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~試練 a trial ground4~

 肌色よりも白に近い砂浜には色とりどりの貝殻が埋もれていた。照り返す日差しの強さはかなりのもので、砂地を歩けば熱が靴底を貫いて伝わってくる。路傍には巨大な葉を持つ木が並び立ち、海岸に沿っているあぜ道を彩っている。港から続くその道の先には巨大な石造りの建物があった。



 ちょっとした学校くらいの広さがありそうなその建物は一カ月の間シルフィールの貸し切りとなっている。島内の建物の大半は民宿などを除いてエレグスが管理しているが、短期間であれば賃料を支払うことによって借り受けることが可能だ。もっとも、危険地域として有名なこの島の施設を借りるような物好きはあまりいない。

 今回の試験を開催するに当たり、シルフィールでは特に案内船などは出していなかったが、およそ三日に一度くらいはエレグスとフォルストロームを結ぶ巡航船が補給のためにここに立ち寄る。移動手段に関しては問題ない。



 三つの入口を除いて窓が一つもない殺風景な大部屋。温暖な気候も手伝って蒸す様に熱くなっている室内では世界各地から集まってきた受験者が待機していた。その数は百を悠に超えそうだった。小柄な大人の背丈くらいはありそうな長剣を背負っている魔族の女。はたまた剣でも貫けそうにない筋肉の鎧を纏った森族の男。

 待っている者たちの反応も多種多様だ。緊張感に背筋を固め、しきりに周りを窺う少年がいれば、後ろ手を組んで呑気に大あくびなどしている中年男もいる。はたまた顔を伏せ、寝ているのではないかと疑いたくなるほど身動ぎしない青年も。



 シュイは最奥の扉の隙間から、ホールにいるたくさんの傭兵の卵たちの様子をそっと窺っていた。一見したところではそこそこ腕が立つ者もいるようだった。つまりは、ファムラブ島がどういう場所かを分かっている者が。

 心地よい緊張感を肌に感じながら、しかし次の瞬間にはそれを台無しにされた。

「……おいおい、とっとと始めろ。いつまで待たせるつもりなんだ」

「試験監督とやらもとっくにきているんだろ? 勿体付けてるんじゃねーよ」

 注目するに値しなかった、もっと言えば背景に溶け込んでいた者たちの、これから試験を受けるとは思えぬ態度に、シュイは何となしに既視感(デジャヴ)を覚えた。おそらくは待たされていること以上に、髪がぐっしょり濡れるほどの室内の熱さに堪えかねたのだろう。不思議と怒りは湧かなかったが反して感情が冷めていった。



 別の支部から招集されていた試験官の青年が受験者たちを何とか取り成そうとした。

「いえ、ですから先に注意事項を説明させて――」

「――そんなの必要ないだろ。ただ生き残ればいいだけだろうが。周りをみてもへなちょこしかいねえし、試験なんざやるまでもねぇぜ」

「……あんだと?」

「おい、もう一遍言ってみろ」

 挑発の言葉に何人かが反応し、筋骨逞しい男を睨み付けた。

「おっと、本当のこと言っちまったか、すまなかったなぁ」

 睨まれた大男が白々しくおどけて見せた。その態度が尚癇に障ったのだろう、何人かの男が詰め寄ろうとしている。

「ちょ、揉めないで、話を――」

『――うるせえんだよっ』



 試験官の制止に対する息の合った怒声に思わずシュイの口から苦笑が漏れた。

 ――口は悪いわ挑発はするわ、これでよくもまぁ傭兵になろうなんて考えたな。

 そもそも傭兵は信用商売であり、客商売である。他人を小馬鹿にしたような態度を取っている傭兵を入団させては顧客から批判を受けかねない。最低限の礼儀作法くらいは身に付けている者でないと合格にする気も失せるというものだ。遠方から遥々やってきているのにも拘わらず自分で門の幅を狭くしようと頑張っているのだから救う余地がない。

 担当官にしてもBランク傭兵らしいからあの程度の連中黙らせることくらいできるだろうに、と思わないではなかった。もっとも、それは試験監督である自分に遠慮してのことかも知れないが。

 ――ま、それならそれでやりようがあるか。

 シュイは隙間を空けていたドアを一旦閉めた後、両手に軽く力を込めた。



 壁を蹴り破らんばかりの凄まじい音に、受験者と試験官双方が肩を震わせた。

「……いっ」

「な、あの格好、まさか」

 開いたドアに受験者たちが注視するや否や、喚き声が一瞬にして止んだ。およそ試験官とは思えぬ服装、殺気にも似た威圧感に戸惑いを隠せぬ様子だった。或いは、黒衣の傭兵のことを多少なりとも風聞している者がいたのだろう。まるで飲み物を一気飲みするかのように呼気を呑む音が連続して室内に繰り返された。

 シュイは沈黙が下りた部屋の真ん中、先ほどまで受験者たちに説明していた試験官の隣まで突き進み、受験者たちに向き直った。



「まずは初めましてと言っておこうか。エレグスのポリー支部を任されているシュイ・エルクンドだ。……備考を付け足すと、他にやりたいことがいくらでもあるのに試験監督なんぞを半ば無理矢理やらされる羽目になってちょっぴりご機嫌斜めだ。不幸な事故で手足を失うことになりたくなければ、口の利き方には重々注意して貰いたい。ああ、ちなみにこれは命令じゃないぞ。つまり、逆らってくれても別段俺は困らない。俺は・・、だが」

 茶目っ気たっぷりに自己紹介を終え、シュイは受験者たちを一瞥した。罵声が返ってくるかと半ば期待したが、そのようなことはなかった。隣に控えている試験官は押し黙った受験者を見て満足そうにほくそ笑んでいる。

