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~障壁 be in the way~

 小雨が降りしきる空の下、トートゥの支部長室では二人の男が向かい合っていた。否、睨み合っていると表現した方が正確だった。お互いの険しい表情が、漂う沈黙をより一層重いものにしている。

 書類や本がきちんと整頓された書斎机の上には二枚綴りの紙が置かれていた。氏名欄にピエール・レオーネと記載されたそれは、ギルドの一時脱退を届け出る暇願(いとまねが)いだった。



 きっかけはセーニア教国のとある町の支部より持ち上がった一つの情報だった。セーニアが秘密裏に遠征の準備を進めているという話題は以前から新聞各紙でも取り上げられていたため、シルフィール内でもどういった対応を採るか苦慮していた。

 大半の者は、その侵攻対象がルクスプテロン連邦に対してのものだと考えていた。セーニアとルクスプテロンの戦争はシルフィールにとって相当に厄介な懸案である。中立を保つと言うは易いが、双方の誘いを断り続ければ小さな不満や敵意が自然と積み重なっていくからだ。



 どちらかと言えば戦争を仕掛けられたルクスプテロンの肩を持つ意見が多かったが、何しろセーニアの人口は世界一である。出身者がギルド内において占める割合は三割に近い。身内に潜在的な敵を大勢作るとわかってセーニアを声高らかに批判する者など殆どいない。

 実例として、シュイ・エルクンドやデニス・レッドフォードはバータンとナルゼリの戦争に参加したことが尾を引き、一部のセーニア出身者には相当に嫌われていた。陰口は言わずもがな、擦れ違いざまに舌打ちを交えるといった露骨な態度を取る者もいた。これとは逆にセーニアの同盟国に肩入れし、ルクスプテロンの出身者から顰蹙を買う者もいた。一触即発とまでは言えないが、野放しにしておける状況でもなかった。



 さておき、両国間の緊張は二年前に起きたヌレイフ湿原の戦いの後も解けることがなかったが、いずれ動き出すだろうと思われていた。エヴラール自身、再度の侵攻が年内に始まるだろうとは予測していた。

 ところが、それが全く想定外の形で成された。おそらくは他支部にいる長の多くが冷や水を浴びせられた心地だろう。セーニアが侵攻対象に選んだのはルクスプテロン連邦でも、他の大国でもなかった。広大な砂漠があることで知られるジヴーの小国群だった。

「考え直せ、ピエール。我々だけではなくアースレイも、否、セーニア以外の三国とて同じだ。この状況で静観を貫くとは思えん。お前の家族にしても、今のお前の稼ぎなら他国に逃がすことくらい朝飯前だろう」

 ピエールは腕を横に振り払う。

「悪いけど、何度考えても結論は同じだ。他支部のジヴー出身者が動いている以上、俺だけ安全な場所にはいられない」

 だが、とエヴラールは説得を続ける。

「せめて、子供が生まれてからでも遅くはあるまい。奥方とて出産を間近に控えている今、頼るべきお前に離れられたら不安に思うだろうに」

 その言にはピエールも一瞬辛そうな顔を見せたが、そこから無理矢理に笑顔を繕う。

「ミルカは、わかってくれていますよ。あいつもつい最近まで傭兵だったんで。それから、死ぬつもりもないっす。伊達に準ランカーになったわけじゃありませんって」

 ピエールの口調からは決して強がりだけではなく、仄かな自信も垣間見えた。



 まだ昇格したてということもあり、ピエールの地力は準ランカーの中では下位から数えた方が早い。だが、成長速度という一点に置いて優秀であり、今後も更なる活躍が期待出来ると見込まれていた。エヴラールもピエールの成長を間近で見てきた一人であり、なればこそ思い留まらせたかった。

「俺とてそう思いたい。お前がシュイに負けず劣らずの修羅場を潜り抜けていることも理解している。だがな、今回の件はギルドで受け付けている依頼とはわけが違う。小国同士の諍いなどとは比較にならぬ、正真正銘の侵略戦争だぞ」

