9. 空飛ぶ黒い影と銀色に跳ぶ王子様(4)
わたしたちの透明化が解除されると、残った三匹のワイバーンたちが一斉にわたしたちを振り返るが、そのまま反対側にいるロデリックたちの方も見やる。
『ピギャア…!」
心なしか、いや間違いなく恨みのこもった鳴き声だ。一瞬竜の姿には怯んだ様子だったが、猛然と襲いかかってきた。
見えない敵になす術もなく戦々恐々としていたところ、突然視認できるようになったのだから当然だろう。
三匹の内、一匹は騎士団に襲い掛かり、残りの二匹はわたしたちに向かってきた。
ロデリックが乗るグリセルを避けたのは、体躯がいちばん大きく魔力も最も大きいからだろう。
本来、竜二頭が見えた時点で撤退してもいいはずだが、あまりにも一方的に群れがやられたため一矢報いねば気が済まないらしい。
「ヴェール、ブレス!」
グルグオオオオオ!
声に出すとほぼ同時にヴェールが吠えてワイバーンに向かって炎を吐き出す。ワイバーン二匹はすんでのところで上昇したり下降したりして回避した。
『チッ』
「"ディヴィード"!」
ヴェールの舌打ちを聞きながら、間髪入れずに近い方の個体に指を向けて斬撃の呪文を撃つ。
しかし、正面からではなかなか通らない。
むしろ互いに連携しながら、急旋回してこちらの背中に回ってこようとする。ワイバーンの弱点は背中にあるため背中を見せないようにしているのだ。
さらにこちらの弱点は当然ヒトの身であるわたしだ。ヴェールの背中側に回ってわたしを攫おうとしているのだろう。
竜は大きいため、ワイバーンに比べると小回りが効きづらくどうしても遅れをとる。
なかなか距離を詰めてこないのは、わたしの魔法を警戒しているからか。
『もう一度透明化するか?』
「ううん、そうするとみんなの方に行っちゃう…少しでも引きつけなきゃ」
騎士団の方をチラリと見ると、ロデリックとグリセルが加勢していた。
ただ、ミルフォール騎士団を燃やす訳にもいかないので、グリセルはブレスを吐けず歯痒い様子だ。
ロデリックも得意の爆撃はワイバーンに効きづらい上に、やはり騎士団に何かがあってはと思うと迂闊に魔法を使うのが難しいようだ。
ロデリックは防御魔法を分厚く膜で張るのが得意ではない。
立場が逆なら、と歯噛みする。ロデリックはわたしより魔法の飛距離が長い。彼なら詰め切ってこないワイバーンとの距離感でも豪快な魔法を撃てるし、わたしなら騎士団に防御膜を張って守りながら戦えるのに。
『グオオオオオ』
ヴェールが振り向き様もう一度ブレスを吐いたが、ワイバーンはまた寸でのところでかわした。
ヴェールのイライラが高まり、急に身を捩る。思わずグラつき、咄嗟に首にしがみつくが体勢が崩れた。
「ああ!」
『ピギャアアアアアアア』
そこを逃さず、ワイバーンがグッと距離を詰めてくる。
ヴェールが慌てて水平を保とうとするが、そのままわたしはずるりと滑り、翼の手前で何とか引っかかった。滑落は免れたものの、両手が塞がりワイバーンを迎え撃つ魔法が撃てない。
『すまん!カミーユ!』
ヴェールの焦った声が聞こえるが、どうすることもできずギュッと目を瞑った。
ダメだ、攫われる。
「カミーユ先輩!!!!!!」
キィン!!!!!!
聞き慣れた声が耳に届き、咄嗟に目を開けて後ろを振り向く。
特殊部隊の後輩であるユーリスが単身で空中に飛び、剣でワイバーンの背中から斬りつけていた。
斬りつけられた背中から黒い蒸気のようなものが噴き出す。
ユーリスの黒髪が風に煽られ後ろに靡き、ブルーグレーの瞳と剣が銀色に煌めいた。
「ユーリス?!」
驚いて目を見開く。
『ピギャアアアアアアアアアアアアア』
正にわたしを攫おうと大口を開けていたワイバーンは、断末魔を叫びを上げながらもがいて羽ばたいた。
ユーリスはそのワイバーンの背中を足場にしてさらにもう一段飛び、剣を振りかぶる。
その間にわたしは何とか体勢を立て直し、指をワイバーンに向けた。
「"リガーレ"!」
金の鎖がキィンと輝き、ワイバーンをギュッと締め上げた。その上からさらにユーリスの剣が襲う。
『ピ、ピギャ…………』
悲鳴すら完全に途絶え、そのままワイバーンが落下し始めた。と同時に、ユーリスも落ち始める。
ユーリスの目が見開かれ、"やべえ"と口が動くのが見えた。
「"スルサム"!!!!!」
焦ってユーリスに向けて浮遊呪文を唱えると、空中でピタリと止まる。
ホッと息を吐きユーリスの顔を見ると、手足をばたつかせてきょとんとした後こちらを見て照れたようにニカッと笑った。何故か水平より少し脚が上がっている。
ユーリスの浮遊を維持したまま、ヴェールに縋りついた。
「ヴェール、ユーリスを…」
『当然だ。行こう』
わたしを落としかけたヴェールは大分凹んでいるらしく、いつもは他人を乗せたがらないのに率先して向かい始めた。
声がしょげている。
『しょげていない。やめろ』
