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~試練 a trial ground2~

「――イヤデス」

 口を尖らしていたことまではわからなかっただろうが、口調で気持ちは十二分に通じたのだろう。ティートの目つきが鋭さを増した。室内の空気がきな臭くなり始めたのを勘付いたのか、支部員の男が失礼します、と言い残してそそくさと退散する。



 現状、ティートはアマリスと共に総務を一手に引き受けている。生真面目な性格をしているが背が低く、童顔なこともあっていささか迫力に欠けるので、怒った表情にも微笑ましさが付き纏う。仕事中は茶色の髪を纏め上げているが、これまたアンバランスなので反って子供っぽく映る。『そこが良いのだよ!』と声高らかに語る傭兵も多いのだが、既に人妻だということはポリー支部の、それもごく一部の者にしか知られていない。



 ティートは我先にと逃亡した支部員の閉めたドアを睨みつけてから再びシュイに向き直った。

「そんなことを仰らないでください。本部からは再三要請が来ているのでしょう? 文体も丁寧だったのが段々と荒くなってきていますし。こちらを見て下さいよ」

 諸手に掲げられた二枚の手紙には、上部に〈試験官の依頼状〉と記載してあった。ティートが支部長室を整理している時に見つけ出されてしまったものだ。片方の手紙の書き出しは「春爛漫が云々」と書かれているが、直近であるもう片方の手紙には「こちら側から乗り込むまで動かない気?」とある。

「確かに、荒くなっている」

 鷹揚に頷くシュイに、ティートはその程度の反応か、と不満顔だ。

「確かに、じゃありません。いつまでも急用や仮病で誤魔化し切れるものではありませんよ。そもそもBランクになったら誰でも通る道です。エルクンドさんに推薦をいただいた私やアマリスだってやってるんですよ。ましてやあなたは既にAランク。これ以上放置しておいたら支部全体の評価にも影響しかねません」

 机に置いた書状を指差して説教するティートから、シュイは少しだけ視線を逸らした。



 シルフィールの傭兵になるには大まかに分けて二通りの方法がある。一つは準ランカー以上の傭兵から推薦されること。シュイもランカーであるニルファナ・ハーベルに推薦状を出してもらうことでシルフィールに入団している。

 そして、もう一つは選抜試験を受け、それに合格すること。抜擢された試験官が取り決めた試験に合格し、傭兵に要求される最低限の能力基準を満たした者だけが晴れてギルドに入団を許される、というわけだ。取り分け、四大ギルドと言われているフラムハート、ミスティミスト、シルフィール、アースレイの試験は相当に厳しく、合格者がゼロであることも珍しくない。

 シルフィールでは年に二回試験が行われているが、その際には支部員の規定と同じくBランク以上の傭兵が試験官、或いは試験監督として駆り出される。依頼の難度の基準をある程度知っていないことには適正な試験が出来ないからだ。大半の者はBランクになって間もなく本部から通知が来る。シュイもその通知を何度か受け取ってはいたのだが、何かと理由を付けては参加を拒み続けていた。



「誰もが通る道を無理に通る必要はない、そうは思わないか。道なき道を切り開く、それもまた傭兵也、だ。他の不特定多数に任せておけばいい」

 ティートは一瞬ほぅと感嘆しかけたが、続いては湧いて出た考えを振り落とすかのように首を左右に動かす。

「か、格好良いこと言っている振りしたってもう騙されませんからね。そんなのただの屁理屈じゃないですか。それに何ですか、不特定多数って。責任の押し付けは感心できませんよ」

 机の上にまで身を乗り出してくるティートに、シュイはキャスター付の椅子を少し後ろに引いた。赴任した当初は言い包められてくれていたティートだったが、最近はどうも切り返しが厳しくなってきている。慣れというのは恐ろしいものだ。

「そう言われても。いいか、人には得手不得手というものがある。試験官なんざ間違いなく俺には向いてない。(のこぎり)で薄紙を切るようなものだ。前提からして間違っているんだよ」

 傭兵になってから三年が経ったが、年数から言えばせいぜい中堅どころだ。人生経験に至ってはひよっこ同然だろう。そんな未熟な傭兵に判断される受験者たちの不遇を、シュイは切々と訴える。

 加えて、見出した傭兵が後々問題を起こせば責任の所在を追及される可能性もある。自分が一時ニルファナ・ハーベルの名を貶めてしまったようなことが起こり得るのだ。或いは、実力不足を見抜けなくて任務中に死なれたりしたら後味が悪いことこの上ない。