 場が鎮まったのを確認し、シュイは再び口を開く。

「大陸語がちゃんと諸君らにも浸透していること、まことに喜ばしく思う。――さて、此度(こたび)のシルフィールの傭兵選抜試験の予定を説明しておく。日程が一カ月弱かかることは諸君らも承知しているだろうが、今のところ試験は第三次まで行う予定でいる。面倒臭いと思う者もいるだろうが安心して欲しい。――なんせ、大半の者が今日の一次で脱落することになるからな」

 不敵に笑うシュイに受験者たちの顔色が強張った。どのような無理難題を吹っかけてくるか気にしているようだった。



「説明される時間も惜しいみたいだからな。試験をやりながら説明しよう」

「……やりながら?」

「ど、どういうこと?」

 チラホラと疑問の声が上がるのを無視し、シュイはゆっくりと目を瞑った。

 全身より周囲の魔力の粒子を吸収アブソーブし、自身の魔力の色に変化させる。短時間で同調チューンを終えた後、自身の魔力と共にアブソーブした魔力を放出リリース。室内に拡散させ、創造クリエイトする物のイメージを浮かべる。

 細い鎖の網。部屋全体を覆い尽くす蜘蛛の巣。放出した魔力が隈なく行き渡ったのを感じ取り、シュイは眼を開いた。



「一回目は――コレだ」

 シュイが無造作に左手を上下させた。手の周りの空間がぐにゃりと歪むのを見て、思わず受験者たちが身構えた。

 室内に行き渡っていた魔力がシュイの発した圧力と反応するように明滅した。それを皮切りに次々と受験者たちが床に引き寄せられていった。

「か、身体……がっ」

「う、動けぬ……何だ、これは」

 ワニやトカゲの如く床に這いつくばり、呻く受験者たちを差し置いて、何とか立ったままの状態を維持しているのは試験官を含めて数人ほどだった。



「……これは、<更なる威に屈せよ(プレッシャー)>! で、でも、この大人数にかけるなんて――」

 気弱そうな顔をしていたが、流石にBランクの傭兵というだけはあった。試験官の青年は短時間の内に魔力の鎖を気迫で打ち破り、体勢を持ち直した。受験者たちがそれを見て目を丸くすると、試験官が少し誇らしげに胸を張った。


「その通り、魔法に通じる者ならば耳にしたことくらいはあるだろう、上位干渉魔法の一つだ。これだけの人数にかけるとなるとこっちもそれなりに疲れるんだが」

 <魔を打ち払う縛鎖ディスペル・リロード>と同じく、シュイがフォルストロームの図書館で習得した魔法だった。敵の動きを魔力の鎖で制する干渉魔法だが、大勢にかけようとすると魔力の密度効果が薄まってしまう。そのため、ある程度の力と意志力を持つ者であれば容易に打ち破ることができる。



「ふ、ふざけんな! こんな……ので……何を」

 喚き立てる受験者たちにシュイは微笑みを返す。

「やりながら説明すると言ったはずだ。今から何を確かめるのか教えてやる。これは催眠魔法の一種だ」

「……眠らせたり、魅了したりする類の?」

 黒い短髪の長身の女が、たどたどしく言葉を紡いだ。驚くべきことに、両の膝に手を付きながらも何とか立っている。

「そうだ。試験官の彼がやって見せた通り、強い意志があれば筋力に関係なく打ち破れる魔法だ。その意味で<母の温もりに抱かれよ(スリープ)>よりはずっと優しい。つまりは――」

 それを使わなかった俺が優しいのだ。そう言おうと思ったが止めておくことにする。その間にも何とか立ち上がろうと力んでいる者がいるが、お世辞にも上手くいっているようには見えない。

「……つまりは、精神力を推し量るということですか」

 伏せっている青年がどうにか顔を上げ、シュイを見上げた。

「あーそう、それそれ。至ってシンプルだろう。困難な任務に当たったからといって途中で投げ出すような奴がいるとギルドの名を汚すことになるからな。一時間以内、時計花の花弁がピンクに変わるまでに自力でこの部屋から退出できた者は一次通過とする。外には試験官が二人待機しているはずだから彼らの指示に従ってくれ」



「……こ、こんな……ものっ」

 先ほど偉そうなことをのたまっていた大男が床に手を付いて強引に立ち上がろうとした。が、上半身を起こすのがやっとという有様だった。それ以上は接着剤で付けられたようにどうにも身体が地面から離れなかった。真っ赤になっていた男の顔から次第に血の気が引いていく。

「二度も同じことを繰り返させるな、力づくでやろうとしても無意味だと言った。その証拠に、今立っている者たちを良く見てみろ」

 立ち上がれない者たちが周りを見回し、唖然とした。特に肉体的に優れていなければいけないというわけではなさそうだった。何しろ立っている者の中には顔に幼さの残る少女すらいるのだ。

「……あ、あんなほそっこいガキが……何で」

「さて、な。強いて言えば覚悟や思い入れの違いか。残念ながら、今地べたに這い蹲っている者たちは気持ちや覚悟の上では彼女にすら劣っていたということだ。――説明は以上、と思ったが一つだけ附言(ふげん)(てい)そう」

 どこか軽かったシュイの声が唐突に重みを増す。

「程度の差はあれ、これくらいの真似ができる上級傭兵は俺の他にも数多くいる。無論敵となる者にもな。突破できない者が傭兵になったところで数年以内に死ぬ確率が大。早々に諦めた方が、賢明だ」



 言うが早いかシュイは受験者たちから視線を外し、隣にいた試験官に退室するように指示した。試験官が出ていったのを見止め、シュイは壁際にあった木椅子に座って懐からごそごそと、本を取り出した。

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