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~試練 a trial ground3~

 シルフィールの傭兵試験は毎年二回行われている。事前に選ばれたBランク以上の試験官の中から試験監督を決め、受験者が傭兵となるに相応しい者かどうかを見定める。その内容に関しては、何段階かに分けて行う者もいれば一度で済ませてしまう者もいる。どちらにしても共通して言えるのは、優しい試験だった試しがないということだ。



 最近の世界情勢がきな臭くなってきたこともあり、傭兵の選別にはかなり気を遣う必要があった。ギルドの名を背負った者に他勢力との諍いを起こされた場合、その影響は計り知れないからだ。最悪、敵対するのは大国の精鋭部隊や他ギルドの上級傭兵たちであり、勝敗はともあれ被害の拡大は避けられない。

 勿論、生半可な者を傭兵にするのは問題外。直ぐに殺されてしまうような傭兵を仲間にしても意味がない。最低限、緊急時において自衛くらいはできる者を選ばなければならなかった。



 フォルストロームから遥か西の海に浮かぶファムラヴ島。エレグス王国から見ると南南東に位置し、二カ国間の海路を結ぶ補給地点として使われている。今年度シルフィールの傭兵試験を行うことになったエレグスの直轄地だ。

 深い群青の映える海と鮮やかな緑に覆われた雄大な山々。こと風景に関して言えば非常に素晴らしい所なのだが、それ以上に近海で座礁する船が多いことで知られている。栗のような形をしている大きな島は広域の暗礁に囲まれており、近年に発見された北側からの進入経路を除いては近づくことができないという船乗り泣かせの場所だ。そのような事情から人の手が入るのが遅かったため、未開の地と言って差し支えない。

 また、島の中央にある山へ近づくほどに強力な魔物と遭遇する確率が高くなる。飛竜や鳥獣などで空から向かおうとしても山に近づくことは出来ない。本能が大きな危険を感知しているのだろう、乗り手の命令を振り切ってでも引き返そうとする。飛竜や鳥獣も魔物としては強い部類に入ることから、あの山には途轍もない力を持った魔物がいるのでは、という専らの噂だった。名高い冒険者や魔物討伐を生業とする者が一目見よう、あわよくば退治してしまおうと勇んで島の奥へ進んでいったが、再起不能に陥った者、戻ってこなかった者も数知れない。



 このような危険地域が試験の場として指定されるのはさして珍しいことではない。それどころか、有力ギルドの試験場は大概が危険地域に指定されている。そういった場所を選ぶだけで、腕に自信のない者、躊躇してしまう者の参加を避けられるためだ。結果として、危険地域で取り行われる試験を切り抜けられる自信のある者。或いは、内的葛藤を呑み込んででも傭兵になろうとする気概のある者のみが集う。まずは候補地に来れるか。そこから試験が始まっているというわけだ。



 シュイはシルフィール本部から送られてきた地形図と片手に収まるくらいの方位磁針を頼りに、ポリー支部で飼育している鳥獣に跨り、現地へと向かっていた。

 鳥獣には元々帰巣本能が備わっているが、広大な海を越えるにあたっては万が一ということもある。地図と天候を定期的に確認しながら進まねばならない。陸地なら適当なところで降りて休むことが可能だが、海では島を探さねばならないためなるべく諸島の近くに針路を取りながら飛ぶ必要がある。特に台風の時節柄はより気を配る必要があった。

 顔に強い潮風を受けながら、シュイは手に持っている地図と今いる景色とを照合する。当然フードなどは風で外れているがお構いなしだ。眼下にはゆっくりと島が足元へと近づいては背の方へと抜けていく。それなりの高さに上がらないと鳥獣が乗れるような気流が吹いていないため、眼下にある海面までは目の眩むような距離が開いている。時たま進路がずれる度にシュイが手綱を軽く引くと、鳥獣は白い大きな翼を数度はためかせ、シュイの命令通りに進路を元に戻す。



