6.空飛ぶ黒い影と銀色に跳ぶ王子様(1)
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その悪い知らせは、新年が明けてすぐに届いた。
「おい、ミルフォールでワイバーンが出たぞ…ッ!」
焦った様子で特殊部隊の執務室に飛び込んできたのは、わたしと同期入隊のハイトだ。はぁはぁと息を荒げ、だいぶ遠くから走ってきた様子がわかった。
「ミルフォール?」
思わず眉を顰める。
ミルフォールはのどかな平野で、暖かい季節になると青い小花が咲き乱れることで有名な領地だ。
王都ルミエールとは隣り合っており、休日等日帰り旅行でミルフォールへ散策に行く者も多い。
ワイバーンは岩山に生息することが多く、ミルフォールで出たという話はついぞ聞いたことがなかった。
「ミルフォールの北の方だと。しかも十匹一気にだ」
「十匹?!」
「それはマズイな」
斜向かいに座って事務処理中だった同じく同期のロデリックが眉を上げ、あちゃーと口を歪めながら肩をすくめる。
ロデリックは竜騎士で、最終試験の時に未契約だった三頭の内の一頭と契約をした。契約者はグリセルという名のベテランのオスだ。
ちなみに、ハイトとロデリックは前世でも会社での同僚だ。わたしとハイトは営業職で成績を競い合った営業戦士で、ロデリックは技術職である。
当然それに気づいているのはわたしだけだ。
「お前らは間違いなく出動かかるぞ。今のうちに準備しとけよ」
ハイトは騎士なので出動規模によって残る可能性があるが、群れをなしたワイバーンを倒すには対抗しやすい竜騎士が複数は必要となる。
今別の領地でも大型の魔物が出て竜騎士が遠征しているため、手が空いている竜騎士は少ない。
執務室で事務処理中だったわたしとロデリックは確実に遠征だ。
違う部屋にいる仲間にも知らせようと出ていきかけるハイトに頷いて、家へ遠征を知らせる手紙にペンを走らせる。
急いで魔法の小鳥を創り咥えさせていると、ロデリックが声をかけてきた。
「わるいけど俺にも小鳥出してくれないか?生き物創る魔法、苦手でさあ」
「ああ、そうだっけ。もちろんいいよ」
両手をおにぎりを握る時のように組んで手のひらに丸く空気を保つ。
アヴィス、と唱えながら両手をほろりと解くと、もう一羽小鳥が出てきた。
先ほどわたしが出した小鳥は顔周りが薄桃色で、尾に向かってグリーンがかっていたが、今度の小鳥は逆に顔周りが薄いグリーンで尾に向かって薄桃色になっていた。
両方とも全身がキラキラと金色に輝いていて、創造主ながらどちらも可愛い。
本鳥たちも誇らしそうにふくふくと胸毛を膨らませている。
「上手ぇな、ありがとう」
指にグリーンのお顔の鳥を乗せたロデリックがちょこちょこっと頬周りを撫でる。
小鳥は嬉しそうにパタパタと羽を羽ばたかせた。
「よし、手紙咥えさせたね。じゃあ透明にしちゃうね。ふたりとも頑張るんだよ」
呼び寄せるとピチチ、と言いながらわたしの指に寄ってくる。
最後にわたしも二羽を撫で、「オブスクラ」と唱えると二羽は手紙ごと透明になった。
しばらくすると指から重みが消え、二羽が飛び立ったのがわかった。
小鳥たちは郵送先の相手に渡るとまた透明化が解除され、視認できるようになる。
相手が返事を返したければそのままその小鳥を使うこともできるし、返信が不要であればそのまま外に出て行って自由に遊び始める。
「もう行ったのか?」
「行ったよ、小鳥たちが宛先に着いたら、自分だけに"コンプルス"って聞こえるからね」
「了解。ホント便利だよな。カミーユ、使える魔法の幅が広いよ。細けえ魔法、大体何でもできるし』
ロデリックが感心してくれる。
自己申告通りあまり生き物を創る魔法は得意じゃないらしい。
実際、魔法で生物を創造する魔法は高等部に入ってから習う分野で、苦手な人も多い。
ロデリックの得意分野は完全に攻撃魔法に偏っていて、中でも魔法を飛ばす飛距離の長さは特殊部隊でも随一と言っていい才能がある。
味方のフォローが上手い、一見派手だが手堅い戦い方をする竜騎士だ。
前世のテニスで言うと後衛が得意なタイプで、完全に前衛型のわたしとペアを組んで戦うことも多い。
「よし、行きますか」
「おう。今日もよろしくな」
「ほいほーい」
