34.幸せな結婚と舞い惑う気持ち(4)
「さ、お待ちかねのダンスタイムね」
エレオノーラがウキウキと立ち上がる。彼女は今日これを楽しみに来ているのだ、アンリも苦笑しつつサッと立ち上がってエスコートの手を差し出した。
今世の結婚式では、挙式を執り行った後に皆テーブルについて食事、その後ダンスパーティーとなるのがお決まりだ。
まず新郎新婦が皆の中心でダンスし、次に新郎新婦がそれぞれ同性の兄弟や親友にパートナーを替えて踊る。
その後また新郎新婦にカップルを戻して、その周りで両家の家族たちがパートナーと一緒にダンスする。そしてその後はゲストも一緒になって踊り始めて、後は随時パートナーを入れ替えたりしながら踊るという流れである。
今日の場合はまずアルベールとエミリアが踊り、次にアルベールとルシアン、エミリアとわたしが踊ることになる。
そしてアルベールとエミリアが二度目のダンスを披露するその周りで、ピエリエール家とラヴィエール家の面々がそれぞれ踊り、その後ゲストが進み出てくる訳だ。
パートナーを連れてきていない者はその場にいる踊っていない者たちに声をかけて踊っても良いし、既にパートナーと踊り終わった相手に声をかけても良い。
パートナーとしか踊りたくない者はもちろん誘いを断ることもできるし、何度も同じパートナーと踊ることも許されている。
ただし、逆に同じ相手と3回連続で踊った場合には、"正式な深い間柄の相手"という意味合いになるので未婚の者は要注意だ。
また、この国では同性同士で踊ることも多い。
同性同士での結婚も多くはないが、正式に認められている。
ちなみに、同性同士で結婚式を挙げる場合、パーティーの二番目に新郎新婦と踊るパートナーは異性の兄弟や友人となる。
この"二番目にパートナーを替えて恋愛対象でない方の性別と踊る"という流れは、この王国トリヴェールで同性婚が認められた三〇〇年以上頃から続く慣習だそうだ。
前世のニホンではなかなか同性婚が認められていなかった記憶が印象深い元ニホンジンのわたしとしては、大変良い気風の良い国だなと思っている。
そもそも同性婚が公式に認められていてもいなくても、異性が恋愛対象の人には特に実害が出ることはないどころか何も影響がないのだ。ただ世界に幸せになる人が増えるだけである。
何故ニホンでは認められていなかったんだろうなあ、と久しぶりに思いを馳せたが、今さら理由はわからなかった。
ざわめきの中、タァン!とピアノの一音目がなった。そこに弦楽器の音色が重なっていき、ぶわりと華やかな音楽が広がる。
そこに新郎新婦のふたりが、にっこりと微笑みながらゆったりと手を取って出てきた。
二人とも装いを替えており、エミリアは薄桃色がベースでオーロラのように照りがある生地で出来たふんわりとしたドレスだ。
「来た!すごく綺麗」
思わず潤む目で微笑むと、隣のルシアンも頷いた。
「アル、人生で一番幸せそうだな」
普段理性的で穏やかに微笑んでいるアルベールが、エミリアと踊りなら本当に楽しそうに大きく笑っている。
エミリアも煌めく瞳でアルベールを見上げながら、間違いなく恋しているその表情のまま、くるくると舞っていた。
とにかく美しく、幸福の光景だ。
うっとりと眺めていると、不意に一曲目の音楽が止んでわたしたちの出番が来た。
「行こう」
ルシアンのエスコートで手を取り合い、中央に進み出てアルベールとエミリアの正面に立つ。
「カミーユ」
エミリアがにっこりと笑い、アルベールも眼鏡を人差し指と中指で押し上げながら微笑んだ。
「さあルシアン」
お互いにパートナーを入れ替え、わたしはエミリアをエスコートする。
二曲目がかかり、今度は先ほどよりも軽やかなワルツだ。
アルベールとルシアンもステップを踏み始めて、こちらも同時に踊り始めた。
「エミリア、本当に綺麗だね」
踊りながら小声で囁く。
「ありがとう、すっごく楽しくて夢みたい」
エミリアは華が綻んだように笑い、くるりとターンした。
「わたしもだよ。エミリアとアルが上手くいってくれて良かった」
「そうね。カミーユは最近どうなの。いい人はいるの?」
エミリアが軽い調子で聞いてくる。最近はエミリアの結婚式準備が忙しく、あまり会ったり話したり出来ていなかった。
「うーん…」
「あら。その反応はいるのね。かっこいい?」
「うん…。すごく」
「うふふ。そうなんだ。今日来てる?」
軽やかにステップを踏みながら、好奇心を閃かせた。
「来てる。ほら、あそこ。バスティアン先輩の隣にいる…」
踊りつつ視線をチラリとやると、エミリアも一瞬そちらに目を向けてびっくりしたように見開いた。
バスティアンは金髪碧眼で見目が華やかで目立つので、上手く見つけられたようだ。
「あの子、ユーリス・アストリオンでしょう。今、お城の文官の女の子たちの間でものすごく人気の男の子じゃない。良くインテリア課の子たちも騒いでる。
すごいとこに目をつけたわね。上手くいきそうなの?」
エミリアはわくわくとした様子で聞いてきた。
「わからない。仲は良いと思うし、向こうもわたしを意識してくれてるのかなって思う瞬間もある。でも、自分が彼と付き合いたいのか、まだわかんなくって」
「珍しいわね。いつもは猪突猛進なのに。何が引っ掛かってるの?」
エミリアの問いに少し考え込む。
「なんていうか…もうたくさん失敗したし、もう傷を負いたくないっていう気持ちもある。それに彼は、そういう対象じゃなくても信頼出来る大切な仲間だから、迂闊に"恋"にしてしまって、いつか失うのが怖い」
聞かれて口にすると、ああ自分はそう思っていたのか、と内心納得した。エミリアと話すことで気持ちが整理されることはこれまでにもたくさんあった。
「わーお」
エミリアは眉をヒョイと上げた。
「よっぽど大事なのね、ユーリスくんのこと」
そう言われて、曖昧に首を傾げる。
「でも、もし今その彼を"恋"にしなかったら、どちらにせよきっといつか彼を失うわよ」
エミリアがズバッと口にした。よくわからず、不安になり聞き返す。
「え?」
「だって彼、かっこいいしモテるでしょう。近い将来、カミーユでなくてもきっと誰かと恋をして結婚していく。その時にそのお相手は、カミーユと彼が『恋ではない』と言いながら深い心の関係を維持していくことを許すかしら」
エミリアの推測は、嫌な感じに信憑性があった。
自分だったら、好きな男性にものすごく仲の良い女性がいたら不安になるし、気分も良くはない。
「実際、幼いわたしの好きだった人は別の誰かに持っていかれたし、その間その誰かはわたしの存在にいい顔をしなかった」
アルベールの前妻のことだ。前の奥方は、アルベールを心から愛していたわけではないくせに、確かにエミリアのことを敵対視していた。
エミリアがわたしに会うためにピエリエール家を訪れているのを見ると、嫌な顔をしていたのだ。
「…本当にそうだね」
またエミリアをくるりとターンさせながら頷くと、エミリアはにっこりと笑った。
「幸いカミーユはとっても可愛いし、彼もきっとカミーユを好きになるわよ。縁があるなら、自分から手放すようなことしちゃダメ」
「うん。ちょっとよく考えてみる」
エミリアに言い聞かされたと同時に曲が終わり、お互いにふわりと離れながら優雅にカーテシーをした。