「シュイ、試験の内容はもう決めたのか?」

 ふいに耳元で呼ばれたシュイは視線を動かさずに応じた。

「それが、あまり良いアイディアが浮かばなくて。それよりアミナ様が――」

「アミナが」

「ええそう、アミナが付いてくる必要はあったんでしょうか?」

 そう言い、シュイは肩越しに後ろを向こうとした。が、それより早く背中を頭で小突かれた。

「仮にも一国の王族である私が支部長をやっては色々と摩擦が生じるだろう。それとも何か? そなたは遠方まで羽を伸ばしにきた私を支部長の仕事で忙殺させたい、と鬼畜なことを申すのか?」

 自分の腰にしっかりと掴まっているアミナに、シュイは視線を前に固定したまま身体を揺らさぬように首を振った。

「め、滅相もありません。ただ、支部長不在はまずくないかな、と」

 ポリー支部が開館してからまだ二カ月足らず。シュイはアミナがいるから大丈夫だと考えて試験官の任務を受けることにしたのだが、彼女が自分に同行するとは予想外だった。自分がいない間に不測の事態が生じなければいいが、とシュイは気を揉んでいた。

 アミナは眼下の水面の煌きに目を細める。

「支部長が業務に拘束されるのは半年間であろう。当面支部として機能していれば何ら問題ない。それに、そなたも承知の通りエレグスにはフリーの傭兵が多いからな。トートゥの支部と仕事を折半することをも鑑みれば厄介な依頼が入ってくることはそうないだろう。あくまで他の国と比較すれば、の話だが。仮に厄介な依頼が入ってきたとしてもトートゥ支部に流してしまえば良い。向こうとて支部の新設で大分負担が軽くなっているだろうし、それくらいしても何ら問題はあるまい」

 説得力のある説明に、シュイは頷くばかりだった。そもそもピエールやエヴラールのせいで自分が支部長をやる羽目になったのだ。多少の仕事を押し付けたところでばちは当たるまい。



「それで、具体的にはどのような試験を考えているのだ?」

「実は、シルフィールで取り扱われている依頼を実際にやらせてみようかと考えているんですが……」

 アミナはほぅと感嘆し、紅の目を爛々と輝かせた。

「なかなか面白い試みではないか。それでこれほど・・・・の荷物が必要になったというわけだな」

 アミナが肩越しに後ろを見た。視線の先には大きめの黒い箱が置いてあった。落下しないように四方から鳥獣の胴体毎太い二重紐で括りつけられている。

「他の試験官は万が一の事態に備えたサポート役というところか」

「ご明察です。でも、どんな依頼を選ぶかが問題で……。シルフィールの名を背負う以上ある程度の能力は必要ですし、どれくらいの基準を満たしていればいいのか。ここ数年の試験の難易度を見て設定しようと思っているんですが」

 アミナはふむ、と顎を下げた。

「少々高望みではないか?」

「え、そうでしょうか」

 アミナは首を傾げるシュイの脇からひょいと顔を覗かせた。

「ならば訊ねるが、そなたは入った当初からシルフィールの名を背負うに足る傭兵だったか? そうだったと胸を張って言えるか?」

「……う」

 強い視線に、シュイはばつが悪そうに佇まいを正した。散々ニルファナに迷惑を掛けた手前、そんなことは口が裂けても言えなかった。

「純粋な戦闘能力であれば、出会ったばかりの頃のそなたでもそれなりのものだったと思う。だが、今のそなたとは比べるべくもない。何より、周囲を間断なく支えられる視野の広さ、周りの者が寄り掛かれる心根は、以前のそなたには備わっていなかったものだ」

「そ、そうですか。恐れ入ります」

 シュイは恥じ入りながらも小さく頷いた。

「そうだな、こう考えてみてはどうか。そなたが独立して新たにギルドを立ち上げるならば、どんな仲間が欲しいか」

「ギルドを立ち上げるって、……私がですか?」

「阿呆、たとえばの話だ。何も今までの傾向に縛られることはなかろう。端的に言えば、純粋にそなたが一緒に任務を行いたい、そうと思える者たちを選べば良いのではないか」

 アミナの指摘は簡潔にして的確だった。試験が行われる度に試験監督を変更しているということからは個性を尊重する意図が見えてくる。前任者の選別観に縛られてはその意味も薄い。自分がどの能力に主眼を置くかで、選び抜かれる傭兵候補は相当変わってくる。

