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~障壁 be in the way3~

 殺意を剥き出しにしている敵を殺すことなく制するのは非常に難しい。それは相手が魔物であっても例外ではない。討伐に関しては全力で挑めば良いだけであるが、捕獲となれば全く勝手が違う。相手の状態、疲弊の度合いを綿密な観察と推察によって把握しつつ、程よく弱体化させることが不可欠となる。この程良く、というのが曲者で、匙加減を間違えて止めを刺してしまうこと、逆に慎重になりすぎて長日を費やしてしまうことはままある。

 ともあれ、まずは捕獲対象のことを良く知り、試行錯誤した上で上手く弱体化させる方法を構築することが肝要。そうすることによって麻酔薬や痺れ薬の効果が高まり、手強い魔物であっても長時間拘束する事が可能になる。



 ――って、それくらいわかっているし、それなりに覚悟もしていたんだけどねぇ。

 グレイスはわしゃわしゃと黒い短髪を掻き乱し、頭の中にあった書物の記憶を霧散させた。視線の先にいるのは度重なる攻撃にも全く堪えた様子のない、角だけでも2mはあろうかという深紅の獣。尻を火で焼かれたことに憤っているのか、大きな鼻の穴から地面にある草花が傾ぐ勢いで息が漏れ出している。グレイスの構えた長剣には血煙が残っているが、妙なことに獣の身体には傷らしきものがどこにも見当たらなかった。



 肉厚な四肢にずんぐりとした身体、牛のような尻尾に円錐形の美しい角。<血塗巨獣(ブラッディオ・ルーガ)>という名に相応しく、その毛むくじゃらな巨体には多少の傷を負っても枯渇することのない驚異的なスタミナが内包されている。また、とろそうな見た目とは裏腹に易々と狙いを定めさせぬ敏捷さをも併せ持つ。全身を隈なく覆う赤い体毛は水に強く弾力性に富み、上質な緩衝材として使われている代物だ。軽く剣を振るった程度ではあっさりと跳ね返されてしまう。

 そんなわけで打撃は殆ど効果がなく、斬撃でダメージを与えるにしても手加減なしに切り付けるしかないのだが、生半な傷では碌々血も出ぬうちに塞がってしまう。それほどの高速再生能を有している。連携の巧みな熟練傭兵のパーティならいざ知らず、まだ駆け出しにもなっていない即席パーティが手を焼くのは無理からぬことだ。



 ――角の付け根が弱点、だったわよね。

 ――うん、そのはず、だけど。

 <ブラッディオ・ルーガ>の背面に陣取っていたセーヌとマウリがちらりと視線を交わした。二人のやり取りが自信なさげなのは、記憶が曖昧だからというわけではない。敏捷な相手の弱点を的確に狙うことの難しさと、仮にそれが出来たとして、捕獲する前に殺してしまう可能性が高いことを理解していたからだ。

 もしそうなってしまった場合には、新たな<ブラッディオ・ルーガ>を探して更に奥地へと、すなわち島の中央へ向かって歩を進めねばならなくなる。渡された地図にはこの地点以外にもバツ印が幾つか記されていたが、出来ることなら沿岸部に一番近い、それほど強い魔物が生息していない場所で片を付けたかった。それが受験者共通の意見だった。



 <ブラッディオ・ルーガ>を発見した一行は実戦経験の豊富なラガンとグレイスを敵の正面に配して注意を引き、ユーダ、コルト、ミッコの三人が側面から攻撃、年少者のセーヌとマウリが後方支援に回るという形を採用した。

 報告書のデータを参考にし、作戦を吟味した結果、弱点である角以外の部位を攻撃して少しずつ弱らせていくのが有効と思われた。ある程度の傷を負わせて身体から血を抜き、<ブラッディオ・ルーガ>の意識を混濁させる。血液は体力の源であり、それを奪えば麻酔薬の導入もすんなりいくはずだった。

 けれども、蓋を開けてみれば敵の体毛が予想以上に頑強だったせいでまともに傷を負わせられるのはグレイスとラガンのみ。ミッコの武器は金槌、コルトに至っては体術なので傷を負わせるには適さない。もっと言うと相性が悪すぎるのだ。



 埒の明かぬその様子に、業を煮やしたセーヌが無防備な尻に<燃え盛る炎(ファイア・ボルト)>を放ち、体毛の一部を焼いて肌を露出させた。

 アイディアとしては悪くなかったが、付いた火は短時間で消え、どちらかと言えば消極的に動いていたブラッディオ・ルーガが怒り狂った。長い角を振り回しながら突進を繰り返し、木を所構わず薙ぎ倒していき、力の入った攻撃を当てるのが一層困難になった。擦れ違いざまに攻撃を当てたとして、巨体の勢いをまともに受ければ腕が骨ごともっていかれるのは想像に難くなかった。