 セーニア正規軍の騎士大隊、魔道大隊。どちらか片方であってもその実力と統率力は中小国家の軍などとは比べ物にならない。音に聞こえしルクスプテロンの召喚部隊を結集してやっと互角の戦いだ。ジヴーの小国同士が手を組んだくらいでは勝ち目はゼロに等しかった。



「断言こそ出来ぬが、今回の遠征では前回の時と同じようにミスティミストの傭兵が加わっている可能性だってある。連中の強さ、狡猾さはお前とて耳に挟んでいるだろう。本部が奴らに関わるなと口酸っぱく言っているのは、決して誇張なんかじゃない」

 強い口調で諭すエヴラールに、ピエールは顔色を変えずに応じた。

「だからこそ、だ。このまま仲間たちが蹂躙されるとわかって、黙って見過ごすわけにはいかないだろ。既にジヴーに向かった他支部の連中だって同じ気持ちのはずだ。ミスティミストの傭兵が加わっているなら尚更、誰かがそいつらを何とかしなきゃなんねぇ」

「ピエール……しかしだな」

「確かに、ジヴーは他国の奴らから見れば砂ばかりの何にもない土地かも知れない。俺自身、そう思ってるくらいだ。でも、そんな場所でも大切な生まれ故郷なんだよ。先祖代々、厳しい自然と向き合って地に足付けて、何とか工夫しながら維持してきた土地だ。そこを放り出して逃げだせるもんか。後ろ指差されるような真似――」

「――少し落ち付け、お前の決意はわかった。一週間で構わん。その間にマスター・ラミエルにお伺いを立ててみる」

「マスターに……ってそれでどうなるってんですか!」

「落ち着けと言っている!」

 ピエールが両手の平を机に叩きつけるや否や、挑みかかるように立ち上がったエヴラールの怒鳴り声が廊下にまで突き抜けた。エヴラールの顔を間近にしてもピエールが怯むことはなかった。が、非は自分にあると感じたのだろう、視線を合わせたまま微かに俯き、小さな声で謝罪した。



 エヴラールは肘掛けに両手を付き、ゆっくりと座った。けれども、目付きの鋭さは先ほどと少しも変わらなかった。

「準ランカーだという自覚を持っているなら尚更だ。仮にも傭兵たちを引っ張る立場にある者がそのような醜態を晒して何とする。冷静に戦力差を分析できぬ者が戦地に赴いたところで一体何が出来る! 具体的に温めている策があると言うならば今この場で答えてみろ、どうなんだ」

 痛い所をぐさぐさと突かれ、ピエールが奥歯を噛み締めた。エヴラールは反論できずにいるピエールから溜息混じりに視線を外し、机の上にある紙に手を翳す。一瞬にして、暇願いの書類が消し炭と化した。

「いずれにしても、だ。ギルドの方針が定まってもいないのに個人が勝手に動くことなど支部長として容認できん。まだ両国への敵対行為禁止令は解かれていないんだ。セーニアの矛先がルクスプテロンじゃない以上、シルフィールも方針転換を迫られるのは必然。援助の検討は十二分に考えられる話だし、俺からも要望書を提出してみる。近日中に出兵が行われたとしてもジヴーまではかなりの距離があるし、まだ時間的な猶予は残っている。さぁ、それがわかったらとっとと今日の業務に取り掛かれ」



 ピエールの尻を引っ叩いて退室させた後で、エヴラールは足元にある引き出しに手をかけた。取り出した緊急連絡用の紅い魔石を一瞥し、ぎゅっと握り締める。束の間、ピエールのそれにも負けぬほどの怒気が、長い銀髪をふわりと靡かせた。



