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31.幸せな結婚と舞い惑う気持ち(1)


7


「本当に姉妹になれる日が来るなんてね」

「そうね。意外だった?」

「そうなればいいなとは思ってた」


そう答えると、エミリアは美しい顔を綻ばせて笑った。


よく晴れ渡った美しい今日。

前世で言う"秋晴れ"という言葉が相応しい良き日に、前世からの親友であるエミリアが結婚式を挙げる。


ここ、王都・ルミエールは"秋の街"であり、季節が秋で固定されている。だから実際には晴れている日がほとんどで雨が降る方が珍しいのだが、その中でも特にサラリと晴れた涼しい日となった。


「本当にねえ。長い道のりだったわ」


エミリアは彼女付きのメイドの一人にせっせと化粧を施されながら、ふふふ、と笑った。


エミリア・ラヴィエールは今日、わたしの兄であるアルベール・ピエリエールと結婚し、エミリア・ピエリエールとなる。


エミリアは、幼少の頃から長きにわたり、アルベールに恋をしていた。

アルベールとわたしたちの歳の差は十二だ。

初等部に上がる頃、アルベールはちょうど城の文官として働き始めたところで、既に社会人となっていた。


当然アルベールからすれば、そんな幼い妹の友達など恋愛対象であるはずもなく、当初はエミリアの一方通行だった。

結果的にアルベールは二十三の時に家の縁で結婚してしまい、その時にはエミリアは初めての失恋に泣いていた。


誰もが"幼い頃のちょっとした初恋"だと思い、微笑ましく見守っていたが、わたしだけはエミリアが酷く真剣だったことを知っていたため、共に心を痛めていた。


時が経ち、エミリアが十八を超えて十九になりかけた頃から流れが変わり始めた。

アルベールが三十の時、妻と別れたのである。

原因は相手方の浮気による妊娠で、土下座する勢いで謝罪されたという。


「本当は昔から想いあっていた幼馴染がいる。彼は平民の騎士で、結婚する時に諦めたつもりだったが、忘れられなかった」とのことで、アルベールはほとんど説得することもなく別れに応じたらしい。


曰く、「俺もあまり構ってやれなくて悪かった」とのことで、まだ子供がいなかったこともあり、かなりあっさりした別れだった。

また、家格的には元妻の家が格下だったため、先方は平謝りに謝るような形で、相応の詫び金をたっぷりと送ってきた。


両親の反応が気になるところだったが、七年間結婚していて後継となる子供が生まれないことにさすがにやきもきはしており、相手方の不貞が原因で別れたことにはむしろホッとしていた節もあった。


そして少し落ち着いてアルベールが改めて結婚相手を探すことになった時、十九になったエミリアは「どうかあと三年待ってほしい」と必死に直談判した。


うちの両親にである。


当初、寛容なタイプの我が両親ですら、かなり戸惑っていた。


『一回りも下だし…さすがに…いやバツイチの長男に侯爵家令嬢からの申し出、めちゃくちゃありがたいけど…というかアルベールはその気があるのか…?』


ふたりは顔を見合わせて困った顔をしたが、エミリアは強い瞳でこう言い切ったという。


『あと三年、…いえ、あと二年頂ければ、その間に絶対に好きにさせて見せます』


結果的に、エミリアの宣言通りには行かず、アルベールが根負けして婚約するまで三年かかった。

結婚したエミリアが言うには、「アル、もう二年前にはわたしのこと好きだったわよ」ということらしい。


去年婚約し、ようやく今日を迎えたというわけだ。

アルベールとしては三十五で二度目の結婚、正直嫡子を考えるとかなり遅めではあるのだが、万が一自然に妊娠しなかったとしても、今世は不妊治療が大変発達しているため、四十ぐらいまでに望めばほぼ間違いなく子を成すことができる。


だからこそ一度目の結婚の時には周りはオロオロしていた。単純に行為がないか、あるいは奥方が出産を望まないのであれば、どちらしにろ別の手立てを考えなければならない。

だがあまりにデリケートなことで口出しもできず、手をこまねいていた訳だ。


ということで、うちの両親は「バツイチの長男が侯爵家と縁を結んでくれた、しかもその子は長男をめちゃくちゃ大好きらしい」と両手を挙げて大歓迎だった。

エミリアの両親はむしろ娘の執念に慄いている様子すらあり、「アルベール君が結婚を決めてくれて本当にありがたい、このまま行けば生涯未婚も覚悟していた」と感謝しきりの様子であった。


