5. 前世は碧ちゃん、今世は竜騎士になる〜婚約破棄を添えて〜(5)
前世では、レオニスーー玲央先輩は高校生の時に付き合った初めての彼氏だった。
前世でもとにかくツラが良く、女子からアイドル的な人気があった。金髪に染めた長めの髪にハッキリとした目鼻立ち、スポーツ万能でサッカー部のエースだった。
彼から声をかけられた時には有頂天になり、今世とは違ってすっかりメロメロになって付き合った。
何しろ人生一回目の小娘の手にはあまりあるほどかっこよく、わかりやすくキラキラとして優しい先輩に夢中になった。
付き合ってすぐにそういう関係にもなり、『付き合うとはそういうこと』なのだと思い込んだ。何しろ全てが初めてで、"恋"とはそのままイコール玲央先輩だった。
玲央先輩が教えてくれることは全て"正しい恋の手順"で、前世のわたしーー碧には疑いようもなかった。
だって彼は人気者でかっこよくて優しい。
だがその関係の終わりはすぐに来た。
一年ほど付き合ったあたりで、『話がある』と言われた。
一緒に帰っていた帰り道、普段お喋りな彼はいつもより口数が少なかった。
なんか様子はおかしいなと頭の片隅では感じたが、何しろ誰かと別れたことがなかったので、"フラれる可能性"という選択肢が碧の中にはなかった。
話があると言われても思い当たらず、いざ『別れよう』と言われて脳裏に浮かんだ最初の感想は『その手があったか!』だった。
あまりに突然のことで、別れたくないと粘る発想もなくそのままあっさりとフラれた。
一応『な、なんで…』と聞くと、『他に好きな子ができた』と言われた。
何しろ付き合うのもフラれるのも初めてなので何と反応したらよいかわからずに『そ、そうなんだ…』と返してそのままサヨウナラした。
他に?好きな子?言っている意味がわからず、というか脳みそが処理できずにそのままシャットダウンした。
よろよろと駅に向かい、その場でたまたまあった友達に声をかけられ、『フ、フラれたんだけど…』と言うと『ええ?!』とぎょっとされた。
当然友達としては寝耳に水、るんるんで彼氏と帰っていったわたしと数十分後に偶然合流したら茫然自失の失恋をしているとはまさか思わなかったらしい。
その上わたしが『ちょ、今捨てるわ!』と宣言してお揃いのキーホルダー等彼に関連する物を全て駅のゴミ箱にぶち込み始めたので、気でも狂ったのかと思ったらしくおろおろとそれを眺めていた。
その後玲央先輩は程なくして明るい茶髪のサラサラストレートヘアの小柄な女の子と付き合い始め、彼の心を奪っていったのはこの子でしたか…と思った。
別れてから知ったが、玲央先輩はモテるが故か常にキープしている女の子が数名おり、現彼女に飽きると次に乗り換えるという方式で恋人を途絶えさせないタイプだったらしい。
後から聞いたところでは、わたしの周りの友達は皆、何となく噂でそれを知っていた。
わたしにわざわざ知らせなかったのは、わたしがあまりにも大浮かれ野郎と化していたことと、有名な噂なので当然わたしの耳にも入っていると思い込んでいたのだという。
知っている上でこんなに嬉しそうに付き合っているのであれば、と黙って見守っていたら実はわたしは全く知らないお花畑ちゃんだったというオチである。
それに加えて、わたしは玲央先輩にしては珍しい毛色の彼女だったらしくかつ割と長く続いていた。
そのため、ギャラリーからしても『今回は一味ちがうのか…?マジ恋っぽい?』と固唾を飲んで見守っていたところ、最終的には"玲央先輩っぽい"女の子にスムーズな乗り換えがなされたため『単なる味変だったか』という結論となった。
というわけで玲央先輩は碧にとって初めての大失恋、その後も数年引きずるトラウマ級の相手だった。今世でカミーユとなったわたしも、本能的には何となく惹かれるものの、あと一歩理性の部分がウンと言わなかった。それは恐らく過去の経験から成る直感によるものだったようだ。
どうやら、心も頭も惹かれなければ、伴って身体は受け入れ難いらしかった。
