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38.記憶のふたをこじ開ける(2)



しばらくそのまま飲み続け、隣に座って先輩たちと乾杯していたアランが「カミーユ先輩、大丈夫っすか」と笑いながら話しかけてくる。


乾杯しまくっていた先輩たち、もといジュリアノやバスティアンは『俺ら子供に会いたいし帰るわー』と早々に帰ってしまった。

ジュリアノはわたしに『あんま飲み過ぎんなよ』と釘を刺していったが、あまりその忠告は意味がなかった。


「んー。うん。大丈夫」


ユーリスとギクシャクしてヤケになっていたせいで、思い切り飲みすぎた。


「あーあー、身体から力抜けてるじゃないすか。ほら、しゃんとして」


くたりとテーブルに身体を預けていたが、そのまま傾いでいってしまう。


「珍しいっすねそんな酔ってるの。…あちゃー」


アランが困ったように声を上げたのがわかったが、あまりの眠気にアランに寄りかかってしまった。


「ほら起きて。ユーリスに勘違いされてもいいんすか」


アランがわたしの肩を抱いて支えてくれつつ、耳元で囁いてくる。


「もういいよ…どうせ冷たいし……」


半分眠りながらボソリと呟くと、アランは「ダメだこりゃ」と途方に暮れたように言った。


「しばらくしたら起こしますから。そしたらちゃんと家の馬車呼んでくださいね………っと」


アランが諦めてそう言ってくれた時、誰かにぐいっと引き起こされたのを感じ、不意のことで驚いて眠気眼ながらハッと目を開ける。

引っ張られた方を見上げると、物凄く不機嫌そうなユーリスが立っており、わたしの肩をグッと引き寄せていた。


「ダメです。アラン先輩ずるいです。知ってるくせに。カミーユ先輩には手出さないでください」


小声だが勢いよく言い募るユーリスに、アランが肩をすくめる。


「出してねえよ。しっかり捕まえとかなかったのはお前だろ、ユーリス。ここ数日カミーユ先輩に冷たくしてたのは誰だ?」


冷静なトーンで余裕たっぷりに言われ、ユーリスはウッと詰まった。


「………じゃあもうここからはダメです。俺が面倒見ます」


渋々譲歩したユーリスは、「カミーユ先輩、起きてください。ほら、帰りましょ。もううちの馬車呼んだんで、送って行きます」と耳元で囁くように言う。

なんだかその感覚がくすぐったくて、「ん…」と首をすくめると、ユーリスはムッとした顔でアランから覆うようにわたしを隠した。


「見ちゃダメです!」

「はいはい。先輩のことモノに出来てねえくせに、独占欲だけ一丁前か?」


アランは煽るように言い、ユーリスはますます顔を顰める。


「アラン先輩、今日意地悪い。何なんですか」

「何なんだはこっちのセリフだ、ユーリス。カミーユ先輩を自分がしょげさせてたの、気づいてねえわけじゃねえだろ」


アランが片眉を上げてゆったりと笑うと、ユーリスはむっつりと黙った。


え、気づかれてたんだ。


思わずユーリスの顔を見上げると、ユーリスは拗ねたように見返してくる。


「マジでもう行きますよ。ほら、立って」


促されてなんとか立ち上がると、ユーリスが支えてくれた。

そしてそのままユーリスが大声を出す。


「カミーユ先輩を送って帰ります!お先失礼します!」


まるで宣言するようにそう言い、ロデリックやハイト、他にも先輩たちが目をまん丸くした後、「お前らいつの間に?!」「明日話聞かせろよ」「気をつけて帰れよー」「送り狼すんなよー」等と口々に声をかけてくれた。


わたしはその光景をぼうっと見ながら、ふとアランの顔を見ると優しく笑っている。

目が合うとグッ、とサムズアップしてくれた。


どうやらさっきの煽るような言い方は、わざとだったようだ。

感謝の気持ちを込めて小さくグッと返したところで、ユーリスに連れられて外に向かった。




外に出ると、夜風が気持ちよかった。


馬車が到着する大通りまで歩いていると、ほてった顔が適度に冷やされ、するすると頬を撫でていく。

だが、支えるように密着した身体からはユーリスの熱が伝わってきて、思わず月明かりに照らされたブルーグレーの瞳を見つめた。


「……酔いすぎですよ」


チラリとこちらを見たユーリスは相変わらず少し仏頂面だったが、口調は優しい。


「うん…飲みすぎた。ユーリスが冷たいから」


素直に吐露すると、ユーリスは少し驚いたように目を見開き、ぱっと歩くのをやめて顔を覗き込んできた。

思ったより顔が近くにあって、心臓がどきりと音を立てる。


「俺のせい……ですか?忘れちゃったのはカミーユ先輩なのに?」


不意に身体を支えていた手が降りてきて、それぞれの手をきゅっと絡めるように繋がれた。

まるで、前世で言うフォークダンスのオクラホマミキサーのような手の取られ方で、なんだか可笑しい気がするのに、絡めた指が妙に生々しくてユーリスから目を逸らせないままジッと見つめる。


