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30.守り手の温度(4)



「カミーユ先輩は下がり気味で。なるべく俺の後ろにいてください。防御魔法でアイビーム弾いてくれると助かります」

「わかった。ヴェールに背中を向けておけば、背後を取られることはないと思う」

「そうですね。ヴェール、頼みます」

『心得た』


ユーリスがヴェールにぺこりと会釈をして剣を構え、ギラリと光らせる。

フォグルたちも今にも飛びかかりそうになっていて、一発触発の雰囲気だ。


「防御膜、外すよ!」

「はい!」

「さん、に、いち!」


小声でカウントして防御魔法をやめると、光の膜がスーッと無くなった。一気に霧が濃くなる。


『グルァ!!!!!』


一斉にフォグルが飛びかかってくると同時に、目の光線もバチバチといくつも飛び交った。


わたしはユーリスの後ろに下がり気味に構える。

"インヴィオラ"を光線を弾くため、防御魔法を最小限に何個か丸く展開してわたしたち二人を守った。


ユーリスは光線を気にする様子なく、襲ってくる順に斬り返していく。

右側から飛びかかってきたフォグルを一刀両断すると、返す刀でそのまま左から来ていたフォグルにざっくりと剣を突き刺した。

どちらも黒い煙のようなものを吹き出しながらその場に倒れ落ちる。


『グオオオオ』

『グルァ…!』


フォグルたちはビームを弾いているのが後ろにいるわたしだと察し、狙いをこちらに定め始めた。


よし、来るなら来い。


全身を包むユーリスの温度、背中を守ってくれるヴェールの気配を感じながら自分を奮い立たせる。

どんどんと光線を出しつつ噛みつこうとすっ飛んでくるが、ユーリスの剣に阻まれこちらまで辿り着かない。


「視界悪いですね」

「そうだね…"ヴェント"!」


呪文を唱えると限られた範囲で強風が吹き、フォグルが走るたびに発生する霧が吹き飛ばされていく。


「うわ!助かります!見える!」


ユーリスが喜びの声を上げながら、また一匹倒した。

また時間が経つとモヤモヤとした霧が充満してくるが、強風呪文を適宜使えば、だいぶマシになりそうだ。


それに、ヴェールの圧倒的なオーラや生物としての圧は看過できないらしく、果敢に飛び込んでは来るものの、やはりわたしたちの背後に回り込もうとはしない。

少し気持ちが落ち着いてくる。


また数匹をユーリスが倒し、わたしは防御魔法に集中するよう努めた。

防御膜をずっとぐるりと張っておければいいのだが、ユーリスがフォグルを斬ろうと踏み出すと膜の意味がなくなってしまう。


ピンポイントで防御魔法を展開して光線を弾きつつ、部分的かつ一時的な防御膜も展開させることを繰り返した。

フォグルたちが一気にユーリスを襲うことがないよう、左側のフォグルを対処している瞬間は右側に、と言った具合だ。


ようやくフォグルが半数ほどに減り、残り七匹まで来た。


「だいぶ減りましたね…っと!」


ユーリスが左から来たフォグルの牙を剣で受け止めた瞬間、真正面上と右からもわたしに向かってフォグルが跳んで来た。


「"インヴィオラ"!」


咄嗟に防御膜を張るが間に合わず、右から来ていたフォグルが一匹すり抜ける。


『グアアアアア』


ヴェールが咄嗟にフォグルに向かってブレスを吐いたが、致命傷にはならない。一瞬戦いたように止まった後、また走り出した。

フォグルは強い魔法耐性があり、どうやらそれは竜のブレスも適用範囲内らしい。

ヴェールが『チッ』と舌打ちした。


「カミーユ先輩!」


ユーリスが相対していたフォグルを捌き、咄嗟にこちらに走り出そうとするが、別の個体が二匹一気にユーリスを襲い出して阻まれる。

覚悟を決めて、牙を剥いて飛びかかってきたフォグルに剣を振るった。


ガキン!!!!!!!

牙と剣があたる。互いに力押しのようになり、弾かれた。


「"ディヴィード"!」


間をおかず、右手の人差し指と中指を絡めて斬撃の魔法も撃ってみる。


『ギャァン!!!!』


怯んで剣を離したものの、致命傷にはならない。

すぐに体勢を立て直し、駆けながら目から光線を放ってきた。

フォグルが駆けてくるのと同時に霧が濃くなり、視界が悪くなる。


「"インヴィオラ"」


大きく防御魔法を展開して弾いた。

と、同時に、ブワリと風が吹き、霧が一掃された。


ヴェールが、翼を大きく羽ばたいてくれたらしい。

フォグルが飛びかかってきたところがハッキリと見えて剣を振るうと、今度こそしっかりと斬ることができ、黒い蒸気のようなものを吹き出しながら倒れた。


「よし!」

『カミーユ、左!!!!!』


ドゥン!!!!!!!!!!


