21.前世の終点の先はどこへ向かう(1)
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「またダメだったんですけど〜〜〜〜!」
わたしの悲痛な叫びが食堂に木霊する。
「先輩、また別れたんですか?」
「またとか言わないでッ」
余裕の表情でうすら笑いしているのは、特殊部隊の後輩、アランだ。
「実際"また"じゃないスか」
「そうだけど…」
「第一騎士隊のキラキラ小隊長でしょ、クールな眼鏡の文官に、今回はにっこり朗らか商家のご子息…バリエーション多彩ですねえ。共通点はお育ちが良さそうな王子様っぽい男ってところですか」
アランは首をすくめてわたしの元彼を数える。
「カウントしないでよぉ…」
情けなく見上げると、アランはケラケラ笑った。
「どれも本当の話でしょ」
今世三度目の恋は、リオネル・アルジェントという城を出入りしている商家の跡取り息子だった。
リオネルはどちらかといえば小柄で、いつも仕立ての良い三揃いのスーツをきちんと着ている。
あっさりと整った顔立ちで、いつ会っても感じのいい挨拶をしてくれる男性だ。
「ああ、カミーユ様」
ゴブリンの群れとバロウワームを倒してしばらく経ったある日のことだ。
特殊部隊の執務室に戻ると、ちょうどリオネルが商会に頼んだ品を届けにきてくれたところだった。アランとやりとりしていたようだ。
去年までの備品係はわたしとハイトで、三ヶ月ほど前に一つ下の後輩であるアランたちに備品係を引き継いだ。
基本備品係は、三年目の隊員が担当することになっている。新人では必要なものの把握が難しく、丸二年半勤務して、なんとなく全体の流れがわかってから引き継ぐためだ。
特殊部隊の中でも、特に竜騎士部隊の備品については竜騎士でないとわからないことも多いため、アランがわたしに色々と尋ねてくることも多い。
だがリオネルと直接のやり取りをすることは、もうアランに引き継いでしばらく経つのであまりなく、顔を合わせるのは久しぶりのことだった。
「いつもお世話になっております。お久しぶりですね」
ふんわりと微笑み、軽くお辞儀してくれる。
「リオネルさん、お久しぶりです。今日は武器関係の補充ですか」
久しぶりに会えたリオネルの笑顔にドキドキしながら笑い返すと、リオネルは頷いた。
「仰る通りです。先週ご依頼頂いていた分ですね。今ちょうどアランさんと次回のご納品についてお話しさせていただいてたところです」
「そうでしたか。アラン、困ってることはない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
アランは爽やかな笑顔でニカッと笑う。
アランが十九歳で入隊してきた時は、城に勤める女の子たちにセンセーショナルな衝撃が走ったらしい。
いかにもモテてきました!というような明るい雰囲気で、実際かなり女慣れしていてわたしにも優しい。女性にだけでなく人好きのするタイプで、気遣いも上手い。
アランは竜騎士にしては非常に珍しく、平民出身だ。代々一族は魔法が使えなかったそうだが、突然変異で魔力が顕現したらしい。
貴族でお育ちの良いお嬢様たちが主である城の文官たちにとって、自由な雰囲気かつ自信に満ち溢れた男らしいアランは大変に目新しかったようだ。
わたしはあんまり好みのタイプじゃないけどね、と内心呟いた。
だったら、と思う。
同じ平民出身でも、リオネルみたいにきちんとしていて穏やかそうで誠実な感じの人の方がいいな、というか、かなり好ましい。
…とまで考えたところで、おっと危ない、と気持ちを引き締めた。
何故ならリオネルは、わたしの前世・碧ちゃんの元カレだからである。
これまた最初に目があった瞬間、『前世の原田知樹だ…』とすぐにわかった。ロデリックやハイトと同じく、前世での会社の同僚だ。
ただ、今回はタレスと異なり第一印象からほぼ一目惚れのように好きになってしまうということはなく、知樹だと認識しただけだった。
リオネルの生家・アルジェント家は、一世代前の戦いで物流を一手に担って男爵位を与えられた流れもあり、騎士団への武器関係の流通やそれ以外にも細々とした入り用のものを届けてくれる立派な商家だ。
大きい商家だが融通も効き、代々当主も使いの者も感じが良いと有名である。