拗ねたような目線に囚われながら、ふと、この艶かしく絡めた指に覚えがある、とハッとした。


「全部思い出しました?」


ユーリスに優しく聞かれ、記憶がどんどん蘇っていく。


あの夜。


腕を組み、


手を繋ぎ、


指を絡めたのは、わたしだ。


「……う、うん」


だが本当にそれだけだったか。

不安な気持ちで頷くと、ユーリスも小さく笑って「本当に?」と問われる。


どうだったか、と思い出そうとした刹那。

背の高いユーリスが屈むようにして、わたしの顔を覗き込んでちゅ、とキスをした。


「……………?!」


口付けられたまま遅れてきた驚きでハッと目を見開くが、その瞬間にはもうあの日自分からユーリスにキスしたことを思い出していた。

ちゅう、と名残り惜しむように唇を離したユーリスが、こつん、とおでこをぶつけてくる。


「あ、………あの…………うん…思い出しました……」


あまりの恥ずかしさにショック死しそうになりながら、ユーリスの視線を避けて目を伏せた。


「思い出したんですか?そっか…よかった」


ユーリスはそういうと、もう一度唇を重ねる。

柔らかく啄むように口付けられ、ぼうっと頭が沸騰してきた。

誰かにみられたらどうしようという邪念はあるのに、やめてほしくもない。


しばらくして離され、ぎゅう、と抱き締められる。


「カミーユ先輩からキスされて、俺は嬉しかったですよ」


顔は見えないが、ユーリスが耳元で囁く声は甘い。

ぎゅうっと心臓が締め付けられ、わたしは思わずユーリスのシャツの胸元を握った。


「あ、うちの馬車来ました。乗りましょう」


あっさりと身を離され、なんだかホッとしたような寂しいような気持ちになってしまう。


ふたりの側にぴたりと馬車を停めた御者に「お待たせしました」と声をかけられ、ユーリスに優しく手を取られて馬車に乗せてもらった。


「ピエリエール伯爵家まで回してくれる?」


御者に伝え、ユーリスも乗り込んでくる。


「本当に送ってもらっちゃっていいの」


今更だが聞くと、ユーリスは「もちろんです」と頷いた。

そのままストンと隣に腰を下ろされ、正面じゃないの?!と内心あわてる。

ユーリスはそんなわたしを気にした様子もなく、グイ、と距離を詰めてきた。


「カミーユ先輩…」


名前を呼ばれ、ハッとしてユーリスの方に顔を向けるとそのままちゅ、と口付けられる。

柔らかく口が開き、ぬるぬるとした熱い舌が滑り込んできた。思わずわたしもそれを受け入れ、本能のままに絡める。


元彼たちによる接触はあんなに気持ちが悪くて拒んでいたのに、ユーリスのキスは、もっともっとと求めてしまう。


まるで、脳天が痺れるように気持ちが良い。


優しくぎゅっと抱き寄せられ、ユーリスの頬に手を寄せる。

ユーリスは一瞬固まり、もっと舌を激しくした。

後頭部をグッと抑えるようにしてキスされてしまい、クラクラする。


このままずっと家につかなければいいのに。


自分の気持ちも素直に認められていないくせに、本能は正直だ。


ああ、わたしはきっと。


そううっすらと心の中で呟く。


「…ん、ユーリス……」


キスの合間で囁くと、ユーリスは唇の上で「ん?」と聞いてきた。


「わたしたちって、なんだろうね」


ぽつりと聞くと、ユーリスは「なんだと思いますか」と言いながら、答えを教えてくれるかのようにもう一度深く口付ける。


「『まだ聞かないで』って待たせてるのは、カミーユ先輩ですよ。俺の答えはもう出てる」


キスを終えたユーリスがわたしをぎゅうと抱き寄せながら、耳元で囁いた。


そうだ。

エミリアの結婚式で、ブルーグレーのドレスの意味を問われ、まだ聞かないでくれとお願いしたのはわたしだ。


すぐに自分の気持ちを確定させる勇気がなく、同じくわたしの色を纏ってきてくれたユーリスを待たせている。


「………アルコール、入ってない時に会いたい」


ユーリスの肩口でポツリと言うと、ユーリスは「わかりました」と笑ってくれた。





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ユーリスは、相変わらず心広いなぁ。
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