27.守り手の温度(1)
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「なんか…この時間にしては暗くないですか?」
孤児院での慰問が終わり、帰ろうとした時のことだ。
なんだかやけに辺りが静まり返っていることに気がついた。何となく不安な気持ちになり、近くにいた先輩に話しかける。
「確かに…ていうか、こんなに曇ってたか?」
先輩も首を捻り、顔を見合わせた。
今日は特殊部隊から数名と竜騎士であるわたしで、王都にある孤児院へ訪れている。
さっぱりと晴れた爽やかな風が吹く一日で、子どもたちと庭で遊ぶには適した天気だった。
今はもう夕方ではあるが、それにしてもなんだが薄気味悪い暗さだ。
『霧が濃すぎる。これでは飛べないぞ』
ヴェールが困ったように言う。
竜の瞳は闇に強く、暗がりでも難なく飛べる。
だが、霧で視界が覆われてしまっていては、せっかくの夜目も無駄である。
「確かに…歩くしかないよね。三十分ぐらいで着きはするし」
なるべく明るく言うと、ヴェールはわたしの心中を慮るかのように、鼻先をわたしの頬に擦り付けた。
「カミーユ、大丈夫か?ヴェール、霧が濃くて飛べないよな」
一緒に慰問にきていた、ジュリアノの同期のバスティアンが心配そうに話しかけてくれる。
心配をかけるのが申し訳なく、ニコッと笑った。
「そうなんです。でもここから厩舎まで歩いたって、三十分ぐらいですから」
気にしないで、の意味を込めて言ったが、バスティアンの顔は余計に曇った。
「歩くと結構遠いよな…。俺が一緒に歩いてあげられれば良いんだけど、このまま真っ直ぐ家に帰って子どもの面倒見ないといけなくて…」
バスティアンが申し訳なさそうに言う。
バスティアンは去年結婚し、今年双子の赤ちゃんが生まれたばかりだ。いくらメイドもいるとは言え、子育ての大部分を奥様が担っている状況らしい。
特殊部隊は突発的な遠征が多い中、今日のように終わりの時間がはっきりしている仕事の日は貴重なのだそうだ。
ちなみに、わたしの次兄であるジュリアノも昨年娘が生まれてデレデレしている。
『バロウワーム戦闘の時、なんでおじさん隊員がみんなクッション呪文使えたのか、理解したよ。
子供たちの安全を守るためだったんだな!』
どうやら、ちょっと目を離した隙に転びそうになったり落ちそうになったりするのが赤子というものらしい。
親になるといざという時のため、魔法が得意でない者も含めて皆、"モリオ"を練習するのだそうだ。
「いやいや、もちろん大丈夫です。お気になさらず。ひとりでも帰れますから。わたし結構強いんですよ?いざとなったらヴェールもいますし」
もう一度笑ってみせると、バスティアンは心配そうな顔を崩さず首を振った。
「カミーユは貴族の令嬢だ。夜道をひとりで歩かせるわけにはいかない。それに、魔法が効きづらい相手もいるだろう。せめて誰か一緒に歩かせよう。えーと、今日直帰しなくていいのは…ユーリス!ちょっといいか!」
うわ、と思ったが止める間もなく、バスティアンが声を張り上げ、ユーリスが走って寄ってくる。
「何かありましたか」
「ヴェールが飛べないんだ、この霧で。カミーユが歩いて帰らないとならないから、ユーリス一緒に歩いてもらえるか?」
ああ、と心得たように頷き、「もちろんです」と笑った。
わたしは慌てて手を振る。
「いや!申し訳ないですし…」
後輩を自分に付き合わせて帰りを遅くさせるのが忍びなく、ごにょごにょと抵抗した。
「なんだ、ユーリスが嫌なのか?」
バスティアンがふざけて聞いてきたので、「そういうわけじゃないです!」と即座に否定したが、ユーリスは「え、そうなんですか」とちょっとショックを受けかけている。
「ちがいますって!わかりました、ごめんユーリス、悪いけど一緒に歩いてくれる?」
バスティアンがユーリスを選んだのは、独身で決まったパートナーもいないことが明確で、かつ魔法はともかく剣は間違いなく強いからだろう。
ユーリスとは仲も良いし、今日来ているメンバーだったらいちばん話しやすい。
必ず誰かと帰らなければならないのであれば、ユーリスと帰るのが気は楽かもな、と内心で考え、そのまま受け入れることにした。
「本当に天気悪いですねー」
「そうだね…」
歩き出すと、霧の濃さや辺りの暗さが余計に気になった。ただの田舎道なのに、深い森のようだ。
二人で並んで歩き出すと、足元の砂利がざくざくと音を立てた。
ここ、トリヴェール王国の首都であるルミエールは、"秋"の土地だ。雨が少なく穏やかな気候が特徴で、美しい晴れの日が多い。
こんな風に天気が悪いのは珍しく、だからこそ不安な気持ちがより一層掻き立てられる。
「ま、サクサク帰りましょ。お腹も空きましたし」
『そうだ。俺も帰ったらとっておいた葡萄酒を飲むのだ。早く行こう』