 実際に獲物と闘ってみて、ある程度の実力を持つ傭兵が数人揃えば討伐が難しくないだろうことは理解出来た。但し、これほどの再生能力を持つ魔物を殺さずに捕獲するとなると数段難易度が跳ね上がるのは確実だ。同時に、この任務を標準で行うというシルフィールの傭兵たちの実力も推して知るべしだった。

「……まずいな、他の魔物が近づいて来ている。おい皆、一旦退却するぞ」

 戦況を安定させるべく、周囲の気配を読み取ることに集中していた森族の男ユーダが、すっと頭上を指差した。コルトとミッコが空を見上げると、山の方から野生の飛竜が二匹、近づいてくるのが見えた。



 目暗ましにラガンが煙玉を使い、一旦敵の縄張りから出て茂みに身を伏せたところで周囲の様子を窺う。魔物の追尾がないことを確認し、一行はようやく身体の緊張を解く。

「さっきの煙で気付かれたみたいだな。まーそうなると思ってたけど」

 じと目を送ってくるコルトにセーヌは何ですって、とムキになった。

「しょうがないじゃないの! 体毛が障害になっている以上魔法なしで深手を負わせるなんて不可能でしょ!」

 セーヌは一発目こそ不意を付いて当てられたものの、それ以降の攻撃は俊敏な動きで回避されていた。避けられた炎弾の一つが後方にあった樹木の枝を焼き、ボヤを起こしてしまったのだ。

「だとしても、炎魔法はないだろ。確実に当てられなきゃ狼煙(のろし)代わりになっちまう。『魔物さん、こっちへ来て~』ってアピールするようなもんだ。もう少し使う魔法を選んだ方がいいんじゃないか」

「気色悪いから妙な声色を使わないでくれるかしら? 発情した暴走海豹オルトンの鳴き真似かと思ったわ」

 声を殺しつつも口論を過熱させている二人にシっとラガンが指を立てて窘めた。

「騒ぐな、まだ上空を旋回しているんだぞ。……というか、完全に見張られているな。煙玉を使ったのはまずかったか。一旦戻って対策を練り直した方が良さそうだ」

「くっそ、初日でクリアしたかったんだけどな。そんでもってあの高飛車な試験監督を見返してやるつもりだったのに」

 悔しげにそういうコルトに対し、一同は溜息を重ねた。

「夕焼けが出ているし明日も晴天だろうから、その方が良いかも知れないね」

「へぇ、そういうものなんですか。ミッコさんは博識ですね」

 マウリが感心したようにそう言うと、ミッコは頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。



 ――――二日目。

「それで、よりによってこの天気、かぁ」

 セーヌが後ろに視線を走らせると、ミッコが広い肩を申し訳なさそうに縮めていた。

「ま、まぁ外れることもあるさね」とグレイスがフォローを入れる。



 南方特有の雨、スコール。バケツを引っくり返したような、と表現されるらしいが、セーヌにはむしろ水のカーテンという表現の方が相応しいように思えた。地面を叩く雨が水溜まりを跳ね上げ続け、音が長々と連なっている。

「でもさ、これなら煙には気付かれないんじゃ」

 口を挟んできたコルトに、セーヌが鼻で笑った。

「アンタ馬鹿でしょ。じゃなきゃ頭おかしいでしょ。この雨で炎魔法なんて使ったって効果薄いに決まっているじゃない」

「てっ、てめえは、いちいち人を小馬鹿にしなきゃ気が済まないのか。性格悪いぞ」

胡乱(うろん)なことね、私敬意を向けるべき相手は選んでいるの」

「何だとぉ」

「何よ、やる気?」

 顔を突き合わせて火花を散らしている二人に対し、最年少のマウリがまぁまぁ、とおっかなびっくりといった様子で割って入る。

 ラガンは付き合い切れないと言わんばかりに一人、人の輪から外れて葉巻を吸い、代わりにぷかぷかと煙の輪を作っていた。



「あんたたち<電魔法(ライトニング・ボルト)>は使えないのかい?」

 腕を組んでいたグレイスがユーダとセーヌを交互に見た。

「勿論使えるけれど、これだけの雨だとちゃんとした効果が出るかどうか心配だな」

「そうね、普通は雨天だと威力が上がるものだけれど、水流で威力が拡散する可能性も否定できないわ」

 ユーダの語尾をセーヌが引き取る。

「これだけ視界が悪いと狙いを定めるのも難しいですし、攻撃を避けるのも大変かも知れませんね」

 マウリの追い打ちにコルトが考え込む。

「そんじゃあ、どうするよ」

「……今日は、諦めた方が良さそうだ。口惜しいが天候ばかりはどうしようもない」

「それしかなさそうだねぇ。となると残り二日、か。明日も降り続くようなら、本格的にやばいね」

 ミッコとグレイスが物憂げに空を見た。



「祈るしかあるまい。短時間でケリを付けられるよう綿密に作戦を立てておくぞ」

『おまえが言うな』

 一人作戦会議から外れていたラガンに、ミッコとマウリを除いた四人が突っ込みを入れた。

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