「そうか、それなら大分絞れるかも知れない。ありがとうございます、何となくイメージが掴めそうな気がしてきました」

 シュイは再び前に向き直り、水平線の先へと視線を走らせた。シュイが何かしら考えに耽っているのを察したアミナは、小さく息を付くと右手の方を眺めた。水平線のほど近くには筋状の雲が横に四本、空に白い引っかき傷を作っていた。後方には既に陸地は望めない。ファムラブ島に大分近づいているようだが鳥獣の疲れも出てくる頃だった。そろそろ一旦休憩を挟まねばならないか、とアミナは近くに小島がないか周囲を見回し始めた。



「そういえば、こんなに長く国を空けてしまって大丈夫なのですか?」

「キーア王は未だ壮健であらせられるし重臣たちも優秀だ。特に問題はない。見合い話を断るのも面倒だしな」

 シュイが瞬時に振り向いた。顔から驚きが滲み出ているのを見て、アミナは満足そうに胸を張った。

「何だ、意外か? 私はこれでも結構もてるのだぞ。ここ半年ほどで10を超す見合い話がきている。いい加減断るのもうんざりなのだがな。昨今はセーニアからの誘いがしつこいのだが、まぁ色々な思惑もあるのだろう」

「セーニアから……」

 シュイの語気が弱まったことに気付いたのか、アミナが僅かに頬を緩めた。

「何、心配せずとも適当にあしらっておいた。政略に利用されるなど、ましてや非戦闘員を惨殺するような連中と契るなど真っ平御免だからな」

 その言葉を聞いて、シュイは裡に感謝の心が芽生えるのを感じた。以前打ち明けた身の上話をアミナが未だ覚えていてくれたことに。

「ああ、いえ。本当に気に入った方がいるのでしたら私は……」

 言い終えるより早く、アミナが眉をひそめた。

「何だ、そなたは私が他の男とくっついても何とも思わぬと申すのか?」

「い、いえ。少し嫌ですけど」

「な、……む」

 おおよそ望む回答を得たはずのアミナは、しかし押し黙ったまま気まずげに横を向いた。シュイも今の言葉は流石に照れ臭かったのか、慌てて前に向き直る。

「ま、まぁ、残念ながら目に留まる奴が今のところいないのも事実でな。何だかんだ言ってもキーア王も大分お年を召しておられるし、そろそろ真剣に考えねばならぬと理解してはいるのだが。全く、誰か身近に気の許せる者がおらぬものか」

 アミナはちらりとシュイの後頭部に視線を走らせた。

「はは、どちらにしてもお付き合いする方は徹底的に尻に敷かれちゃいそうですね」

「なっ、誰がそんなことをするか! そなたは私を一体何だと思っておる!」

 単なる照れ隠しのつもりだったが、想定外の反感を買った。シュイは慌てて弁解に転じる。

「ひ、比喩ですよ比喩! エレグスでは頭が上がらないって意味で使われ――いっ」



 突然脇腹に痛みが走り、びくんと仰け反った。いきなりバランスを乱された鳥獣が素っ頓狂な鳴き声を上げた。ぐらりと左側に傾き、背中から危うく落ちかけたところを間一髪、鳥獣のたてがみを掴むと共に胴体を強く両足で挟みこみ、何とか元の体勢へと立て直した。突然背で暴れられたことに腹を立てたのだろう、鳥獣は喉をぐるぐると鳴らしながら鋭い目で二人を睨んだ。

「す、すまないチック! いきなり何するんですかアミナ! 危ないじゃないですか!」

「うるさい! なら初めからそうと言え、馬鹿者!」

 いきなり脇腹を抓ってきたアミナに、シュイは丸太のような鳥獣の首をあやすように撫でながら、何故彼女が不機嫌になってしまったのかを考えようとした。けれども耳に入ってくる風音が邪魔をしてどうにもうまくいかなかった。

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