今世も前世と同じく世界的にはガチガチに貞操観念がお堅い感じでもないのだが、今世のカミーユちゃんは前世の碧ちゃんと違って相手に流されないタイプらしい。
ただ貴族的にはあんまり派手に遊ぶのはよろしくないようではあるので、その辺りはごく普通の一般家庭だった前世のお家との家柄の差という部分もあるかもしれない。
両方歴としたわたしなのだが、何しろ今世のわたしは数十年分の経験値がある。
碧としての一番最後の記憶は三十歳手前辺りで心臓がキィンと痛んだ会社での景色なので、恐らく過労による心臓発作か何かが死因であろう。営業戦士としてかなり激務だった覚えがある。
つまりかなり若くして亡くなったようだが、それでも少なく見積もっても今世の年齢プラス二十五年の経験値を積んでいる訳だ。
レオニスと付き合ったのは十九歳だったが、人生経験的には約四十五年分のわたしがジャッジしていたのだ。
それはちょっとやそっとの男、しかも前世でフラれている相手に全てを預けることはできないだろう。前世の記憶が鮮明になった今、当然のことだとひとりウンウン頷いた。
そして、レオニスが元彼であるということを思い出した途端、もっとたくさんのことを思い出した。
わたしの周り、前世での関係者がたくさんいるんですけど!
まず、両親は完全に前世と同じ両親だ。おっとりしていて仲良しの夫婦だったが、今世でもその様子を遺憾なく発揮している。
これは嬉しい。
兄弟は基本今世初めましてだが、次兄のジュリアノだけは前世での兄である。前世でもやんちゃ坊主だったが、今世の方が若干優秀な仕上がりだ。
どうやらリセマラ成功組だ。
親友のエミリア・ラヴィエールも、前世で高校時代からの親友だった平戸有紗だ。
前世でも明るく可愛くちゃきちゃきしたタイプで、楽天的なわたしとは気が合った。今世で当然のように惹かれ合い、速攻仲良くなったのも頷ける。
後は学生時代の同級生に数人がやっぱり前世でも学友だったり、特殊部隊の同僚にも前世で同僚だったものが数人いた。
それに、レオニスに限らず他の元彼も何人か思い当たる人がいる。
これだけの人数と関わっていたのに、今の今まで気づかなかったというか、思い出せなかったことが驚きだ。フラれた衝撃で脳みそが揺れたのが良かったんだろうか。
ただ、前世を思い出したからと言って、今世で大きく関係性が変わっている相手はいないし、基本は前世に近い形で今世の人間関係も進んでいくのだろう。前世を知っている相手についてはより理解が深まるし、人柄もわかっているしより信頼出来るかもしれない。
特筆すべきは寿命についてだ。
前世で中学時代に交通事故に遭って亡くなっていた同級生が、今世では余裕で存命している。その上、去年良い輿入れをして今年子どもも生まれていた。
どうやら、前世で死んだタイミングと今世の寿命は関係がないらしい。
前世で二十五歳〜三十手前あたりで死んだらしいわたしにとっては、大変な朗報だ。
さらに、恋愛や結婚についても未来は明るくなった、と思った。
前世の記憶を持ったままのわたしが、今世のわたしのために相手を選りすぐれる。
お家柄と同じく、これまたごくごく普通に恋愛経験を二十数年分積んでいた碧ちゃんは、大学を卒業する頃には順当にクズ男を見抜けるようになっていた。
カミーユであるわたしはその蓄積を引き継いでいるわけであるから、その経験の蓄積を元に今世では素晴らしい男性を選ぶことが可能となった。
あるいはまた元カレと付き合った場合でも、前世の経験を生かしてもっと上手くやっていけるかもしれない。
今回のことは痛手ではあるが、婚約破棄については家がつつがなく対応してくれるだろうし、その理由も先方の有責だ。その程度のことであれば、"傷モノ"と言われるほど今世の貴族社会は厳しくない。
気を取り直して、新たな恋及び素敵な結婚相手を探せば無問題だ。
よーし、仕事もたくさん頑張って、今世こそ素敵な恋人も見つけるぞ!
ひとりひっそりと決意を新たにした。




