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~障壁 be in the way4~

 ――ラガン。瞬発力、反射神経はBランクでも通用すると思われるが少々協調性に欠ける。また、辰力の制御は不慣れな様子。即戦力候補。


 ――ミッコ。重い武器を物ともせぬ腕力と恵まれた体格。反面、所々で気の弱さが目立つ。絵が達者で細かい作業の方が向いている節も有。扱える武器を増やせばチームの要に。


 ――セーヌ。年齢を考えれば攻撃魔法の威力、決断力共に申し分なし。一方でその判断を仲間に伝えず突っ走ることが多く、行動にも粗が目立つ。自己完結する癖をなくせば大化ける可能性も。



 ――さて、お次は、と。

「何をしているのだ」

 唐突に耳元で囁かれ、シュイが椅子から跳び上がりかけた。その両肩を抑えるようにしながら、アミナがヌッとシュイの横に顔を出す。肘を机の角に打ち付けて筆が転がり落ち、カツンと音を立てた。

 その慌て振りを見て、アミナはさも可笑しそうに口元を隠す。

「いかんなシュイ。支部長ともあろう者がそのように隙だらけでは。如何に集中しているとはいえ、背後の気配くらいは察知せねばな。ん、報告書を書いていたか」

 頬が触れ合いそうなくらいに近いアミナの顔から、シュイが椅子を横に引いて距離を置く。

「び、びっくりさせないでください。何を書こうとしていたか、忘れてしまったじゃないですか」

 長々と息を吐き出しながら、シュイが床に落ちた筆に手を伸ばす。耳にかかった吐息の感触がまだありありと残っていて、無意識に耳に手を当てる。

 そんなシュイにはお構いなしに、アミナは机上にある書類を覗き込んでいる。

「綺麗に纏められているではないか。書類仕事も板についてきたようだな」

 アミナは感心したように頷きながら頁を捲った。自他共に厳しい彼女からの高評価を貰えたことに、シュイは頬が緩んでしまうのを止められなかった。

「ふむ、最終試験まで残った者が七名。これから更に振るい落とすことを考えると、やや少ないようにも思えるが」

 例年、シルフィールの入団試験は多い時で十を超す合格者が出る。平均でも八名といったところだから、最終試験を控えた時点で既にその平均は下回っていたことになる。

「これ以上落とすことはなさそうですけれどね」

「と、言うと」

「端からCランクでやれそうな者が混じっていますから。人数に余裕もありますし、二次試験でかなり事細かに報告書を確認したようです。不測の事態がない限りは、と」

「不測の事態、か。だが、報告書でわかっていることが全てではないからな。それに」

 不意にアミナは顔を上げ、カタカタと、雨風に何度となくノックされる窓に目を移す。

「例年、この時期は一週間に一度はこういった雨が降るそうですよ」

 アミナはシュイを横目で見た。

「何だ、それも織り込み済みか」

「ええ、着いてから宿の人に聞いたんです」

 現地の下見なども含めてここに来てから三週間近く。その間に雨が降ったのは四回。確率的に一度は降るだろうと予見していた。

 本来であれば、彼らの力なら三日もあれば十分にクリア出来るであろう試験だ。敢えて四日という期限を設けたのは、そういった事情を考慮した上でのことだった。



「期限は三日、但し雨の場合は順延する。こうしなかった理由は?」

「アミナ様は、なんでそうしなかったと思います?」

「質問を質問で返すのは感心せんな」

「先に意見を聞くくらい構わないでしょう」

 軽口を叩くシュイに、アミナは不快さを滲ませることはなかった。むしろ、それを望んでいるような節すらあることを、シュイも薄々と気付いていた。おそらくは、彼女も対等に言い合える相手が欲しいのだと。その相手として自分を選んでくれていることは畏れ多くもあるのだが、嬉しくもあった。

 思案顔をしていたアミナは傍らにあった、整えられたベッドにぽすんと腰掛けた。微かにバネの軋んだ音がした。

「そうさな。さほどの自信はないが、焦らしたかった、と言うところではないのか」

 大正解、とシュイは降参したように諸手を挙げた。さほどの自信がないと言いつつ、こうまで正確に当てられるとちょっと怖い。

 期限が迫れば目的に意識が傾く半面、細かな部分を見落としがちになる。試験に落ちるとしたら、その辺が原因になるだろうと読んでいた。

 ――それをわかっててやる俺も俺だけどね。

 自分の意地の悪さはさておき、設定した試験は一人か複数かの違いこそあれ、傭兵になる前にニルファナから課された特訓と同じくらいの難易度だった。その時は十四になる前だったし、マウリを除けば受験者たちの方が年齢も上。年長者に対してあまり簡単な試験をするのも失礼だろう。