「今日は本当に楽しみにしてる。何か手伝えることがあれば言ってね」

「ありがとう、心強い。カミーユのエスコートはルシアン?」

「そうそう。ジュリアノは奥さんと来るからね。ルシアンはもう支度終わって庭で暇そうにしてた」


ルシアンはピエリエール家の三男で、わたしの兄だ。

近衛として城で働いており、たまに休憩が被ると一緒にランチを取ったりすることもある。


「ふふふ。じゃあ行ってあげて。わたしは最後に支度の仕上げをしてもらうから。またあとでね」


エミリアはにっこり笑い、ヒラヒラと手を振った。

わたしも「あとでね」と手を振り部屋を出ると、庭園に向かった。



今日の結婚式は、我がピエリエール家の領地にある邸宅で行われる。

邸宅の庭に続く扉から出ると、目の前に"夏"のゾーンが広がっていて、その奥のベンチに座るルシアンが見えた。

ぽかぽかと暖かい日差しに涼しい風の中、気持ちよさそうに目を細めている。


「ルシアン!」


大きな声で名前を呼ぶと、ルシアンが振り返った。


「お、カミーユ」


ニコッと笑う様子は、アルベールの笑顔にそっくりだ。


「良い天気になってよかったよな。挙式の場所、見たか?壮観だったよ」


ルシアンは辺りをゆったり見回すと、嬉しそうに言った。

我が家は特に広大な庭が自慢で、常に色とりどりの花が咲き乱れる。

エリアごとに区切られた範囲でのみ季節を変える魔法をかけていて、四季折々の花々が見られることが特徴だ。


この庭を保つため、ピエリエール家では代々、「長子あるいはその伴侶が必ず覚えるべき魔法」のひとつに季節変更呪文がある。

ちなみにエミリアは、高難易度呪文として高等部で習うこの魔法を、初等部三年目にして完璧に会得した。


完全にアルベールの妻の座を見据えてのことである。


明日からは、この庭を維持する魔法をかけるシフトにエミリアも組み込まれることになるだろう。

季節変更呪文は、かける範囲によるものの約一週間程度で切れてしまうので、その都度伯爵夫妻とその長子、伴侶がいれば伴侶も含めてローテーションで掛け直すのである。


かつての努力が十四年越しに実ることになろうとは、なんとも感慨深い。


「まだ見てない。エミリアが凝ってたから、楽しみだな」


ウキウキと返事すると、「お、じゃあ一緒に見に行こうか」と立ち上がった。

金髪がサラリと風に靡き、穏やかに笑う。


ルシアンは、兄弟の中ではいちばん華やかな見た目だ。

金髪に明るいグリーンの瞳、鍛えた筋肉はいかにも王族の近衛騎士として相応しい。

両親はそれぞれブルネットと赤毛だが、母方の祖母の金髪を受け継いだらしく、祖母は昔から特にルシアンを可愛がっていた。

グリーンの瞳は父譲りで、甘さのある目鼻立ちは母や姉のエレオノーラとそっくりである。


だが人の目を惹く外見とは裏腹に、兄弟の中でもダントツでおっとりしていて優しい。

アルベールも穏やかだが、おっとりしているというよりは理知的なタイプだし、姉のエレオノーラも真面目な優等生だが自分の意思が強い人だ。

ジュリアノとわたしは言わずもがな、おっとりとは言いがたい。


ジュリアノは特殊部隊の同期である金髪碧眼だが堅実なバスティアンを見ているとルシアンを思い出すらしく、「親近感を覚える」と仲良くしている。


ルシアンは右隣に来ると、ちょっと身を引いてわたしを眺めた。


「ドレス、水色にしたんだな。グリーンにするのかと思ってた」

「う、うん。変かな」


自分のやましい気持ちを見抜かれたようで、ドギマギしながら問うと、ルシアンは柔らかく笑った。


「そんなわけないだろう。珍しいけどよく似合ってるよ」


その返事にわたしはほっとし、微笑む。


「ルシアンもチョコレートブラウンがよく似合ってる。いつもより大人っぽいね」

「そうか?ありがとう。今日ダンスパーティーもあるんだろ?カミーユと踊るの、楽しみだな」

「そうだね。こんな大掛かりなパーティー、久しぶりだし」


答えながら、改めて自分のペールブルーのドレスを見下ろした。


わたしはヴェールの鱗のような深いグリーンが好きで、昔からよく身に纏う。

自分のヘーゼルの瞳にも似合うので、何かというとグリーンを選ぶことが多かった。


今回ルシアンにエスコートしてもらうにあたり、事前に衣装の打ち合わせをしている。

ドレスを仕立ててくれるデザイナーからたくさんの生地を並べて見せられた時、わたしの目は自然とブルーグレーを探していた。


ユーリスと一緒にフォグルを倒してから約一ヶ月。

なんだか混乱したまま城に戻り、ヴェールが厩舎の寝床に戻ったのを見届けてから、やっぱりよくわからないまま家に帰った。



ユーリスの温度が、体の全身を撫でるように包んだ時の気持ちよさ。


フォグルのほとんどを倒してくれた軽やかな剣捌き。


わたしを大怪我から救ってくれた守護魔法。


帰りにヴェールに乗せた時、言い訳をしながら肩を掴んだユーリスの熱っぽい目元。


耳元で入り込んだ深い声。



わたしはこれをどういう感情か知っているのに、何故だか知りたくなくて、あの日からずっと曖昧な気持ちでフワフワし続けている。



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妻の座を見据えて…!執念だー
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