――――



 カーテンが締め切られた薄暗い室内に長い足が踏み入った途端、お疲れ様、と明るい声が響いた。アルマンドがはたと顔を上げた。

「……ハーベル、来ていたのか」

「ついさっきね、そろそろ術の効力が弱まる頃だと思って。それより、せめて髭くらいは切り揃えた方が良いよ」

 椅子に坐したニルファナに指差され、アルマンドは鼻の下を摘むように確かめるときまり悪そうに笑った。

「気が付かなかった、後で剃らなくちゃな。面目ねえ、ここんところ野宿続きだったもんでさ」

「はぁ、あまり根詰めるのは感心しないな。君に万が一のことがあれば彼女も――」

「――わぁってるわぁってる。それより、先に済ませてもらっても良いか。風呂に入っても無駄になっちまうからな」

 背負っていた荷物、薬草が満載の革袋を床に下ろし、アルマンドは白い手が覗いているベッドの前に立ち、銀の胸当ての留め具を外し始めた。



 シャツ一枚になったアルマンドから視線を外し、ニルファナは座ったまま胸の前で手を組み、ゆっくりと瞑目した。程なくして、こめかみの辺りから一筋の汗が、つぅと彼女の頬を伝った。彼女ほどの使い手をして、それほどの集中力を強いる魔法だった。

 ニルフアナの全身から透明な蒸気のようなものが立ち昇り始めると、唐突に立っていたアルマンドが唇を噛み、拳を握り締めた。激しい痛みに堪えるかのようだった。

 分厚い胸板の左側から、淡く光る太い糸のようなものが少しずつ伸びてきた。ニルファナの呪力によってアルマンドから取り出されたその糸が、ベッドに横たわっている金髪の、青白い顔をした女の左胸へと連結される。瞬間、アルマンドの顔が明らかに歪んだが、声は終ぞ発されなかった。シュウシュウと、溜まっていた空気が抜けるような息が歯の隙間から漏れただけだった。

 糸を通して小さな光球がアルマンドから間断なく生み出されては女の体に吸い込まれてゆく。ややあって、女の顔色に血色が戻ってきたが、対するアルマンドの顔色は土気色に近くなってきた。その全身が、通り雨に打たれたようにぐっしょりと濡れている。ニルファナは薄らと片目を開け、アルマンドの表情を確かめた上で組んでいた手を解いた。支えを失った人形のように、アルマンドの長身がぐらりと泳いだが、倒れることはなかった。いち早く立ち上がったニルファナの両手がアルマンドの背中を支えていた。



 ベッドの隣にある三足の椅子に座り、荒く息を継いでいるアルマンドに、ニルファナがハンカチを差し出した。アルマンドはすまねえな、と掴み取り、汗に濡れた額を二度、三度と拭う。

