26.前世の終点はどこへ向かう(6)
そして、カミーユが脳裏から離れなくなった、あの日が来た。
入隊二年目の中頃に起きた、ゴブリンの群れとバロウワームとの戦いだ。
順調にゴブリンの群れを倒し、自分自身の成長も実感できる場面がいくつかあった。イレギュラーにバロウワームが襲いかかってきた時にも特殊部隊皆で対抗することが出来た。
最終的に倒す決め手になった背中への一打も、カミーユの同期であるハイトと俺が担った。
だが最後に俺はバロウワームの触手の上に落ち、無理矢理地中に引き摺り込まれそうになって『終わったな』と思った。
しかしその時、空から颯爽とカミーユとヴェールが現れた。
夕陽を背中から受けて飛ぶカミーユはポニーテールを揺らし、艶めく深いグリーンの鱗の上でキラキラと発光しているかのようだった。
カミーユに『信じて』と言われた時、俺は即座に全身も心もカミーユに委ねた。
それと同時に炎が俺を包んだ。
カミーユが信じろと言うなら俺は信じる、と頭で考えるより先に自分の細胞全てが選択していた。
あの時俺の全てを思い切り預け切ってしまったからか、炎が消えて助け出された後も、俺の心はカミーユの元から動かなかった。
あれが他の人による救助だったらどうだったんだろうと何度考えても、現実にはカミーユが俺を助けてくれていて、その事実は変わらなかった。
そしてその途端、単なる事実だったカミーユにまつわるエトセトラが鮮やかに俺の脳みそを支配し始めた。
ヘルシーなのにアンニュイな美しさ、
真っ直ぐで打算のない優しさ、
それに飛び抜けた努力家であるとか、
何より竜騎士としてのかっこよさと実力。
それに地上に降りた時の年相応の可愛さや品の良さ、嫌なことは嫌と言える強さ。
カミーユの美点が全て意味を持って俺の視線を奪い始めた。
間違いなく俺は後輩として可愛がられている、だがそれは単なる後輩としてだ。
きっと俺がゴリラのようなブ男でも、とんでもない巨漢でも、俺が俺である限りきっと同じように可愛がられていただろう。
それが以前は嬉しかったのに、今は何故かちょっと切ない。
後輩として可愛がられなくてもいい、少しでも異性として意識して欲しい。
カミーユがストレートな気持ちのままに、視線に熱を乗せる相手の男として選ばれたい。
カミーユは押されて好きになってくれるタイプじゃない、カミーユから好きになってもらわないといけないのだ。だがどうしたらいいのか全くわからない。
正直な話、恋愛なんてこれまでイージーモードだった。
イージーモードしかプレイしてきてないから当然だ、無意識に俺のことを好きそうな女の子の中から好きになって、なんとなくで付き合えて来ただけだ。
俺のことなんか全く眼中にないことがわかる相手に恋焦がれるなんて初めてのことだった。
会うたびに心臓がギュッと掴まれたようになり、指先は痺れ、話す声が上擦らないように細心の注意を払うような恋、したことがない。
これを"恋"と呼ぶなら、これは俺の初恋だった。
どうしていいのかわからないまま、ただいたずらに時は過ぎ、俺は入隊三年目を迎えた。
アリエノールの言う『新しい運命』は、全く上手くはいかなかった。
あの日女神のように現れて俺を救ってくれたカミーユは、日常生活に戻ってもキラキラと輝き続け、そして相変わらず俺はどうしたら好きになってもらえるのかわからないまま無作為に過ごしていた。
懐いている俺のことを間違いなく可愛がってくれている、だがそれは大型犬を愛でるかのような態度のようで、嬉しいには嬉しいが、真に俺が欲しい気持ちではなった。
かと言って好きだ好きだと気持ちをあからさまに出すのも怖く、可愛い後輩ポジションを崩せないまま近くでカミーユを見つめ続けた。
そしてある日、俺の人生最悪の瞬間を見てしまった。
カミーユが特殊部隊出入りの商会の子息・リオネルと恋に落ちる場面を目撃したのだ。
明らかに他の男には許さない一歩踏み込んだ距離感で見つめ合い、言葉を交わしていた。
