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7. 空飛ぶ黒い影と銀色に跳ぶ王子様(2)



準備が終わると部屋の前の方で遠征組を仕切っていた隊長の元に行き、その旨を伝えた。

他の竜騎士たちはようやくちらほら顔が見え始めたが、まだ準備中のようだった。

すると隊長は、よし、と頷く。


「ふたりで先に現場に向かってくれ。必ず連携して動けよ。今日の魔物は群れだ、無理するな。今はミルフォール領の騎士たちが戦って何とか持ち堪えていると聞いている。お前らが加勢すればだいぶ情勢はマシになるはずだ。後から俺たちが追いつくまで、出来るだけ押さえ込め。」


ハイ!と素早く返事をして、そのままロデリックと共に走って竜のいる厩舎に向かった。

ミルフォールまでは馬で早駆けすれば小一時間だ。

隊が到着するまでに十匹全て一気に倒すことは難しくても、何匹か減らせれば後が楽になる。


『遅かったな、待ちくたびれたぞ』


厩舎に行くと、早くここから出せと言わんばかりのヴェールが待っていた。

毎日見ているのに、グリーンの鱗が艶めくズッシリと大きいからだに惚れ惚れとする。

深緑の透き通った瞳がこちらを見下ろす。


くぅ、かっこいい。


ヴェールはわたしにとって、前世と今世通してはじめての一目惚れだ。


「遅かったって、わたしたちいちばん乗りだよ」


わたしが唇をちょっと尖らせてヴェールの鼻先をくすぐる。

ヴェールはそれを心地良さそうにしつつ、『遅いもんは遅い、早く出せ』と心持ちふんぞり返った。


「今出すってば。でもその前にちょっと待って。ロデリック!」


同じく自分の竜に挨拶を交わしていたロデリックを呼び、彼の左耳を左手で摘んで「アウレス・ネクサ」と唱える。


「どう?聞こえる?」


話しかけると、ロデリックはうおお!と左耳を押さえた。


「聴こえる。いつもながら、変な感じだな」


やはりロデリックも声を出したが、わたしの左耳にハッキリとしたロデリックの声が大きく重なった。わたしもびっくりして左耳を押さえる。

これは前世で言うイヤーモニターのような魔法で、飛翔中や戦闘中にお互いの声が聞こえやすいよう、お互いの声を耳元に届ける魔法だ。かなり便利なのだが、使い始め時は毎回びっくりする。相手の声がダイレクトに耳の中に響き、少し耳がこそばゆいからだ。