「いや、こればかりは、いつまで経っても、はぁ、慣れねえな。こりゃあ三日は、まともに動けそうに、ないな」

 軽口を叩くアルマンドの顔を、ニルファナはじっと観察した。その表情から僅かな情報も読み落とすまいとしているようだった。

「どうも、一週間は安静にした方が良さそうだね。無茶をすればそれだけ使える回数が減る、わかってるね」

 アルマンドが大袈裟に口を窄めて見せると、ニルファナは小さく頷いた。

「じゃあ、また来るよ。二人共、お大事に」

 ニルファナは壁を逆手で押し出す様にして体を起こした。その足が数歩ほど進んだところでアルマンドが口を開く。

「あんたは、何にも言わないんだな。ジヴーのこと、ある程度は聞いて、いるんだろう?」

「耳が早いね。でもさ、私の言葉なんかで楽になれるのかな」

 足を止めたニルファナが背中越しに訊ね返すと、大分息が戻ってきたアルマンドは苦笑いを浮かべた。

「そう、だな。俺としたことが失言だった、忘れてくれ」

「そうさせてもらうよ、無意味なことは避けたい。自己判断できる者の意志を捩じ曲げるようなことは特に、ね。でも、君がわからないことにはいつでも答えよう」

 じゃあ、とアルマンドは横たわっている女を見た。その目は固く閉じられていたが、高い鼻と喉元は微かに動いていた。

「あと、どれくらいもつ(・・)?」

「……半年か、それより短いのは確かだね。君から取り出せる糸も大分細くなっているし。口惜しいけれど、命脈供与の術式は万能じゃないから」

「……そっか。はは、まいったな。十年近く足掻いてきたのにこのザマじゃ申し訳ねえよなぁ」

「年長者の弱音に耳を傾けるには、私じゃちょっと役不足かな。次の客に譲ることにするよ」



 次の客、とアルマンドが呟くのとほぼ同時に、ニルファナの目前にあるドアが動いた。立っていたのは白くて可愛らしい花束を両手に抱えたデニス・レッドフォードだった。

「これはハーベル嬢。お越しになられていたのですね」

 軽く会釈したデニスにニルファナは微笑みを返した。

「御無沙汰だね、レッドフォード。ほら、打って付けの人がやって来たよ、ゼフレル。じゃあ二人とも、またね」

 立ち止まったままのデニスに手を掲げつつ、ニルファナは外へと出ていった。扉が音を立てて閉まり、床に差し込んでいた柔らかい外光が消え失せると同時に、デニスがアルマンドに向き直った。

「大分、悪いようですね」

「なに、とっくに覚悟は出来ているさ。……そう、出来ているはずなんだ。昔からずっとな」



 デニスが横たわっている女に両手を掲げた。治癒魔法によって固まり掛けた血を分解し、体液の流れを正常に戻していく。暫くすると、床ずれで黒ずんでいた大腿や二の腕の皮膚が少しずつ白くなっていった。

「ヴァニラ、さ。あと半年もたないんだってよ」

 ぼそっと呟いたアルマンドに、デニスは咄嗟には応じられなかった。そして、応じられなかった自分を恥じ入るかのように目を瞑った。

「そう、ですか。……すみません、私にもっと力があれば」

「いんや、謝るのは俺の方だ。ランカーを以ってしても助からないんだから、多少は割り切れるってもんだな。その、済まなかったな、十年近くも付き合わせちまって」

「おや、今日は随分としおらしいですね。腐れ縁は今に始まったことではないでしょうに」

 デニスはふっと笑みを零したが、頭の中ではその弱気な言葉を嫌忌すべきものだと理解していた。それはアルマンドと、ヴァニラと呼ばれた女に施されている術式の正体がどういった類のものであるか、薄々と勘付いているからこそだった。



 シップのような呪効継続の魔布をヴァニラの細い手足に慎重に貼り付け、ようやくデニスが一息付き、眼鏡を外した。集中力による熱気でいつの間にかレンズが曇っていた。

「これで大丈夫です。あぁ、その布は二週間くらい経ったら剥がしてください。また一月後に来ますので」

「一月、か。随分と早いな」

「……申し上げにくいことですが、胸筋が衰えて心臓から血を全身に送り出す力が弱過ぎるんです。このまま放っておいたら手足などの末梢部位で壊疽えそを起こすのは避けられませんから」

 そう告げられたアルマンドは何かを言おうとしたが、空気がだだ漏れただけだった。認めたくない現実に傾ぐ頭を両手で覆うように支えた。



 デニスは何も言わずに眼鏡を掛け直し、白いカーテンを開いて窓を開けた。アルマンドの足元が照らされ、木の床に寝具と自分の影が映った。アルマンドは自分の影が他の影に比べて幾分薄いことに気が付いたが、だからどうしたと笑い飛ばし、鼻息混じりに屈んでいた身を起こした。

