28.守り手の温度(2)
『"騒がれてる"とかじゃなくて。カミーユ先輩がどう思うのか、知りたいです』
そう言ったユーリスの、深い森にかかる霧のようなブルーグレーの瞳に射抜かれる。
なんだか、急に心細い気持ちになった。
ずっと知っていた、かわいい後輩のユーリスでも、かっこいい王子様のようなユーリスでもないみたいだ。
ユーリスの瞳は、わたしの勘違いでなければ、なんだか熱を持っているようで。
でも、表情が読めなくて、
なんだか、顔自体も見えづらい…
はて、と首を捻る。
ユーリスの顔が見えづらい。物理的に。
霧が、さっきよりどんどん濃くなってる…?
ユーリスも異変に気づいたらしく、ユーリスもきょろきょろと見回し始めた。
『カミーユ、左だ!』
ヴェールが叫んだのが聞こえたと同時に、咄嗟に左手をそちらに向ける。
「"インヴィオラ"!!!!」
厚く防御膜を張った瞬間、その向こうで暗い火花のような光線がぶち当たって跳ね返るのが見えた。
『グルァ!』
獣のような咆哮が聞こえる。
すぐ近くだ。
膜のすぐ外に間違いなく何かがいる。
間髪入れずにもう一度"インヴィオラ"を唱え、今度わたしたちをドーム型に囲うように発動させた。
チラチラと小さい光がいくつも蠢く。恐らく魔物の目だろう。
「魔物ですね」
グッと隣に寄ってきたユーリスの顔は引き締まっている。
防御呪文を面で発動させた場合、物理攻撃や人の通行を防ぐことはできないが、魔法や魔物については完全に防御できる。
「霧の原因、これかもね」
「ですね」
『コイツら、何なんだ。狼みたいなのがいっぱいいるぞ』
ヴェールが焦れたように言う。
竜は暗いところでも視界がよく効く。
「狼…?!」
「霧を出す…」
ハッと気づいてユーリスと顔を見合わせた。
「フォグルね」
「ですね。だとするとまずいな…」
ユーリスが眉を曇らせて剣をチャキリ、と握りしめる。
フォグルは基本、単独行動はしない。割と大きい群れを作ることも多く、狙いを定めた獲物を捉えるまで絶対に諦めないことが特徴だ。
さらに魔法耐性が高く、物理攻撃で斬るしかない。
つまり、わたしやヴェールの攻撃にはあまり期待ができないということになる。
とりあえずは魔法で剣を錬成しようと、両手をパチンと合わせた。
「"エンシス"」
唱えながら、ブワリ、と両手を横に広げていく。
ギラリと銀色に光る刀身に黒い鍔、テニスラケットのグリップのような握りの剣が現れる。
通常の剣は握りまで金属だが、なるべく握りやすいように…と思い浮かべたらこんな感じになった。
だ、ダサい。見た目がダサすぎる。
我ながら大変ダサい出来栄えだ。
グリップを差し引いても、あんまり出来の良い剣じゃない。しかし、ないよりはマシだ。
剣に限らず武器は専門の武器屋や鍛冶屋でもないと、なかなかうまくは作れない。金属を扱うのはコツや鍛錬がいるのだ。
「カミーユ先輩、さすがですね」
ユーリスが感心したように呟く。
どうやら、わたしに剣がないから、自分一人で戦わないといけないと思っていたようだ。
『カミーユ、あんまり頂けない剣だな』
ヴェールは笑いを含んだ声でからかってきた。
わたしはヴェールをちょこっと小突くと、ユーリスに向き直る。
「大したことないよ。先に謝っとくけど、剣、人並み程度にしか使えないの。多分ユーリスの足引っ張る。ごめん」
「いつもフォローしていただいてるんですから、こんな時ぐらいのんびりしててください。…と言いたいところですが、数がかなり多そうですね…」
こうしている間にもなんどか、防御膜に火花のような光線がぶつかっては反射している。
フォグルは走ると霧が発生することと、目から斬撃の光線を出せることが特徴だ。
『グルルルル…』
『ガルル……』
「そうね。やっぱり群れだね」
複数の声が重なっていた。よく見えないが、数も多そうだ。
少なくともフォグルの目らしき光が、十数個は瞬いている。
「明かり、つけようか。こっちの状況、バレバレになるけど。どうせ向こうは夜目、利いてるだろうし」
隣のユーリスをチラリと見上げる。
「そうですね……あの!」
ユーリスは思案するように一瞬目線を上にやり、その後わたしの顔を覗き込んだ。
急に整った目鼻立ちの顔が近くに現れ、思わずドキリと心臓が跳ねる。
いつも澄んでいるブルーグレーの瞳は、この霧と闇でいつもより濃く、深く見えた。
ユーリス、意外と距離感近いんだよな。
かわいい後輩、とだけ思っていた時には気にならなかったことが今さら気になる。
ワイバーンから助けてもらった後も、わたしの肩ではなく腰に掴まっていた。
他の女の子にもこんな感じなのかなあ。
だとしたら、なんだか嫌かもな。
ふと変な感想が浮かび、慌てて打ち消した。
ユーリスは眉根を少し寄せ、気遣うように首を傾けた。
「守護魔法、かけさせてもらえませんか」
「え?」
ユーリスの申し出に、思わず目を瞬かせる。
ユーリスは真剣な顔つきで、わたしをじっと見つめている。
「今、"竜の加護"、ない状態ですよね」
「うん…降りちゃってるからね」
ヴェールの方を見上げる。
ユーリスも釣られたようにヴェールを見た。
『乗って戦うか?それか戦闘をユーリスにまかせろ』
ヴェールが飄々と無茶なことを言う。
「無理だって。剣が届かないし、数が多すぎるでしょ』
ちょっと笑うと、何となく会話が文脈でわかったのか、ユーリスも笑った。
「俺が二人を守りながら戦いきれればいいんですが。さすがにちょっと、自信ないです。助けてください」
あ、かわいい後輩のユーリスだ。
ちょっとだけホッとして、思わず微笑みかける。
ユーリスはなんだか目周りをブワリと赤くして、そのままもう半歩近づいてきた。
完全に上から見下ろされるような格好で、ユーリスの目は潤んでジワリと熱を持っていて、
なんだか、このまま、キスでもされちゃいそうな…
透けるドームのような防御膜の向こうでは、
魔物が唸り、
光線がぶつかって反射し、
霧が辺りを充満させ、
わたしたちは獲物として魔物の群れに狙われている。
なのになんだか、この瞬間わたしたちは世界にふたりと一頭だけみたいだ。