ユーリスとヴェールのあっけらかんとした様子にホッとする。心強い同僚たちだ。
ヴェールの一歩とヒトの一歩では大分差があるため、ヴェールはかなりゆったり歩いてくれている。その隣でユーリスとわたしはスタスタと歩き始めた。
「そういえば、リオネルさんと別れたらしいですね」
ユーリスがサクッと突っ込んだ話題を出してきて、わたしは思わず傾いだ。
「言わないで…またかよって言うのは自分がいちばん思ってるから…」
「またかよとは思って…ますね、すみません」
ユーリスはニヤッと笑う。
何故だか嬉しそうだ。
王子様っぽい端正な外見に反して、ユーリスは割と気さくなタイプだ。だからこそわたしも、今まで変な意識をせずに特殊部隊の仲間として仲良くやって来れた。
『本当にな。カミーユにはそろそろ落ち着いて欲しいものだ』
ヴェールまで茶々を入れてくる。
ユーリスには聞こえていないが、わたしは一気に二方向からザクザク刺され、がっくりと肩を落とした。
「もう。この間もアランに散々いじられてさあ」
別れた次の日の食堂でのことをちょっと愚痴る。
ユーリスは何故か一瞬顔を固まらせた後、「アハハ」と笑った。
「アラン先輩、ストレートですからねえ」
「そうなんだよね。遠慮がなくて生意気だし…まあそこがかわいいんだけどさ」
派手で目立つアランだが、実際に接してみると人懐っこくて可愛げがある。
ユーリスは「え、」と声をもらすと、またも少し顔をぴくり、と固めた。
キリッとした眉を顰め、ちょっと隣を歩くわたしの顔を覗き込んでくる。
「アラン先輩のこと、アリですか?男として」
「アラン?ないない、全くないよ」
思わず吹き出す。
アランは生まれながらのモテ男だ。
とにかく人との距離感が抜群に上手く、相手を良い気分にさせることが上手い。冗談でそれっぽいことを言ってくることはあっても、わたしが適当に流していればそれ以上追ってるくることはない。
自分がモテる自覚があるのでたまにうざったい時もあるが、基本的にはわたしがアランに恋愛的な興味が全くないことを理解している様子だ。
男所帯に女性はわたし一人という状況で日々働く中で、女性に対して変な緊張がない、アランのような気遣いの上手い後輩がいることはかなりありがたかった。
ただアランには、『俺を男として見てない女性、城でカミーユ先輩ぐらいッスよ』とたまに不思議がられてはいるが。
ちなみに前世でもそんな感じの関係で、わたしはアランにとっては珍しくただの女友達だったようだ。
前世のアランは今世の比にならないぐらい女遊びが激しく、前世で出会った男性一モテていた。
爽やかな笑顔と人懐っこさも変わっていない。
「わたしね、うちの兄で言うと、アルベールみたいな人が好きなの。品行方正な感じの。アランはどっちかというとジュリアノっぽいよね。
それこそジュリアノには、『カミーユは王子様っぽい男とばっかり付き合う』って茶化されちゃったけど」
「ああ、なるほど」
ブラコンっぽいかな、と躊躇いつつ、長兄と次兄の名前を出すと、ユーリスは納得したように頷いた。
アルベールは文官だが、エリート街道まっしぐらで有望な若手として名が知れている。恐らく知っているだろうと思い特に説明はしなかったが、やはりご存じだったようだ。
ジュリアノは特殊部隊で、ユーリス直属の上司だから当然よく知っている。
そういえば、二年前にワイバーンから助けてくれた時のユーリス、王子様みたいだったな。
あんまりに煌めいて助けに来てくれたから、あの後しばらく顔を見るたびどきどきしてたっけ。
こっそり懐かしく思い出す。
それまで"有望でかわいいけど、まだ頼りない新人"という認識だったのに、突然"かっこよくて頼れる後輩"になった。
正直、アランとユーリスは全然違う、と内心考える。
もちろん二人とも同じようにかわいい後輩だ。でもユーリスは二年前のあの日から、"王子様みたい"というフォルダに入ってしまった。
そのせいで、わたしにとってはずっと"男の人"なのだ。
毎日一緒に訓練して戦う仲間のひとりである後輩だからこそ、そういう目で見ていることがバレないよう、内心ひっそりそう思っているだけだが。
恋愛的に好き、とかではないけど。
前世で言う、"推し"に近いかもしれない。
スタスタと歩いていたユーリスが、不意に歩くのをやめた。
どうしたのかと振り返ると、ユーリスはじっとわたしを見つめた。
「じゃあ、俺はどうですか」
「え?」
「俺、"王子様っぽい"って言われます」
突然の主張に訳がわからず、思わず戸惑う。
「た、たしかにね。ユーリス、"王子様"って騒がれてるよね」
わからないなりに答えると、ユーリスは不満そうに凛々しい眉を曇らせた。
「"騒がれてる"とかじゃなくて。カミーユ先輩がどう思うのか、知りたいです」