わたしが脳内で考えたことも筒抜けなため、ヴェールがぶすっとした様子で反応した。
「はいはい。大丈夫だよ」
気にしないで、の気持ちを込めて首筋をポンポンと優しく叩く。ヴェールのフン、という鼻息が聞こえた。
ユーリスの元に辿り着くと、彼の下に回り込んでそっと背中に乗せた。
ユーリスも驚き、「え?いいんですか?」とヴェールに向かって聞く。
ヴェールの声はユーリスには聞こえないのにヴェールに話しかける辺り、ユーリスは可愛い後輩だ。
「いいってさ。わたしのこと助けてくれたから、恩を感じてるみたい。こっちに来れる?」
笑いながら答えるとユーリスは嬉しそうな顔をする。そのまま、のそのそとわたしの後ろまで来てまたがるように座った。
ユーリスに「すみません、掴まっていいですか?」と聞かれて了承する。
すると恐る恐るの様子で、「じゃあ失礼します…」と言いながら、わたしの腰に抱きつくように腕を回した。
ひゃ、か、肩じゃなくて腰か。
内心ちょっと焦りながら、態度には出さないように踏ん張る。
ただの後輩とはわかっていても、今世で異性と密着するのは初めてのことだ。
背中に体温を感じる。心臓がバクバク飛び跳ねるが、嫌な感じはしない。
何故だろう。異性とはいえ、性別を意識せずに可愛がっている後輩だからだろうか。
ユーリスに守護魔法をかけられても、気持ち悪いのかな。
ふと、ぼんやり考えたが、自分でも予想がつかなかった。
「俺、ずっと竜に乗ってみたかったんですよ。魔法力強くないから竜騎士にはなれなくて。あざす!」
そんなことはつゆ知らずのユーリスは、嬉しそうに声を跳ねさせた。
「ありがとうはこちらこそだよ。ユーリスがいなかったら、攫われてた」
ちょっと振り向きながら言うと、ユーリスが笑う。
「いやあ、タイミング良かったっすね。下ももう片付いてますよ」
言われて慌てて下を見ると、残りのワイバーン二匹も倒されていた。騎士団が喝采の声をあげ、特殊部隊もそこに混じって互いを労っている。ロデリックとグリセルも地上に下りていた。
ヴェールもそこを目指して下降し始める。
「皆、着いたんだね。やっぱり皆が来るとあっという間だなあ」
思わず感心して呟くと、「いやいや」とユーリスがまた笑った。
「カミーユ先輩たちこそ、すごいじゃないですか。ほとんど倒しちゃって。三十分強で七匹って」
「六匹だよ。領地の騎士団が先に一匹倒してた」
「へえ?!すごいですね。ミルフォールじゃ、魔物自体ほとんど出ないのに」
やはりユーリスも驚いたように言う。ミルフォールはそれだけのどかな土地なのだ。弱い魔物すら少ない。
今世では、土地ごとに季節が決まっている。
例えばミルフォールは、"冬の雪山"に囲まれた"春の平野"という土地だ。冬の険しい山々を超えて来られる魔物は少なく、一度平野の魔物を倒し切った後はほとんど魔物の出ない土地となった。
結果として現在のミルフォールはかなり穏やかな領地だ。
王都のルミエールは"秋の街"で、ミルフォールとは街道が繋がっている。
"冬の雪山"を切り開いて作った街道で、秋の色づいたイチョウからグラデーションで桜の散る春に変わっていく様が美しい。
王都からミルフォールへの日帰り旅行客が絶えない理由のひとつは、この街道である。
「そうだよね。よっぽど優秀な指揮官がいるか、対魔物想定での訓練もしてたか、だね」
「どっちにしろすごいっすね。てか先輩たちもですよ!どうやったんすか?」
ウキウキと問い詰めて来たが、ちょうど地上にたどり着いた。皆に万一でもぶつかることのないよう、少々離れたところに下りる。
ちょっと笑って「またあとで教えるね」と言って振り返ると、ユーリスは腰に回した腕を解きながら「えー、絶対ですよ」と軽く睨むフリをしたあと、ニコッと笑った。
ユーリスは後輩としての振る舞いが上手い。
甘え上手で可愛げがある。
「はいはい。ていうか、ユーリスのあの大ジャンプのことも教えてよね」
笑って言うと、ユーリスもそういえば、という顔をして笑った。
そのまま、ほいっと勢いをつけてヴェールから降りる。
「あとで皆で飲みに行きましょう。その時話します。ヴェール、乗せてくれてありがとう!ちょっとだけど、楽しかった」
ユーリスが嬉しそうにヴェールに話しかけ、鼻の辺りをゴシゴシと撫でた。
『ならば良かった』
普段ならうるせえとぐらい言いそうなヴェールだが、まだ傷心中らしく優しい物言いをする。思わず笑うと、ヴェールがギロリとこちらを睨んだ。
可愛いやつめ。
「ヴェール、なんて言ってるんですか?」
興味津々でユーリスに聞かれ、「なら良かったってさ」と答える。ヴェールはフン、と鼻息を鳴らした。
「おーい、おつかれさん!」
「すげえな、三匹落としたらしいじゃん」
「お前ら本当に三年目か?」
少し離れたところから駆け寄ってきていた隊員たちがたどり着いた。
笑って謙遜しながら、寄ってきたロデリックと拳を突き合わせてお互いを労った。




