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四尺

作者: ごま
掲載日:2026/08/27

 依頼人は、三十前後の女だった。


 ギルドの受付で、俺を指名した。


「家を、測ってほしいんです」


「遺跡か」


「いえ」


 彼女は首を振った。


「父の家です。普通の家」


    ◇


 俺は、断ろうと思った。


 普通の家を測るのは、測量士の仕事ではない。大工の仕事だ。


 そう言うと、彼女は財布を出した。


「五千レンで」


 俺は、口を閉じた。


 特級の日当が二千レンだ。指名でも、その倍は取らない。


「――高すぎる」


「足りませんか」


「多すぎると言った」


 俺は椅子に座り直した。


「二千でいい。その代わり、一つ訊く」


「はい」


「なぜ測る」


    ◇


 彼女は、少し黙った。


「来月、壊すんです」


「それは聞いた」


「壊す前に、記録を残したくて」


 ――嘘ではない。


 だが、全部でもない。


 二十年、俺は依頼人の顔を見てきた。


 この顔は、答えを知りたくて来た人間の顔だ。壊す前に、確かめたいことがある。


 俺は、それ以上訊かなかった。


 訊かなくても、測れば出る。


    ◇


 家は、町の東にあった。


 小さい。部屋が四つと、土間。


 石の基礎に木を組んだ、この辺でよくある造りだ。


 俺は縄を張って、外周から測った。


 外周、東西二十四尺。南北十八尺。


 きれいな数だ。


 この国の家は、六尺を一間として組む。二十四尺は四間、十八尺は三間。大工が計算しやすいように、そうなる。


    ◇


 中に入って、部屋ごとに測った。


 土間、六尺かける十八尺。


 北の部屋、九尺かける十二尺。


 東の部屋、九尺かける十二尺。


 南の部屋、九尺かける十二尺。


 西の部屋――


 俺は、縄を二度張り直した。


 三度目も、同じだった。


「――半端だ」


「え」


「この部屋だけ、五尺かける十二尺」


 俺は野帳に書いた。


「他は九尺。ここだけ五尺だ」


    ◇


 女は、部屋の入口に立っていた。


「狭いのは、知ってました」


 彼女は言った。


「父の部屋です。物置みたいな部屋で」


「――違う」


 俺は立ち上がった。


「設計が半端なんじゃない」


 俺は西の壁を叩いた。


 軽い音がした。


 次に、東の壁を叩いた。


 鈍い。


「この壁は、後から入れたものだ」


    ◇


 俺は灯りを寝かせて、床を見た。


 目地に、線がある。


 石の基礎に、溝が彫ってある。壁を立てるための溝だ。


 その溝が、二本あった。


 一本は、今の壁の下。


 もう一本は、そこから四尺ずれた場所。


 俺は、その古いほうの溝に指を入れた。


 埃が詰まっている。


「元の壁は、こっちだ」


 俺は言った。


「四尺、向こうにあった」


    ◇


「それって」


 女の声が、少し変わった。


「その四尺は、どこに行ったんですか」


「隣だ」


 俺は、東の壁を指した。


「隣の部屋が、四尺広くなってる」


 彼女は動かなかった。


「隣は、九尺かける十二尺だ。他の部屋と同じに見える」


 俺は野帳を開いた。


「だが、元は五尺だったはずだ。この家は四部屋とも同じ寸法で組まれてる。西だけ狭いんじゃない。東だけ広いんだ」


    ◇


 女は、東の部屋を見た。


 俺も見た。


 何もない部屋だ。荷物はもう運び出してある。


 壁に、跡だけが残っていた。


 小さい棚があった跡。低い位置に、寝台があった跡。


「――ここ」


 彼女は言った。


「わたしの部屋でした」


 俺は、何も言わなかった。


    ◇


「いつですか」


 彼女が訊いた。


「壁を動かしたの、いつですか」


「――出せる」


 俺は、溝の埃を掻き出して、指の腹で厚みを測った。


 それから、新しいほうの壁の下端を見た。


 木が、床から一分ほど浮いている。


 乾いて縮んだ分だ。


 この土地の木が一分縮むのに、どのくらいかかるか。


 二十年、坑の支保を見てきた。だいたい分かる。


「二十年前だ」


 俺は言った。


「前後二年は動くが、二十年だ」


    ◇


 女は、何も言わなかった。


 長い時間だった。


 やがて、こう言った。


「わたし、七つでした」


「そうか」


「妹が生まれた年です」


 彼女は、壁に手を当てた。


「二人部屋になるって言われて。……嫌だって言いました」


 彼女は言った。


「狭くなるのが嫌で、泣いて」


    ◇


 俺は、野帳を閉じた。


 ――そういうことだ。


 父親は、自分の部屋を四尺削った。


 削って、娘の部屋を四尺広げた。


 二人入れるように。


「言われましたか」


 俺は訊いた。


「え」


「父親に。『お前の部屋を広げた』と」


 彼女は、首を振った。


「一度も」


    ◇


「じゃあ、なんで測りたかった」


 俺は訊いた。


 訊いてから、余計なことだと思った。


 だが、彼女は答えた。


「父は、妹のほうが可愛かったんだと思ってて」


 彼女は言った。


「ずっと、そう思ってて」


 彼女は、壁を見ていた。


「壊す前に、なにか残ってないかと思って。……証拠みたいなものが」


 彼女は、少し笑った。


「馬鹿みたいですね。家を測って何が分かるんだって」


「――分かった」


 俺は言った。


「四尺、分かった」


    ◇


 帰り道、俺は考えていた。


 あの父親は、二十年、何も言わなかった。


 言えば済んだ。


 「お前のために削った」と、一度言えばよかった。


 言わなかったから、娘は二十年、逆のことを思って生きた。


 ――なぜ言わなかった。


 分からない。


 照れくさかったのか。恩に着せたくなかったのか。


 あるいは、言うほどのことではないと思ったのか。


    ◇


 俺は、そこで足を止めた。


 ――俺も、同じだ。


 言うべきことを、言わずに済ませる。


 言わなくても伝わると思っている。


 伝わらない。


 二十年経って、他人が縄を張って測って、やっと出てくる。


 そんなものは、伝えたうちに入らない。


    ◇


 宿に戻って、俺は野帳を開いた。


 今日の欄に、寸法を書いた。


 外周二十四尺かける十八尺。


 西の部屋、五尺かける十二尺。


 東の部屋、九尺かける十二尺。


 差、四尺。


 書いて、その下に、一行足した。


 〈言ワナカッタコトモ、残ル〉


 書いてから、しばらくその行を見ていた。


 残るが、読める者がいなければ、無いのと同じだ。


 俺は、灯りを消した。

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