「まぁ、いずれにしてもそなたの<更なる威に屈せよ(プレッシャー)>を自力で脱した者達だからな。せいぜいその企みに嵌まらぬよう祈るとするか」

 そう言い、アミナは人差し指を立てた。

「ついでにもう一つ、訊いてよいか?」

「はい」

「そなたの目から見て、一番伸びそうな受験者は誰だ?」

 アミナはどこか楽しそうな表情でシュイを見た。単純な問いかけのようにも思えるが、シュイは即答を避けた。そうですね、と宙に目を遣り、初日の彼らの戦いぶりを思い起こす。



 ややあって、今はわかりません、とそう言った。

 返答を避けたにも拘わらず、アミナは別段驚くでもなく、顔をしかめることもなかった。或いは想定内の答だったのだろう。

 シュイは窓硝子を流れる雨水に、次いでその奥に目を映した。荒々しく蠢く波が、海のいたるところで白い頭を覗かせている。

「まだ誰も、真の意味では追い詰められていないですから」

 そう呟いたシュイにアミナは、違いない、と微笑むのだった。



 ――三日目。


 初日に戦った地点よりも数kmほど離れた滝で、受験者達は水浴びをしていたブラッディオ・ルーガを捕捉した。大きさは初日に遭遇したものと殆ど変わらないように見えたが、セーヌに尻を焦がされた痕跡はどこにも見当たらなかった。焼かれた毛までも再生した同じ個体なのか、前のとは違う個体なのかは判別が付かなかったが、個体を指定されていない以上そんなことは大した問題ではない。ブラッディオ・ルーガを捕えることこそが重要だった。



 ダメージを与えるには体毛を除去するのが手っ取り早い。その際、火の魔法が有効なことは確認済みだが、前回思い知ったように怒り狂ったブラッディオ・ルーガの動きは非常に荒々しく、そのままの状態で捕捉するのは簡単ではない。元々の敏捷性と巨体を思えば、まずは機動力を封じねばならなかった。

 様々なことを忖度した結果、踏み込む力を余すことなく伝えている後ろ足を狙うのが早道と考えた。とすると、毛に覆われておらず、しかも打撃武器でも有効な部位が一つある。

 それに気付くことが出来たのは大きかった。手足には他の部分より多くの神経が通っており、特に爪を痛めるとどんな動物でも歩行が困難になる。跳躍する際には爪先を伸ばすことによって蹴りの勢いを増すのだが、柔らかい指だけではその負荷を支え切ることが出来ない。

 受験者達はそつのない動きを見せていた。グレイスやラガンが正面に立って牽制しているのは前回と同じ。その間に、ミッコが後ろから回り込むようにして接近。渾身の力で金槌を振り下ろし、ブラッディオ・ルーガの左後ろ脚の爪を砕くことに成功する。

 それ以降、ブラッディオ・ルーガは目に見えて動きが鈍り、興奮時であっても初日の突進力は失われていた。バランス感覚に狂いが生じたのか、正面に突進しているようで少しずつ曲がってしまったり、旋回する時の速度がたどたどしかったりした。砕かれた爪も少しずつ再生してはいる。しかし、他の個所に受けた傷に比べれば明らかに回復が遅い。治りかけた頃には他の爪に一撃を加えられている。完全に動きを制御されていた。



 ここで満を持して、攻撃参加を控えていたセーヌが戦列に加わった。立て続けに放たれる<燃え盛る火焔(ファイア・ボルト)>がブラッディオ・ルーガの身体の各所に面白いように命中していく。毛で覆われている部位がみるみるうちに少なくなっていき、最後にはひっくり返ったパズルのように、統一性なく毛が残っているような状態になった。

 皮膚を剥き出しにした後であれば物理攻撃も普通に通用した。浅い傷ならいざ知らず、深い傷を負わせれば瞬時に回復されることはない。ただ、あまりに深すぎて内臓まで届いてしまうと弱らせる前に死んでしまう可能性もある。そのため、あくまで弱らせることに主眼を置き、血を抜くことに意識を傾けた。



