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20. 生ける下水管と竜に乗る女神(6)


「彼女は、ユーリスの心づもりは知ってたの?」


心なしかドス黒いモヤモヤが身体から出始めたユーリスは、半目のままこちらをちらり、と見上げて頷く。


「話はしてました。でも年齢も上だし、焦ってたみたいで。『それっていつになるの?』とは何回か…もしかしたら、俺が『階級上がったら』って言ってたのもその場凌ぎだと思われてたのかも…」


思わずわたしも苦笑する。

前世のわたしに身に覚えがありすぎる。二十代も後半になれば、 周りもどんどん結婚していく。結婚願望が強くなくたって焦りを覚え始める年齢だ。特に今世は平均初婚年齢がかなり若い。貴族ではないにしろ、良いところのお嬢様であるアリエノールが焦れるのも当然だ。


そんな時に条件が良く素敵な殿方が目の前に現れたら、そちらに気持ちが持っていかれるのも致し方ないと言えば仕方ない。

手紙一通で終わらせたアリエノールは、間違いなく次の恋に向かって走り出していて、もうユーリスのことはどうだってよくなっている。

こうなったらもう、どんなに男側が足掻いても無駄だ。


まさかこの状態のユーリスには言えないが、内心『どんまい』と呟いた。


「まあ…きっとまたいい人がいるよ」

「雑な慰め!いいっすよ!もう独身で生きていきます!