 順序立てて説明するシュイに対し、ティートは何ら動じることなく言葉を返す。

「受験者だって傭兵になることを目指すのですから生き死にの覚悟くらいしているはずです。向いていようがいまいが関係ありません。大体、向いていないなら尚更やらなきゃ克服できませんでしょ。エルクンドさん、もうBランクに上がってからは二年以上ですよね。普通は一年以内にやるんですよ、一年以内(・・・・)

 やたらと時間を強調するティートに、シュイはもうとっくに過ぎているから時効でいいじゃないか、と鼻梁を擦る。

「もっともらしいことを――」

「――らしいじゃなくてもっともなことです!」

 語気荒く机を叩いたティートにシュイは腕を組み、考える素振りを見せた。やっとわかってもらえたか、と口元を緩めたティートにシュイは重々しく頷く。

「――よしわかった。あと一年経ったらやるよ」

「何がよしか! 考えた結論がそれかい! ……じゃなくて、駄目ですって! これ以上引き延ばすのは無理です。後生ですから受けて下さい」

 一瞬地が出かけたティートにシュイが苦笑いした。それにしても後生とは少々大袈裟だと思う。

「まことに気の毒な話だ。俺も胸がキリキリと痛む。一先ずは、今日の依頼を見てから決め――」

「――キリキリ痛むのは胃ですし穴が空きそうなのもこっちです! ……おまけにその他人事(ひとごと)のような仰りよう! ……わかりました、やむを得ませんね」

 やっと諦めたか、と胸を撫で下ろしたシュイに、しかしティートが想定外の二の句を継ぐ。

「私としては穏便に済ませたかったのですが――この件に関してはハーベルさんに報告させていただきますわ」



 立ち上がりかけていたシュイがそのまま硬直した。見目麗しい赤髪の女の顔が脳裏を過り、しかし自然と瞬きの回数が増した。

「な、なんだって脈絡もなく彼女の名前が出てくるんだ」

 僅かに動揺したシュイを見止め、ティートは勝利を確信したかのように胸を張る。

「言っておきますけれどしらばっくれても無駄ですよ。つい先日アミナさんから教えていただいたんです。ハーベルさん、エルクンドさんが傭兵になった時の推薦人なんですってね。偉大な先輩からサボリ魔の後輩に一つ苦言を呈して貰おうかと思いまして。どうです、素晴らしいアイディアだと思いませんか」

 シュイはティートの言葉に愕然とした。

 ――あ、アミナ様。何と余計なことを吹き込んでくれたのですか。

 顔の筋肉に力をこめ、シュイは平静を装うべく何とか笑みを作った。されども、表情がフードで隠れているということを失念していたが。

「別に、彼女が耳にしたところでおろ、俺には関係ないね」

 言いかけた途中で噛んでしまい、これじゃあ本当に動揺しているみたいじゃないかと歯噛みする。やたらと汗を掻いているのは黒衣を着ていて、尚且つ室内が蒸し暑く感じるからであって決してびびっているわけではない。涙ぐましくそう自らを納得させようとしているシュイに、ティートが容赦なくとどめを刺す。

「あなたが誰かを恐れているとは申しません。ただ、皆が渋々ながらもやってくれている任務を一人だけやらないのでは、推薦人としての彼女の面目が潰れてしまうのでは?」

 シュイがぐぬぬ、と苦しげに呻いた。あっさりと言葉少なになったシュイを見て、むしろティートの方が抜群の効果に戸惑っているようだった。

「……えっと、ああそうそう、たった一カ月です。休暇(バカンス)として行くのも一興ではありませんか」



 ティートは軽くそう言ったものの、支部長になったばかりだというのに山のような仕事に手を付けられないのはかなり痛い。というのは建て前で、試験官などという面倒臭そうな任務に拘束されるのがひたすら、とことん嫌だった。

 だがしかし、支部長としての威厳を醸し出さねばならないこの大事な時期に、アミナだけでなくニルファナまでもが来てしまったら。逆らえぬ人が二人もいたらなけなしの威厳など風前の灯だ。

 今はまだ支部にアミナがいるしティートやアマリス他、支部の傭兵たちが事務方面にも優れた力を発揮してくれるので留守を任せるのは問題ない。そういった事情を考慮するに至り、突っ撥ねるのはどうにも得策でない気がしてきた。苦渋の判断だが、背に腹は代えられない。





「……本当に、一カ月きっかりで終わるんだろうな?」

 シュイは渋々ながら敗北宣言に等しい言葉を口にした。

「終わらなかったら代理の者を回しますよ。では、受諾ということで処理しておきますね」

 シュイが次の言葉を発する前に、ティートは笑いを噛み殺しながら返信状にポンと支部長印を弾ませた。禁句(ハーベル)を用いた彼女に、シュイは口を噤んだまま、ただ犬のような唸り声を上げるのだった。

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