ヴェールの声に咄嗟に防御魔法を放とうと左手を出したが、それとほぼ同時に脇腹に強い衝撃がきた。

アイビームだ。


「ぐっ…………"インヴィオラ"」


思い切り食らってしまい息も絶え絶えながら、なんとか防御魔法を放つと、ギリギリでフォグル本体は弾かれたのがわかった。


「カミーユ先輩!」

『カミーユ、大丈夫か!』


二人の声がするが、痛みで顔を上げられない。

ヴェールが鼻先を寄せ、心配そうにしてくれているのがわかる。翼をばさりと広げて、その下に匿ってくれたのを感じた。

こうしている限りはもう襲われることはない。

ヴェールに『ありがとう』と脳内で呟くと、『守れずにすまない』と心配そうな声が返ってきた。


右手を回して脇腹を触るが、血は出ていないようだ。

一瞬「あの衝撃で?」と戸惑ったが、すぐに気づいた。


ユーリスの守護だ。

ユーリスが、わたしを守ってくれたんだ。


衝撃が落ち着いたせいか、血が出ていないことがわかったせいか、ユーリスの守護がかかっていることを思い出したからなのか、少し気持ちが落ち着いた。


またキン、という剣と牙がぶつかる音がして、しばらくすると翼の向こうでドサリ、と何かが倒れた。

一瞬ユーリスだったら、と肝が冷えたが、すぐに「先輩!大丈夫ですか!」と駆け寄る声が聞こえて安堵した。

いつの間にか全個体を倒し切っていたらしい。


ヴェールが翼を畳むと、心配そうに見つめるブルーグレーの瞳がこちらを覗き込んでいた。

いつ間にか霧は晴れていて、真上に煌々と輝く月夜があたりを照らしている。


「ごめん、油断した…」

「いやいや、普段使い慣れない剣で、当然ですよ。怪我ないですか」

「ないよ、ありがとう。光線食らった衝撃で痛かったけど、流血はしなかった。ユーリスの守護呪文のおかげ」


にこっと微笑むと、ユーリスもホッとしたように笑った。


「よかったー!無理やりでもかけさせてもらっといて!」

「本当に。言ってくれてありがとう」


提案がなければ、わたしからは言わなかっただろう。

そしたら今頃は流血騒ぎになり大事だったはずだ。


「さあ、帰りましょう。多分ここからあと五分ぐらいのはずです」

『俺が乗せよう』

「ヴェール?」


驚いて見上げると、ヴェールは神妙な顔をしていた。

この表情を見るのは、ワイバーンに攫われそうになった時以来だ。

物珍しい気持ちで見つめると、ヴェールはフン、と鼻息を鳴らした。


『しょげていない。乗らないのか?」


何も言っていないのに先回りしたように突っ込むと、ヴェールはわたしたちが乗りやすいよう体勢を低くする。

辺りの霧はすっかり晴れ、満月がゆったりと輝いた。

戸惑っているユーリスに、笑いながら告げる。


「ヴェールが乗っていいって」

「え、乗せてくれるんですか?!」


ユーリスは嬉しそうに目を輝かせた。月の明かりがグレーがかった薄いブルーの瞳に反射して、黄金に輝く。


「うん。またしょげてるみたい」

『うるさいぞ』

「ごめんって。よし、乗ろう」


弾みをつけていつも通り乗ると、ユーリスに手を伸ばした。

ユーリスは恐る恐るわたしの手を取ると、勢いをつけて後ろに乗る。


「先輩、……つかまっていいですか」


ユーリスが少し躊躇ったように言い、わたしは前回の時のことを思い出した。

腰に手を回してきたんだよな。


あれ、嫌じゃなかったけど、結構びっくりした。

あの時はものすごく意識しすぎることはなかったけど。


ユーリスに守護魔法をかけられる時の、温かい手が全身を撫でるような気持ちよさを知ってしまった今、大丈夫なんだろうか。


一瞬躊躇ったが、掴まらせないわけにもいかない。


「いいよ、どうぞ」


声をかけると、ユーリスは躊躇ったように手を逡巡させた後、肩に捕まった。


あれ?

なんとなく拍子抜けして、半分振り返る。

ユーリスはちょっと目元を赤くして、


「あの…脇腹、痛むと思うので……」


ポツリと呟いた。

耳元で深い声がして、体の表面をソワリ、と痺れが駆け巡る。


うわ、うわあ。


可愛い。


言い訳みたいな戸惑いが、わたしの心をギュッと掴んで離さない。


どうしたらいいのかわからないぐらい、ユーリスを意識してしまっている自分に気づいて、声が出ない。


そもそもユーリスは、ずっと信頼できてかっこいい後輩だった。

前世でも優しい後輩だったし、うるさいタイプじゃないけど言うべきことは言うタイプで、裏表もない。

今日だってフォグルの群れをほとんど一人で倒してくれるぐらい、強くてかっこいい。

いざという時、いつも助けてくれる。


知っている。

知っているけど。


もう心は思いっきり持っていかれているのに、怖い。


自分の感覚を信じることが。

もう何度も失敗してきて、それでも自分の心をありのままに信じることが、怖い。



なんだかどうしていいかわからなくなってしまって、厩舎にたどり着いたときにはホッとした。






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