 風が室内に吹き込んでくるのを感じながら、デニスはベットサイドのテーブルに置いてあった瓢箪型ひょうたんがたの青い花瓶に手を伸ばした。萎れかけて花弁の端が茶色くなりかけている何本かの花を纏めて掴み取り、窓の外へ腕を出す。次の瞬間、手の平にあった花が灰と化し、風に晒されて手からさらさらと零れ落ちた。続いては花瓶の水を外の土壌に捨て、水差しの口から新たな水を注ぎ込み、持参した、花弁も茎もしゃんとした新しい花を花瓶に挿した。



 花を包んでいた不織布をくるくると器用に丸めながら、デニスがちらりとアルマンドを見た。

「伝えておくべきか迷いましたが、どのみち耳に入るでしょうから私の口から。セーニアがジヴーへの出兵を正式に決めたようです。おそらくは月内に」

 アルマンドは目を伏せ、ふと先ほどのニルファナの言葉を思い起こし、くっくと笑った。

「どうかしました? 私、何か変なこと言いましたか?」

「いや、ホントおっかねぇと思ってさ」

 何がおっかないのか、と首を傾げるデニスにアルマンドが視線を戻した。

「そんなの俺の知ったこっちゃねえな。ジヴーなんざ捨てた故郷。年がら年中熱いし、歩いてるだけで口の中は砂だらけになるし、目を開けていられる時間の方が少ないくらいだ。ありゃあホント、ひでえ土地だぜ」

「……ですが、そんな土地にセーニアは侵攻を決めた」

「それだよなぁ。あんな辺鄙(へんぴ)な場所に何があるってんだ?」

「希少な鉱山資源か、或いはもっと別の何かを狙っているのか。レームス教の言い伝えによれば、ジュアナ戦役よりも遥か昔、ジヴーの近辺は高度な文明によって統治されていたそうです。実際そういった記述がされている文献も少ないながら見つかっているようですしね。これは憶測の域を出ませんが、もしかしたらセーニアはルクスプテロンとの戦に勝ち得る切り札を、ジヴーの地に見出したのではないでしょうか」

 アルマンドは憤然とした様子で足を組んだ。



 仮にもし、そんな物が真に存在するのだとしたら、周りの国々も日和見ではいられないはずだった。ルクスプテロン連邦が滅ぼされればその嵐を遮れるものは存在しない。いつしかその猛威が自分たちに向けられるかも知れないのだ。他の四大国であるエレグスやフォルストロームにしても、ルクスプテロン連邦を確実に上回ると言える戦力は持っていない。むしろ、一段劣るというのが世間一般の見方だ。

「だが、たとえそうだとしても、だ。一体どこのどいつがそれを入れ知恵したんだ。戦争状態で古文書を漁っている余裕があるとも思えねえぜ」

「同意見です。って、何だかんだ言って色々考えているんですねぇ」

「う、うっせえよタコ」

 照れ臭そうにそっぽを向くアルマンドに、デニスが口元を手で覆いながら笑った。



 おもむろに、水を汲んできます、とデニスが部屋を後にした。アルマンドは遠ざかっていく足音を聴きながら尻を持ち上げ、ベッドに横たわる女の耳元に口を近づけた。

「……ジヴー、か。他の連中はきっと必死こいてるんだろうな。きっと、ピエールの奴だって……。ったく、身動き取れねえってのも辛いもんだよな。まぁ、お前ほどじゃないけど。なぁヴァニラ、俺ぁどうすれば良いんだろうなぁ」

 半ば習慣となりつつあった、何度となく繰り返した儀式だった。諦めと、それでも捨て切れぬ、ささやかな願いの入り混じった囁きが、尖った耳に掛かる長い金髪を微かに揺り動かした。

 けれども、聞こえてくるのはいつもと同じ、たどたどしく継がれる吐息だけだった。その音の儚さが、閉じられた瞳が、心に絶望を招き入れようとした。

 アルマンドはそれに抗うべく首を横に振り、椅子に座り直すと、そのまま自分の膝に頬杖を突き、しばしの間、無音の世界に身を投じた。

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