今日は活躍したと思ったら最後の最後で情けないし、帰ってきたらフラれてるし、散々ですよ!」


ヤケになったユーリスが叫び、周りは爆笑した。

話はひと段落したと思ったのか、そのまま各々喋り出したり、追加のお酒を頼んだりし始める。

わたしは思わずユーリスに話しかけた。


「ユーリス、情けなくないよ」


ユーリスがジト目でこちらを見る。


「情けないっすよ、思いっきりカミーユ先輩にたすけてもらって、ジュリアノ先輩に土から引き摺り出してもらって…」


周りにも反論してもらおうと思ったが、それぞれ喋っていて聞いていない。

ジュリアノは私と反対隣のヴェルノワ小隊長と、正面でユーリスの隣に座っていたハイトと今日のバロウワームについて話している。

わたしの左隣のロデリックは、正面のアランと共に追加のお酒を取りまとめているようだ。

自然とユーリスとふたりで話す形になった。


「それは仕方ないじゃない。わたしだってこの間、ワイバーンから助けてもらったし。ていうか、他の先輩たちもみんな、ジュリアノに引っこ抜いてもらってたんでしょ?」

「それはそうですけど…そうじゃなくて…」


ユーリスがモゴモゴと言った。ピンときて、わざと拗ねた顔をして見せる。


「わたしが女だから助けられたのショックってこと?ちょっとー、わたしもショックなんですけど」

「いや、違います!そうなんですけど、そういう意味じゃなくて!」


ユーリスは慌てて強く否定した。うまく説明できないらしく、後頭部を焦ったように掻くと、黒髪はサラサラと揺れた。


「カミーユ先輩にかっこ悪いところ見せたくなかったっていうか…いや、今までもたくさん見せてますけど…」


小声でボソボソと言い、目元が少し赤くなっている。ブルーグレーの瞳が少し潤んで揺れた。


なんだか可愛いなあ。


ふとそんな感想が脳裏に浮かび、自分で少し慌てた。


「ちょっとー、わたし、先輩でしょー?遠慮せず頼ってよ」


妙な気分になったのをかき消したくて、ユーリスの肩のあたりをちょい、と小突く。

ユーリスは「俺が頼られたいんすよ…」とがっくり肩を落とした。

十分頼りになってるけどなあ、と思ったが、まあユーリスも男の子だし忸怩たるものがあるのかもしれない、と黙っておく。


「ていうか、ユーリス、おまえ彼女のどこが好きだったんだ」


ジュリアノがジョッキをごくごくと空けたと思ったら、急に聞き始めた。ヴェルノワ小隊長との話は終わったらしい。


「え?!どこ?どこって…」


突然話を振られたユーリスがうろたえる。


「どう好きになったかでもいいよ、話してみろ」


ジュリアノがもう一度促した。周りも興味を釣られたように黙って聞いている。


「うーん…家が招待されたパーティーで出会って…まあなんとなく気が合って…家格的にも合うし…」

「うわ、適当」


その煮え切らない様子に思わず少し引いた。


「カ、カミーユ先輩、いや違いますって、なんで引いてるんですか?!」

「ええ〜〜…」

「貴族の恋愛こんなもんでしょ?!いや間違えた、もちろんちゃんと好きでしたよそれなりには!ちょ、ジュリアノ先輩!聞いたんだからフォローしてくださいよ!」


思わず渋い顔をしていると、ユーリスは焦って余計な言葉を重ね、グレーがかった薄いブルーの瞳が情けなく揺れる。

慌てれば慌てるほど墓穴を掘っているが、周りの皆は笑うばかりで突っ込まない。ジュリアノもゲラゲラ笑いながら、しれっと言う。


「俺は奥さん大好きだもーん」


ようやく笑いを収めると、涙を拭きながらジョッキの中の黄金の液体をごくごくと飲み干す。ドン、とジョッキを置き、店員さんに「おかわりください」と声をかけた。

ジュリアノはわたしの肩に腕を回し、ポンポン、と肩口を叩く。


「ま、ミュルちゃんはミュルちゃんで、ロマンチックシンドロームだからなあ」

「何よそれ」


小さい頃からの親しい人だけのあだ名を呼んでからかう口調のジュリアノを睨んで肩に回した手を外させると、「ヒィ、怖い」と笑う。

ジュリアノは昔からやんちゃなタイプで、わたしとは友達のように仲が良い。アルベールのように兄らしくヨシヨシ可愛がってくれるというよりは、男友達のようにいろんな話を聞いてくれる。


それは前世から、ずっと変わらない。


そのままジュリアノはおつまみのオリーブをほいほい口に放り込みながら、肩をすくめる。


「ミュルは、ドラマチックでストレートな男に弱すぎるんだよ。一人目も二人目も、見てくれのいい王子様っぽい男に引っかかりやがって。

どうせなら本物の王子様とでもご縁を結んでくれればいいものを」


ジュリアノの言葉に卓の皆が爆笑した。

わたしがどの人と付き合っていたか、特殊部隊のメンバーは大体知っている。

特に一人目のレオニスの時は、散々「あいつ大丈夫か?」「結構軽いぞ」と忠告を受けた。


特殊部隊の先輩たちは、ジュリアノの妹であるわたしのことを、自分の妹のように気にかけてくれている人が多い。

しかしその忠告を全く聞かずに恋は盲目とばかりに突き進み婚約、挙句にあっさり浮気されてフラれたことも当然バレている。


「うるさいなあ。終わったことはもういいの!次こそ素敵な人と付き合いますって!先輩たち笑いすぎです!」


あまりに先輩たちが笑うので、思わずぶすー、と不貞腐れた。それを見て、後輩のアランがまあまあ、と笑いながら仲裁してくれる。


「カミーユ先輩は美人ですし、必ず良い人と出会えますよ。俺とかどうですか?」


白い歯をニコッと見せながら聞いてくる。

アランは爽やかだし、筋肉もしっかりあってモテるタイプだ。明るい茶色の髪にダークブラウンの瞳で、ぱっと見の雰囲気はジュリアノに似ている。

ただ、一途なタイプで奥さんとラブラブなジュリアノと違い、割と女の子を取っ替え引っ替えしているイメージだ。

わたしは、んー、と首を傾げた。


「アランは確かにかっこいいけど、本気じゃないのにそんなこと言えちゃうところがなあ。あと美人だからっていうのも全然テンション上がんない」


ふん、とますます不貞腐れて唇を尖らす。アランは「あらら、フラれちゃいました」と全く気にした様子なく笑った。

ジュリアノが「俺の妹を俺の目の前で口説くな」と軽く小突く。アランはちらりと舌を出して笑った。


「ともかく、ユーリスみたいに理性的すぎるのも困るが、カミーユにももうちょっと俺たちのお眼鏡に適う男を連れてきてくれないと」

「うんうん」

「そうだぞー、カミーユにはお兄様がこんなにたくさんいるからな」

「お兄様って!わたしの兄は三人だけです!ちょ、生あたたかい目で見守ろうとするのやめて!」


ふざけ始めた先輩たちに突っ込みをいれていると、ジュリアノはユーリスに向き直った。


「まあ、ユーリスはまだ若いし、これをいい機会だと思って改めて心の底から好きだと思える女の子を探せよ。手紙でフラれでもしたら、速攻『嫌だ』って取り返しに行きたくなるような、さ」


軽い口調ではあったが、真剣な眼差しだった。

ユーリスに向かって言いながら、わたしの方もちらりと見た。

わたしの兄は、優しい。

周りの人間の幸せを本気で願える人だ。

特にユーリスは自分の部下だし、可愛がっているんだろう。妹であるわたしのことも当然大事に思ってくれている。


ユーリスもそれをわかっているかのように、ブルーグレーの瞳に光を灯して、ハイ、と頷いた。

わたしもこっそり心の中で頷く。


「よし!じゃあ酒、全員分追加!」


ジュリアノが太い声で注文を入れ、皆がわっと盛り上がった。

宴の夜はまだ終わらない。



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