36.幸せな結婚と舞い惑う気持ち(6)
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「いやあ、めちゃくちゃいい式だったな!」
ロデリックがご機嫌にそう言ってお酒を呷る。
「本当にね。我が身内ながら、とっても楽しくてスペシャルな式だったな」
エミリアとアルベールの結婚式が無事に終わりを迎え、そのままピエリエール家の邸宅での二次会へとなだれ込んだ。
いくつかある客間の内ひとつを借り、ロデリックやユーリス、それに他にも数名来ていた特殊部隊の仲間内で集まっている。
ちなみにバスティアンは奥様が第二子妊娠中のため、式が終わり次第そそくさと帰宅していた。
「ていうか、カミーユとユーリス、この間大変だったんだって?すごかったな」
先輩の一人が話しかけてくれる。
「あ、フォグルっすよね。物凄い大変でした。我ながらすごかったと思います」
ユーリスがあっさりと認め、周りはドッと笑った。
「まあそうだろうけどよ。ちょっとは謙遜しろよ」
「いやいや!マジで大変だったんですって!」
こうして先輩たちと一緒にいるユーリスはザ・後輩という感じで可愛い。
カミーユは隣に座るユーリスをこっそり眺めた。
「確かにユーリス、本当に頑張ってました」
笑いながらフォローすると、周りはおお、と驚き、ユーリスはえへん、と胸を張った。
「ほら、聞きましたか。カミーユ先輩が言うならそうでしょ」
「確かにな。カミーユが言うならな」
「そうだな。カミーユがそんなに言うなら」
「いやそんなに強調しないでくださいよ!普通に俺を信じて!」
じゃれ合う先輩たちとユーリスを見て、カミーユも微笑む。
「そんで帰り、ヴェールに乗せてもらったんですよ。ヴェールから『乗っていい』って言ってくれたみたいで。めちゃくちゃ嬉しかったなー」
ユーリスが嬉しそうに言うと、騎士の皆は「うわいいなー!」「今度俺も乗せてくださいよー!」と一気に盛り上がったが、ロデリックはひとり目をまん丸くした。
ちろり、とわたしの方を見て、「カミーユ…」と何かを言いかけたがそのままニヤッと笑って黙る。
わたしも気まずく目を逸らした。
竜にも色々なタイプがおり、ロデリックが乗るグリセルなんかはかなり穏やかな方で人間好きだが、ヴェールはかなり気難しい方だ。
ヴェールがわたし以外の他人を乗せるのは、かなりハードルが高い。
そもそもわたしがすごく信頼して心を開いている相手じゃないと、ヴェールも信用しない。
ロデリックは、そのヴェールの気難しさをよく知っているから、恐らくわたしのユーリスへの気持ちに気がついたのだ。
思わず手元のお酒をガブリと飲むと、「お、カミーユ、今日は調子いいな!」と周りに囃し立てられた。
***
気づけばかなり酔っ払ってしまった。
俺ではなくカミーユが、だ。
自宅ということもあり、緊張も緩んでいたのだろう。
「カミーユ、おい、お前酔いすぎ。ちょっと風当たってこい。立てるか?」
ロデリックに肩を叩かれ、カミーユは「うーん…」ととろんとした声を出した。酒に強い彼女にしてはかなり珍しい様子だ。
ロデリックは一瞬カミーユに肩を貸して立たせようとしたあと、不意に俺をみた。
「ユーリス、一緒に頼めるか?」
「はい!」
頷いてサッとそばに行き、カミーユを支えた。
触った腕はあまりに華奢で、折れちゃいそうだ。
ロデリックが特に気にした様子もなくカミーユの二の腕を掴んでいるのを、思わず見つめてしまう。
「…そんな怖い顔すんなって」
ロデリックにニヤリと笑われ、ユーリスは怯んだ。
カミーユをダンスに誘いにそそくさと飛んでいった時点で、何となく気持ちがバレるのは覚悟の上だったが、いざ面と向かって言われると慌てる。
カミーユを支えながら邸宅を出て庭園に出る。
王都ルミエール特有の涼しい秋風が通り抜け、酒でほてった頬を冷やした。
カミーユも気持ちがよかったのか、猫のように目を細める。