『もういけるだろう、早く』


ヴェールが焦れたように急かす。


「はいはい、行けるよ!」


ちょっと笑って急いで門を開けると、ヴェールが深いグリーンに輝く身を低くかがめた。

わたしが思い切り飛び乗ると、ヴェールはすぐに外に飛び出て気持ちよさそうにした。背中に乗っているので顔は見えないが、気配で何となくわかる。

ロデリックも同じように契約竜のグリセルに飛び乗ってそのまま外に飛ぶと、ヴェールに並んだ。グリセルも目を細めて気持ちよさそうだ。


「よし、上がるか」

「そうだね」


ロデリックの声が左耳に響き、ヴェールとグリセルがぐわっと上昇し始めた。

この瞬間が、いつまで経ってもたまらなくワクワクする。


頬に風を感じ、ポニーテールが後ろに靡く。

建物が小さくなり、空気が少しずつ冷たくなっていく。


やっぱりこれは竜騎士の特権だな、と内心で呟いた。

ヴェールがふふん、と嬉しそうにする。わたしの心はヴェールには筒抜けだ。


『よし、東へ向かおう』


ロデリックの声を聞いて彼の方を見ると、私たちから見て右手方向にクイクイ、と親指を向けている。


「オッケー、案内任せていい?」

『了解。"インディカ、ミルフォールのワイバーンへ"』


ロデリックが呪文を唱えて目的地を告げると、光る矢印がポンと浮かんだ。

これは目的地に到着するまで進行方向を指し示し続けてくれる魔法で、地上のように道がなくても案内してくれるので空を飛んでいる時も便利だ。


わたしはこの魔法がかなり苦手な部類だ。

今世も前世と同じく方向音痴なのだが、そのせいなのかどうやっても矢印の精度が低くなる。どうやら方向感覚のリセマラには失敗したらしい。

前世では個人の能力によらないデジタルのマップが普及していたのでそこまでの苦労はなかったものの、今世で機械の代わりに発達している魔法の場合は本人の資質が大きく影響する。

仕方ないので、どこかに遠征に行く場合等にナビ呪文が必要な時は同行者にお願いするのが常だ。


まあそれ以外のところで、前世よりプラスに振っている能力がたくさんあるのだから文句は言うまい。内心でそんなことを考えながら、ビュンビュンと後ろに消えていく景色を見ていると、視界の奥に飛んでいる黒い何物かが見えた。


ワイバーンだ。


気を引き締めていると、ヴェールにも気合を入れたのが伝わったのか空気が心なしがピリリとする。

ロデリックを振り返り、止まるよう合図した。二頭が並んだまま空中に浮遊する。


「とりあえず先制かましますか」

『そうだな』

「透明化、かけるよ。この前試した通り、三分で切れるからね」

『了解』

「よし。グリセルもまとめていくよ。"オブスクラ"」


人差し指と中指を絡め、それ以外の指は軽く握り込んでロデリックとグリセルに向けながら唱えると、パッと光の光線が一直線に飛んでいってふたりを包んだ瞬間に消えた。


「大丈夫?」

『問題なし。グリセルもオッケーだって』


ロデリックの声が耳元で聞こえて、見えなくなっても確かにそこに存在することがわかる。


「良かった、じゃあわたしたちも。ヴェール、いくよ」

『いいぞ』

「おっけー、じゃあ"オブスクラ"」


ヴェールと自分に手のひらで触れながら唱えると、一瞬光り輝き、自分の足先やヴェールの角の先端からふんわりと透けた。

他人の目は完全に透明のはずだが、自分や自分が触れたまま一緒に魔法をかけられたものについては薄く輪郭が見えたままとなる。

ただ、輪郭が見えるとはいえ、足元はスケスケだ。自分の足場が目に見えなくなり、ふるりと震える。

高所恐怖症というわけではないが、さすがにこれはなかなか怖い。

なるべく下を見ないように気をつけて、ヴェールにしっかりとつかまる。


『よし、ふたりともばっちり見えないぜ』


ロデリックの声が弾む。

ロデリックはわたしが細かい魔法を色々駆使出来るのが気に入っているようで、普段からこういう魔法を目にすると喜ぶ。戦闘時の作戦に転用を提案してくることも多い。

この"自分たち透明化作戦"も、去年の年末にロデリックが提案してきた。

わたしがエミリアに手紙を出そうと魔法の小鳥を出し、小鳥を透明にしていたところを見かけたロデリックが、『これって自分達にもかけられないの?』と言い出したことが始まりだ。

考えたこともなかったが、かなりワクワクした。


そのまま厩舎に行き、実際にやってみると出来た。

が、魔法の小鳥と違い、竜も含めた自分達では対象が大きすぎて効果が長くは保たない。ヒトにかける魔法使いがいないのも頷けた。実用化するにはあまりに短い。


とはいえ、敵に気付かれない時間が数分あるだけでこちらに大いなる優位を生み出すこともあるだろう。

次の大きい戦闘では透明になって戦ってみよう、と盛り上がった。


「行きますか。足元が透けてるの、怖くて苦手だな」

『俺全然平気だ』

「羨ましいよ。ロデリック、ちょっと楽しそうだもんね』


やいやい言いながら、改めて出発した。


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