「よし、良いぞ! 段々弱って来てる」

 ユーダとマウリは戦っている五人からやや離れた位置を保持していた。前回のように気配を感知し、戦況を安定させる役割は勿論だが、今回は他にも重要な役割があった。初日にセーヌが放った火が付近の物を焦がし、生じた煙が飛竜に気づかれるきっかけを作ってしまったことを考慮し、煙が濃くなる寸前にユーダの<吹き荒ぶ風(ウィンド・ショット)>やマウリのスリングショットによる風魔石の射出で拡散させ、薄めていた。

 彼らの頭の中には、少なからず今日で決めねばという焦りがあったはずだった。仮に今日失敗したとして、万が一最終日の明日、昨日のような大雨が降るようなことがあれば、合格は一気に遠のくことになる。

 だが、彼らは湧き出てくる焦燥に駆られることなく、前日の経験を活かし、細心の注意を以って任務に臨んでいた。このままいけば、シュイの危惧は取り越し苦労に終わりそうだった。



 執拗なる攻撃に晒されてかなりの血を失ったのか、ブラッディオ・ルーガの動きも大分弱々しくなってきていた。このままでは殺されると判断したのだろう、ついに逃亡を図るべく、茂みの中に飛び込んだ。

 けれども爪を割られ、びっこを引いたまま逃げ切れるほど甘くはない。いち早く森に飛び込み、後ろからコルトが後を追う。程なくして逃げるブラッディオ・ルーガの横に並び、即効性の鎮静薬を澱粉で固めたボールを半開きの大きな口に放り込んだ。

 十秒も経たぬうちにブラッディオ・ルーガの動きが緩慢になっていき、どっと地面に腹を押し付けた。コルトの「よっし」という歓声が、地鳴りにも似た大きないびきが、遅れて追いついてきた受験者たちの耳に聞こえてきた。 



 これで少なくとも数時間は寝たまま。ぞろぞろと、寝息を立てているブラッディオ・ルーガを囲むように七人が集まってくる。各々、試験の突破を確信したようで、呼気は整っていないが表情は明るい。

「後は拘束用の紐だな。皆、手伝ってく――」

「待て! また何かが空から来る!」

 コルトの言葉を遮り、ユーダが梢の天井を指差した。セーヌやグレイスらもブラッディオ・ルーガから後退し、体制を整える。

 グランが何匹だ、とユーダに訊ねた。

「一匹だ。この速度、おそらくは鳥獣だな。かなりの速度で降下してる」

「それならどうとでもなるさね。視界が良くないから油断は禁物だけど」

 グレイスが枝葉生い茂る緑の天井を見る。鳥獣の視力は数km先の人の顔が認識できるほどのものだ。ユーダが気配を捉えることが出来る距離はそれほどではない。梢の隙間からであっても、既に七人の姿は捉えられていると考えて良かった。

「誰に目標を定めているかわからん。円陣を組んで狙いを固定しつつ初撃を回避、空に戻ろうと上昇する瞬間を集中打で叩く」

 ラガンの提案に一同が頷き、七人が開けたスペースで一か所に固まり、迎撃態勢を取る。

 それから間もなく、質量が風を切り裂く音が接近してくる。ガサガサと、木々の枝が手折られる音が耳に入った。上を見上げていたグレイスやミッコらが、山吹色の鳥獣の姿を目に捉えた。




 予期せぬことが起こった。回避しようと身構えていた七人をあざ笑うかのように、視界にあった鳥獣の姿が斜め横にずれ、消えていく。両足にある鋭い鉤爪は、七人の誰にも向けられていなかった。

『ああっ』

 一同の声が重なり、凍りついたかのように体が硬直した。やや遅れて、鳥獣に折られた梢がポロポロと、七人の頭上に落ちてくる。

「……おい、おーい! まじかよ!」

「正に漁夫の利」

 コルトが頭を抱え、セーヌが低い声で呟いた。

「魔物と魔物が仲睦まじいとは限らない、か。だからと言ってこのタイミングは、ないな」

 鳥獣の急降下攻撃に角を折られ、あっさりと息絶えてしまったブラッディオ・ルーガを見て、ラガンはらしくなく、肩を落とすのだった。

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