去年わたしが備品係だった時も、リオネルは細々とフォローしてくれたため、自然と関わる場面が増えていった。
すると仕事に対するきっちりとした細やかさや熱意等が見え、好感度はうなぎ上りとなっていった。
ちなみに、今世ではまだ鰻を見かけていないが、それはどうでもいいことだ。いや、久しぶりに食べたいが。
つまり、現在、今世のわたし・カミーユは、またもや思いっ切り前世の元カレであるリオネルに恋してしまっている最中なのである。
内心うっとりする気持ちと、いやいやイカンイカン、と心を引き締める気持ちとであたふたしているところに、ロデリックが通りかかった。
「あ、おいアランいた!隊長が呼んでるぞ!」
「隊長ですか?なんだろう」
「わからん、俺も呼ばれたから一緒に行こう」
了解です、と返事をしたアランは、リオネルに「じゃあこれでよろしくお願いします」と丁寧に挨拶をすると、わたしにも「お疲れ様です」と会釈をして立ち去った。
なんとなくリオネルと二人で残されてしまい、そのまま少し喋る雰囲気になる。
リオネルと話せる嬉しさとやましい気持ちを抱えている気まずさとで内心ごちゃごちゃだ。
「それにしても、カミーユ様とお会いできるのはお久しぶりですね」
ニコッと微笑みかけてくれるリオネルは、相変わらず穏やかで誠実そうな雰囲気だ。
「そうですね。お話しできる機会が減っちゃって、寂しいです」
素直に伝えると、リオネルは嬉しそうに顔を赤らめた。
「私もです。こんなことを言っては不敬かもしれないとは存じますが…カミーユ様とお話しさせていただくことを、いつも楽しみにしておりましたので」
少し顔を近づけて、ワントーン落とした声で囁かれた。うっとりとするようなテノールの声だ。
思わず心臓がコトリ、と音を立てる。
「わたしも…です」
ドキドキしながらちょっとだけ見上げるような形で、小柄なリオネルの瞳を見つめた。
ふとリオネルの視線が熱を持ち、わたしの唇の辺りを見つめた後、そのままグッと目を合わせてくる。
見つめられた唇が焦がされたようにジリジリとした。
さっきまであんなに自分を自制しようとしていたのに、もうこんな風になったら心をとめることは難しい。
「あの…お嫌でなければ、是非個人的にお誘いさせていただけないでしょうか」
わたしの答えを知っているような、余裕のある口ぶりにもう抵抗できず、はい、と頷いた。
完全にわたしの語尾にはハートマークがついてしまっていた。
「カミーユ先輩、男の趣味悪いっすよね」
アランが肩をすくめる。
「だってえ…」
リオネルとは何度かデートを重ねて無事にお付き合いを開始したものの、すぐにお別れする羽目になった。
そして冒頭の嘆きの叫びとなったわけである。
「関わるうちに、穏やかで誠実で素敵、って思っちゃったんだもん…」
「いやいや、男からしたらあんなに食えなさそうな男性にあっさり行くの、意味わかんないです」
アランにバッサリ斬られる。
「うう…そんなに死体にムチ打たないで…」
思い返すと、前世も最初は男性としてすぐに意識したわけではなかった。
新卒で入った会社の同期で、当初は仲間としての距離を近づけていった。
その中で、ウィットに富んだ言葉遣いや周りへの気配り、思慮深く芯のある性格に段々惹かれていき、気づいた時には恋愛感情を持つようになっていた。
自然な流れで連絡を取り合うようになり、『おはよう』『おやすみ』の挨拶を交わす仲になった。
初めてお出かけした日、彼の地元に近い大きな公園を一緒にお散歩し、近くの通りをそのまま歩きながら彼が考えた即興のゲームをして遊んだ。店名を見てそれっぽいCMを考えるという遊びで、それが案外楽しく盛り上がった。
こんな風にゲームをサラッと考えて一緒に楽しく遊んでくれたり、長い時間ゆっくりお散歩しているだけなのに、彼と一緒にいると楽しかった。
そしてそのまま何度かご飯に行き、四回目か五回目を迎える頃にはこれまた自然な流れできゅっと手を握られ、ちゅ、とキスされた。
言葉での告白がないままではあったが、態度や行動としては恋人そのものであったので碧としてはすんなり受け入れ『大人ってこういうことなのかも♡』と思った。
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