その後程なくして『カミーユ先輩と商会の人が付き合ったらしいぜ!クソ!』という噂が同期のレミーから持ち込まれ、前回と同様のしれっとした態度を保つことに苦労をした。
なんと、人生初の失恋である。
数日へこんだが、付き合い続けるとも限らない。
まだ諦めるのは早いと何とか自分を奮い立たせて日々カミーユに近いポジションをキープし続けた。
***
「まあよかったじゃん、とりあえずカミーユ先輩がフリーになってくれて」
アランが馬車を磨き上げながら、面白がっている様子で俺に言った。
「……他の人に言わないでくださいよ」
「何がだよ。ああ、ユーリスが先輩を……」
「おいおいおいおい、声デカいですって。誰かが聞いてたらどうするんすか」
泡を食って止めると、アランは呆れたように笑う。
実際には厩舎には俺たちと馬たちだけだが、万が一ということもあるだろう。
「隠してどうすんだよ、どうせ周りにもバレてるって。ハイト先輩は鈍いから全然気づいてなさそうだったけど」
ハイトは噂話が好きな割に勘は鈍い。
助かった、と息をついた。ハイトにバレるとは、特殊部隊全員が知ることになることとほぼ同義だ。
「ていうかお前、さっさときっちり狙いに行けよ。ユーリスがちんたらしてるから、よくわかんねえ食えない男に適当につまみ食いされちゃったんじゃねえか」
「つまみ食いとか言わないでくださいよ…」
思わずブローを食らって肩を落とすと、アランは笑った。
「つまみ食いは単なる比喩だって。多分、ヤッてないよあれは。しててせいぜいキス程度だな」
アランはあけすけに下品なことを言った。
爽やかな顔立ちで女の子に人気があるが、男だけの場では割と下衆なところが出てくる。
平民からたたき上げで特殊部隊に入っているだけあり、多分そのちょっとワルそうな雰囲気もモテる秘訣なんだろう。
「……何でそう思うんですか」
ジトリ、とアランを見ると、またニヤッと笑った。
「この間カミーユ先輩が別れた直後、めちゃくちゃ凹んでててさ。食堂で一緒になったから話聞いたんだよ」
アランとカミーユは同じ竜騎士ということもあり、よく行動を共にしている。
羨ましいことこの上ないが、明らかにカミーユの態度は気を許した兄弟に接するような態度だ。実兄であるジュリアノへの様子と違わないため、あまり警戒はしていない。
アランは女の子への手は早いが、その分自分への好意の有無には敏感で、カミーユが全く自分に興味がないこともよくわかっているようだ。
「その時にさ、曖昧な言い方だけど『頭や体がついていかなくても、心が引っ張られちゃう』みたいな話してたんだよな」
「頭や体……」
繰り返して呟くと、アランは「そう」と頷いた。
「それって多分さ、裏を返せば『反射的に恋に落ちて付き合っちゃっても、その男が実際どんな奴なのかは理性的に判断してるし、その理性のお眼鏡に敵わない男との身体的な接触は勝手に拒否しちゃう』って意味だと思う」
「なるほど……」
推測に過ぎない話ではあったが、なんとなく腑には落ちた。
そもそもカミーユは守護魔法も苦手だと聞いたことがある。
『あれって術者の体温で包まれる感じじゃない?なんだか相手の手が身体の表面を這いずってるみたいで、苦手なんだよね…ごめん』
俺が守護魔法を使えるからと、申し訳なさそうに理由を話してくれた。
女性だからなのか、それともカミーユ特有のものかはわからないが、恐らくカミーユは本能的に身体的な防御反応が強いタイプだ。
「カミーユ先輩、本気で落とそうとしたら、多分マジでムズイぜ。上手くやれば一旦付き合えても、ちゃんと芯から好きにさせないと生殺しだ」
アランは馬車磨きの最後の仕上げにかかりながら、面白そうに言った。
「落とすとか、品のない言い方しないでくださいよ。俺、真剣に好きなんすよ」
俺もキュッキュッと音を立てながら馬車をピカピカに仕上げつつ、ヤケになって仏頂面で宣言する。
それがまた「おお〜」とアランを余計に面白がらせてしまったので、目元を赤くしながら黙って道具を片付け始めた。




