37.記憶のふたをこじ開ける(1)
「何故なの……」
カミーユは地面にめり込みそうなほど頭を抱えていた。
今は遠征終わりで靴を脱いでいるところである。
ジャイアントスパイダーが出て、竜騎士と騎士隊が何組か駆り出されていた。
半日ほどで倒しきり、なんとか戻ってきたところである。
遠征中はきっちり仕事したが、それを終えてカミーユの頭の中は自分の悩みでいっぱいになっていた。
「どうしたんすか」
同じく隣で紐を解いていたアランが声をかけてくる。
「いやあ………」
エミリアの結婚式が明けて数日。
何故かユーリスの態度がよそよそしい。
いや、何故かというか、原因となったことの検討はついているが具体的にはわからないのである。
結婚式の夜、楽しくなって珍しく相当飲んでしまい、ロデリックに諌められたあたりから記憶がない。
恐る恐る週明けロデリックにどんな状態だったか確認したが、『すげえ酔ってたからユーリスに任せて風にあたらせたけど。なんかあった?』と返された。
自分としては正直全く記憶になく、『ユーリスと…?!風に……?!』という状態である。
さらに戦々恐々としながらユーリスの元に行き、「ごめん全然記憶がなくて…変なことしなかった?」とお伺いを立てたところ、端正な顔がぴきりと固まった。
「お……覚えてないんですか?何にも?」
聞き返され、戸惑いながら「う、うん。ご、ごめん、なんかご迷惑おかけしてた?」と返したが、「いえ……覚えてないなら、いいんです……」と言ったきり、黙ってしまった。
明らかに"ガーン"という顔をしてショックを受けていて、わたしはおろおろとしたが何も言えなかった。
おそらくその時に何かがあったのだろうと思うが、本当に何をやらかしたのかがわからず、それ以上問い詰めることもできず、ひとり悶々としているのである。
「いや、ちょっとね……」
いくらこれまで恋愛相談に乗ってもらいまくってきたとはいえ、さすがに相手のこともよく知られているアランに『酔っ払った挙句、ユーリスと気まずくなっててえ』とは言い出せずもごもごと誤魔化した。
「ユーリスとなんかあったんすか?」
あっさりとユーリスの名前を出され、不意を突かれて思わず目をまん丸くする。
「お、アタリか」
アランににんまり笑われて、諦めて口を開いた。
「…ユーリスがよそよそしくて。うちの兄の結婚式に来てもらった後からで、わたしが『何かしちゃったか』って聞いたらショック受けた感じで黙っちゃって。わたし、楽しくなってすごい酔っ払っちゃって、記憶ないんだよね…」
伯爵令嬢としてはあるまじき失態である。我が家だったので油断していた。
アランは「ほえー」と言って目を瞬かせた。
「ユーリスがカミーユ先輩に忘れられたらショック受けるようなことが起きたんすね」
「ん?ま、まあ……そういうことになるかな」
「へー。なるほどね」
アランは面白そうに言って思案顔になる。
「カミーユ先輩ってユーリスのこと好きなんすか?」
またもやそのままズバリ聞かれ、わたしはゲホゲホと咽せた。
「す、…………どうなんだろう」
多分もう好きなんだとは思う。だが、認めるのがなんとなく怖い。
黙ってしまったわたしに、アランは深追いしなかった。
「ま、気になってはいるってことっすね。俺、良いと思いますよ、ユーリス」
珍しくアランがわたしの恋愛に肯定的で、思わず顔を見る。
「なんすかその表情。俺だってカミーユ先輩がまともな人選べばいつだって応援しますよ。アイツ顔いいけど、それ以上に性格もいいでしょ。戦闘能力も高えし」
見透かされて肩をすくめた。
「なによ、いつもは趣味が悪いってこと?」
「否定できないでしょ」
「まあね」
軽口を叩かれ、渋々認めた。
「今ユーリスって、城にいる若手で俺の次にモテますからね。グダグダしてると他にもってかれますよ」
またあっさりとわたしが気になっていることを突かれ、ウッと詰まる。
「わかってるよ……」
「本人にもう一回ちゃんと聞いてみるしかないんじゃないですか。それか無理矢理いつも通りの感じで話しかけまくるか」
アランは脱いだ靴を揃えて持ち、立ち上がった。
「そうだね…そうしてみる。この後の飲み会、頑張って話しかける」
今日はこのまま遠征組で打ち上げ予定だ。
わたしはよし、と決意してアランと同じく靴を揃えて立ち上がった。
***
ぜんっぜん、話しかける隙がない……!
わたしは打上げでお酒を飲みながら、ひとり絶望していた。
そもそもの出だしとして、座る席を見誤った。
ユーリスより先にお店に着いてしまい、どこに座れば話せるかわからなかったのだ。
結局わたしはジュリアノやバスティアンなどの中堅の先輩方が多い席になり、ユーリスはアランたち若手が多い席になった。
変に席を移動するわけにもいかず、一旦諦めて打ち上げを楽しむことにした。
「今日はアラン大活躍だったなー」
ジュリアノが楽しそうに言う。
バスティアンもお酒を飲みつつ頷いた。
「そうだな。あのデカいクモをあの距離から倒し切ったの、すげえよ」
ジャイアントスパイダーは魔法の効きやすい魔物だが、その有効範囲が非常に狭い。
なので一旦は足をもぎりつつ、弱点である口にハッカやレモンなどの魔法水を突っ込むことなのだが、これがまあ難しい。
ある程度飛距離が出せないと大きすぎて届かないし、液体を指先からホースのように出す魔法はしょっちゅう使うものでもないので慣れていないと上手く勢いをつけて出せないのだ。
わたしやロデリックが悪戦苦闘する中、アランは先にコツを掴み、的確に敵の口にハッカ水を放り込んでくれた。
途端にジャイアントスパイダーは弱り始め、そうなると騎士隊の独占場だ。
サクサク足をもぎって、本体に切り掛かって終いとなった。
「おーいアラン、今日の功労者!こっち来て乾杯だ!」
「あざす!」
ジュリアノがアランを大声で呼ぶと、アランはすぐにニカッと笑って駆けつけた。
と、その時、アランの背中の先にいたユーリスと不意に目が合ってしまい、どきりとしたまま目を逸せなくなる。
ユーリスも、何故か真剣な顔でこちらを見つめたままだ。
しばらく見つめ合ったまま、内心おろおろしていると、ユーリスはハッとしたように目を逸らしてまたお酒を飲み始めた。
もうー!なんなんだ!
思わずお酒を呷り、ダンッ!と机に置くと「おお、いい飲みっぷり」とバスティアンにからかわれた。