しばらく適当に進むとカゼボがあり、ベンチにカミーユを座らせた。
「おいカミーユ、ここで涼んで酒抜け。ユーリスつけとくから」
「ふぁい……」
カミーユはお酒で顔を真っ赤にしていたがロデリックに返事をして、俺の方を見てこてんと首を傾げる。
「ありがと」
「ハイ…」
目が潤んだその様子が可愛く、内心どきりとしつつ頷いた。
「なあユーリス」
その様子を見ていたロデリックが、耳元で囁く。
「ヴェールがカミーユ以外を進んで乗せるなんて、すげえことだよ。よっぽどカミーユから信頼されてるんだな」
「え……」
目を見開きロデリックを見ると、ロデリックはニヤリと笑った。
「頑張れよ。任せた」
必要以上にいじることもなく、あっさりと味方するように教えてくれる。ロデリックはやっぱり面倒見が良い。
「はい。頑張ります」
深く頷くと、ロデリックは優しく笑って立ち去った。
「あれー?ロデリック行っちゃったの?」
カミーユが不意にこちらを振り向く。ユーリスはカミーユに近づき、隣に座った。
「はい。任されました」
「任されたんだ……」
カミーユが意外そうな顔をした後、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。
「俺と二人だと、心配ですか?」
半分冗談、半分本気で聞くと、カミーユは「ううん」と笑った。
「ユーリスなら、二人きりでもいいよ」
そう言って、そのまま肩に頭をもたれかけさせてくる。
え?!ええー?!!!?
内心では大絶叫するが、なんとか無理やり声は抑えた。
左半身が心臓になったかのようにバクバクと脈打ち始める。
「か……カミーユ先輩、だいぶ酔ってますね」
声が一瞬掠れてしまい、余計に焦った。
かっこ悪いところを一番見せたくない相手なのに、初恋みたいにドキドキして、どうしていいのかよくわからなくなってしまう。
「酔ってるのかなあ」
カミーユは頭を預けたままおっとりと言い、そのまま俺の左腕に自分の腕を絡ませてきた。
「酔ってるかもね」
含んだように笑うと俺の腕をするりと撫でるようにして手を俺の手に滑り込ませる。
思わず指を絡めると、カミーユもきゅっと握ってきた。そのまま親指で俺の親指をスリスリとさすってくる。
指先がビリビリと痺れ、感覚がない。
カミーユは今どんな顔をしているのか。
もはや全身がドクドクと脈打つのを感じながら、勇気を振り絞ってカミーユの方を覗き込む。
カミーユのとろりと溶けたヘーゼルの瞳に、思ったより近い距離で出くわして思わず息を詰めた。
月に照らされたカミーユのブルネットの髪と透けるように白い肌は柔らかく光を放ち、女神のように美しい。
綺麗だな、と惚けていると、頬を赤くほてらせたカミーユが不意に身を寄せてきて、え、と戸惑ったのも束の間、ちゅ、と口づけてきた。
きっと時間にしたら三秒ぐらいだっただろうが、時が止まったかのように長く感じる。
ようやく離れて見つめると、カミーユの唇はツヤリと潤んでいた。
「しちゃった…」
ふふ、と恥ずかしそうに微笑んだカミーユに、ストッパーが外れる。
グイッと肩を引き寄せ、もう一度深くキスした。
唇の柔らかさを感じ、歯止めが効かない。
「んっ」
カミーユの口から小さく声が漏れ、ギュンと身体が熱くなるのがわかる。
口を開いてさらに口づけると、カミーユも柔らかく口を開いた。
受け入れられている。
そう思うとたまらず、さらに止められなくなった。
舌をぬるりと差し込むと、カミーユもそれをぎこちなく受け入れてくれて、繋いでいた手にきゅ、と力を込めてくる。
もう片方の手は俺のシャツの胸の辺りをギュッと握りしてめてきて、愛おしく思う気持ちがマグマのように噴き出した。
月明かりに照らされる美しい庭園の中、二人きりで何度もキスをする。
ずっとこの時間が続けばいいのに、と願いながら、カミーユを強く抱き締めた。




