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29.守り手の温度(3)



うっかりその世界に入れられてしまった一頭であるヴェールが、呆れたように『おい、守護魔法どうするんだ』と言った。

その声が頭に響いてハッとしたのと同時に、ユーリスがそのまま言葉を続けた。


「カミーユ先輩が守護魔法苦手なの、知ってます。カミーユ先輩が強いのも。

でも心配だから、今日だけは、かけさせてほしいです」


"王子様みたい"なユーリスが、必死な様子でわたしのための魔法をかけたいとお願いしてくれる。

それがなんだか嬉しくて、ユーリスの視線の熱にじんわりあたためられて、自分の心が解けるのがわかった。


「うん、わかった。お願いしていい?」


こくりと頷くと、ユーリスはホッとしたように目を細めて笑ったのも束の間、心配そうな顔になりヴェールの方を見る。


「ヴェール、許してくれますかね。いつもヴェールも嫌がるんですよね?」


そういえば、とわたしもヴェールの方を見る。

何故かヴェールは、わたしが守護魔法をかけられるのを嫌がるのだ。

するとユーリスはヴェールの顔を見て、お願いし始めた。


「ヴェール、大丈夫かな。フォグルは魔法で斬撃を出す魔物だから、いざという時のためにカミーユ先輩を"守護"しといた方がいいと思うんだ」


ユーリスにはヴェールの声は聞こえないのに、目を見て話しかけている。


ユーリスってこういうところが"良い奴"なんだよなあ。


ヴェールが何を言っているか分からなくても、最初からわたしを通訳にしようとしない。

自分の言葉を、直接相手に伝えようとする。

それはヴェールを心の片割れのように思うわたしにとって、大切で特別な様子だった。


『俺に聞くな。カミーユが嫌じゃないならかけてもらえ』


ヴェールがヒトなら肩をすくめているのでは、というような調子で、しれっと答えた。


「いいの?」


驚いて問う。

するとヴェールは、今度は少し真剣な調子で答えた。


『カミーユが受け入れると決めたならそれでいい』

「いいって!」


笑ってユーリスを振り返ると、ユーリスも安堵したように息をつくと「ヴェール、ありがとな」と鼻先をゴシゴシと撫でた。

ヴェールはふん、と鼻息を出したが、気持ちよさそうにしているのがわかった。


「じゃあ、かけさせてもらいます。フォグルもうるさいですし、さっさと倒しちゃいましょう」

「そうだね」

「ちょっとだけ、触ります」


何となく緊張したような面持ちになり、またわたしの近くまで寄る。

ユーリスは右手の人差し指を立て他の指は軽く握り込むと、自分の額に当てた。

そして、左手のひらをそっとわたしの頭に乗せる。

じんわり汗ばんだような体温が、おでこの辺りに伝わった。


「プレカリ・ディジティス・クルチアティス」


ユーリスの透き通るようなテノールが囁く。

ブワリ、とわたしのからだが金色に光り、ユーリスの体温が全身を覆った。

術者の体温が体の表面を這いずり回るような居心地の悪さを覚悟して身をギュッと固くしたが、すぐに気づいた。


気持ち悪くないな。


なんだかくすぐったくて恥ずかしいが、サラサラと撫でられるようだ。

陽だまりにぽかぽかと温められるような、そんな気分。


ユーリスに全身を触られているかのようなのに、ゾワゾワとするわけではなく、むしろ、気持ちが良くて、なんだか変な気分になる。


体の中心がギュッと熱を持って、頬に血が上るのがわかった。


「どうですか、大丈夫ですか?」


ユーリスが心配そうに聞いてくれる。


「だ、大丈夫」


ぎこちなく頷いて見せると、ユーリスは申し訳なさそうにちょっと俯いた。


「すみません、心地悪いと思いますが、しばらく我慢してください」

「いや、うん、えーっとね、大丈夫」


まさか「むしろ気持ちいいです」とも言えず、あたふたと返事をする。


守護魔法、術者によってこんなに違うとは。

これまでかけてもらう機会が少なかったため、全く知らなかった。


そもそも守護魔法はあまり一般的な術ではない。

習えば使えるようになる種類のものではなく、完全に生まれつきの才能に左右される上にレアな能力だ。

守護魔法を扱える術者は極端に少なく、そのほとんどは神官になることが多い。

故にたまたま家族が守護魔法を使える術者だったりしない限りは、かけてもらったことがない者がほとんどだ。


守護魔法は使用に体力や魔力と同じように守護魔力の上限がある。そのため、守護魔法は基本的に日々王族を優先して使用される。

王族を守護するということは、国を守護するということと同義だ。国を守護する神官になることが出来れば、大変高額なお給料を得ることが出来る。

要は神官自体がエリートコースの一つで、だからこそ守護魔法を使えるものは大抵迷わず神官の道に進む。特に平民以下の出身の場合はそうだ。

神官になることが義務というわけではないので、ユーリスのように別の職種に就く者もいるにはいるが、かなり珍しいパターンである。


きっと守護魔法は術者との相性があるのだろう。

王族に対する守護魔法については、術者との癒着が起きないよう基本はお当番制らしいが、心地悪い時はこっそり我慢しているんだろうか。

想像し、なんだか王様が少し気の毒になった。

考えを巡らせていると、身体を包んで撫でる守護魔法の温度に慣れてきて、少し落ち着いてきた。


『おい、済んだならさっさと倒しちまおう』


ヴェールが心もちニヤッとしながら声をかけてきた。

ヴェールはわたしの心の中を全部わかっている。

わざわざ口に出すような意地悪はしないが、わたしがアワアワしているのを見ながら楽しそうだ。


「よし、じゃあ明かりつけるね」


気を取り直し、左手の手のひらを上に向けて握り込んだ。

右手で剣を握りしめる。

ユーリスがはい、と頷いたのを確認し、呪文を唱えた。


「"イルミナ"!」


同時に手のひらを解くと、ぶわり、と明かりが灯った。


『ヴァオーーーーーーン!!!!!!』


こちらの姿が煌々と照らし出され、フォグルの雄叫びが重なる。


「よっしゃ、行きますか!」


ユーリスがブルーグレーの瞳を爛々と輝かせた。

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