軽く答えてにっこり笑うと、ロデリックもニヤリと笑う。信頼できる同期の竜騎士がいてラッキーだな、と改めて思った。
更衣室で戦闘服に着替え終わったと同時に館内放送がかかり、やはり竜騎士はロデリックとわたし、その他騎士が十数名召集された。
ハイトも遠征組として招集されたようだ。
特殊部隊の隊室に行くと、もう集まっているのはまだ三、四人ほどだった。
現時点で来ているのは、恐らくハイトに先んじて情報を伝えられていた、執務室にいた者たちだ。
わたしとほぼ同時にロデリックも入ってくる。お互い軽く手を上げて目で挨拶した。
その時ちょうど、鈴が鳴るような音がして、"コンプルス!"と耳元で聞こえた。
ロデリックを見ると、おや?と言う顔をしている。
こちらを見てきたので頷くと、ロデリックも満面の笑みで頷き返してきた。やはり"コンプルス"が聞こえたらしい。
「お、竜騎士二人が来たか。守護魔法、かけとく?」
神官のマルセルがニコッと笑いながらやってきた。
マルセルはこういった大規模な攻戦になりそうなタイミングで手が空いていると、特殊部隊に頼まれてやってきて守護魔法をかけてくれる。
魔法攻撃を効きづらくすることが出来る守護魔法をかけるには、生まれつきの特殊な才能が必要だ。
訓練すれば会得できるものではない。また通常の魔法力の強さとも無関係で、魔法力が弱いあるいはなくても、守護魔法力はとんでもなく強かったりすることもある。
マルセルの場合はそのタイプで、通常の魔法力はあまり強くないが守護魔法は物凄く強固だ。
守護魔法が使える場合には大抵聖職者になることが多く、数多の才能を持った強者が集まる特殊部隊においても使えるものはほとんどいない。
現隊員だと、ひとつ歳下のユーリスぐらいだ。
ユーリスが入ってきた時に先輩方は大変喜んでいたし、実際神官に来てもらえない時のユーリスはおおわらわだ。
ちなみに、ユーリスも前世の会社での後輩である。
わたしと同じく営業で、長く付き合った年上の彼女と結婚寸前だった。
結婚を見届ける前にわたしは死んでしまったので、実際どうなったのかは知らない。
しかし恐らくそのまま結婚したんだろう。
「うわ、助かります」
ロデリックは嬉しそうに守護魔法をかけてもらうために身をかがめた。
マルセルは右手の人差し指を立て、それ以外の指を軽くこぶしのように握りそのまま自分の額に当てる。
左手は開いたまま手のひらを下に向けてロデリックの頭頂部に添えた。
「プレカリ・ディジティス・クルチアティス」
マルセルがつぶやくようにゆっくり唱えると、ロデリックの頭の先からつま先まで順番にからだ全体がぶわり、と白く光っていく。
光が収まると、マルセルは「よし、おしまい」と微笑み、ロデリックはお礼を言った。
「さ、次はカミーユだ。ちょっとかがんでくれる?」
わたしはためらった。
その様子にマルセルはすぐに気がつき、ああ、と言ってちょっと申し訳なさそうな顔をする。
「そうか。カミーユは守護魔法かけられるの、苦手なんだったね」
「ええ…そうなんです」
親切を断ることが申し訳なく、肩をすくめた。
守護魔法は、術者の体温のようなものがからだを包むようにかかる。
わたしはそれが何となく苦手だった。
「というか、わたしは正直ちょっと心地悪いぐらいの感じなんですが…わたしが守護魔法をかけられるのを、ヴェールがすごく嫌がるんです」
「ヴェールが?そうなんだ」
ロデリックが驚いてこちらを振り向く。
わたしが守護魔法を苦手としているのはなんとなく知っていても、リスクを取ってでも敢えてかけない選択を強行する理由は知らなかったらしい。
「うん。なんでかはよくわからないんだけどね。それに、ヴェールに乗せてもらってる時点で竜の加護がかかるから…」
「まあね。落ちたりしない限りは問題ないけどな」
竜に乗っている限り、その竜の加護が竜騎士にもかかる。
竜の加護はヒトも含めて生物の魔法で最も堅固な守りで、ヒトの守護魔法では防げない竜が吐く炎のブレスですら通さない。
「竜、自分と契約してる竜騎士に対して独占欲があるって言うもんね」
マルセルが微笑むのに頷いて、「そうみたいです」と答える。
「じゃあ、ヴェールにきっちり守ってもらわなくちゃ。よろしく伝えてね。ふたりとも気をつけていってらっしゃい」
いってきます、と声をそろえて返した。




