからと町を去った者もいる。けれども、それは伝手(つて)のある者に限られたようで、大多数の者はここに残り、今までと同じ生活を続けていた。引っ越しをする余裕がなかったり、先祖の墓を守らねばならなかったり。それ以上に、自分達の家や家族の命のために、やむを得ず残った者達だ。

 家族のために。それは、自分自身が傭兵になった強い動機をピエールに思い起こさせた。何年も会っていない父母や兄弟達の顔が鮮明に思い浮かんだ。続いては、長らく付き合った末に告白し、妻となったミルカを、まだ見ぬ我が子の顔を想像する。子供が出来たと知らされ、わずかな戸惑いと、得がたい喜びが頭の中を駆け巡ったことが、昨日のことのように思い出される。

 同様にして、ここにいる者達には無事に帰ってくることを願ってやまない家族や友人達がいるはずだった。それが全て喪われようとしているのを見過ごすことは、矜持が許さなかった。



 どよめきが起こり、ピエールが下がり気味だった視線を素早く持ち上げた。眼下の砂塵に映る影が少しずつ大きくなっていく。その後ろに立ち昇るのは火山が噴火したかのような砂煙だ。

 敵軍が前進を始めたのを視認し、ジヴー軍の陣中内で慌しく指示が行き交い始めた。前列にいた弓兵達が矢を番え、狙いを定めて引き絞る。

 弦がキリキリと軋むのを耳にしながら、ピエールは一年以上愛用している剣の柄を握り締めた。しっくりと手に馴染んだ、束の間外界の熱さを忘れさせてくれるひんやりとした感触に頼もしさを感じた。鞘の中にある純白の刀身には薄らとであるが、木目のような線が密に走っている。装飾が施されているというわけではなく、列記とした木でできた剣。だが、その切れ味は金属製の剣にも劣らず、何より軽い。世界一堅いと言われ、炎でも焼けぬ樹木を切り出して作った逸品だ。



 ――必ず帰るって約束しちまったからな。

 自分の帰りを心待ちにしている女性がいる。無事戻れば小言を口にしながらも喜んでくれるだろうが、戻らねばおおいに泣かせてしまうだろう。まだ新婚の肩書もろくろく取れ切れぬうちに彼女を未亡人にさせるのは忍びない。

 たとえ勝てずとも必ず生きて帰る。その一念で柄を握る手に力を込める。大勢の兵達の重々しい鞘走りの音に一際軽快な、竹箒で地を掃くかのような鞘走りの音が加わった。純白の切先に眩いばかりの陽光が灯る。赤髪を砂漠の風に靡せながら、ピエールは霊木で作られた長剣ダンメルシアをゆらりと右手に構えた。



 盾をかざして砂丘を駆け上がって来るセーニア軍に向かって、ジヴー軍の前列にいる弓兵達から矢が一斉に放たれた。矢が敵兵に辿りつく前に戦列交代。刹那、怒号に交じってちらほらと悲鳴が交じった。

 射撃に対して防御姿勢を取るべく足の止まったセーニア兵達を目に捉え、剣を掲げたジヴーの歩兵達が恐怖を吹き消すべく雄叫びを上げる。続いてはセーニア軍に向かって次々と走り出し、坂を駆け下りる勢いのままに敵軍に迫る。その波に乗らんとピエールが目を見開き、白砂を強く蹴り上げた。

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