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18. 生ける下水管と竜に乗る女神(4)


ジュリアノのよく通る声が聞こえた瞬間、身体ごと強い力で下に向かって引っ張られ始め、地面に沈み始める。


「触手か…!」


俺がクッション材にしたのはバウロワームの触手だったようだ。気づいた時にはもう遅く、引き摺り込まれており抜け出せない。


「ユーリス、待ってろ!」


ジュリアノの焦った声がする。

本体の向こう側にいるらしく、遮られて魔法が届かないようだ。


ああ、運が尽きたか。

自分にも守護魔法、かけたのに。

ちょっと幸運になるんじゃなかったのかよ。


こちら側にいた隊員たちが助けようと近寄ってくるが、完全に身体ごと大量の触手に包まれて引きずられているため手が出せない。


くそ。剣もねえし、燃やしたら俺も燃える。

どうしたら。


諦めかけたその瞬間、大きな影が顔にかかった。


え?と見上げ、竜だ、と認識したと同時。


「"インヴィオラ"!」


聞き慣れた、深さのある優しい声が力強く防御呪文を唱えた。自分の体がブワッと強く光り、薄膜に包まれたのを感じる。

艶めくグリーンの鱗の上で、見慣れたブルネットのポニーテールが、たゆん、と視界の奥で揺れた。


「ユーリス、信じてね!」


カミーユだ。


そう思った瞬間、少し体の力が抜けた。

何について信じればいいのかはわからなかったが、心は即座に全てをカミーユに預けた。


「ヴェール、ブレス!」

『グオオオオオ!』


ブワァッ!!!!!!!!!!


自分の身体でヴェールのブレスを受けた。

俺の全身の周りに炎が燃え上がり、助けに寄ってきていた隊員たちがギョッとする。


思わずパニックになりそうになる。

だが、すぐに気がついた。


熱くない。


すぐに俺の身体を地面に引き摺り込もうとしていた白い触手が急激に力を失っていく。

ぐにぐにと縮み始め、腰ほどまで沈んでいた俺の体の周りに、あっという間に隙間が出来た。


「"フォディア・アルタ"!」


ジュリアノの力強い声が聞こえ、身体がブワリと浮いて飛び始める。炎の中を抜け、空中をクルクルと舞った。


「"モリオ"!」


ヴェルノワ小隊長の声でクッション呪文が唱えられ、地面に叩きつけられるはずの瞬間、ぽよん、と弾んだ。


「ユーリス!」


隊員たちが皆急いで駆け寄ってくる。


「怪我ねえか!」

「燃えたかと…!」

「肝冷えたぜ」


口々に心配してくれる。


「バウロワームは…?!」


思わず焦って確認する。


「倒れたよ。ユーリス、落ちる前に何だか魔法かけただろう、あれがとどめになった感じだったな」

「そうそう、余計にのたうち回った後、急に動きが弱くなって」

「最後っ屁って感じで触手がユーリスに向かってったけど、カミーユに燃やされた途端触手も全体の動きも完全に止まったな」


皆が状況を説明してくれて、とりあえず倒せたことにほっとした。

と、そこに、ジュリアノとハイトが隊員たちをかき分けて俺のそばまで来た。


「おい大丈夫か、ごめんな、すぐに助けられなくて」

「すまん先に落ちて。火傷や骨折してねえか?」


二人とも申し訳なさそうな顔で心配してくれる。ぺちぺちと色んなところを軽く叩かれた。


「大丈夫っす!怪我なし!」


にっこり笑うと、二人も他の皆もほっとしたように笑顔になった。


「大丈夫ー?」


隊員たちの生垣の向こうから、カミーユの声が聞こえる。わっと隊員たちも沸いた。


「おいカミーユ、急にユーリス燃やすなよ!」

「びびるってあれは!」

「ユーリスがやられたかと思ったぜ」

「ええー?そんなわけないじゃないですか、信じてくださいよ」


笑いながら近づいてくる気配がする。

カミーユの声は、倍音が響いてしっとりと深い。

品があり、優しい声だ。


緊張が解け、何となく心が落ち着いていくのを感じた。


「信じてました!大丈夫です!!!!」


叫んで返すと、ちょうど人をかき分けてカミーユがたどり着く。

たっぷりとしたポニーテールを揺らし、座り込んでいる俺を覗き込んだ。


膝に手をついて前屈みになったカミーユは後ろから光が差しており、まるで女神様のようだった。


「お、よかった。元気そうだね」


にっこりと笑いかけられる。

深い声が耳をくすぐる。

何だか、透明のはずの空気がきらきらと輝く。

逆光のせいか。


ぼうっとそんなことを考えながら、慌てて「助けてくれてありがとうございました」とお礼を口にした。


「いやあ、間に合ってよかったよぉ。訓練先からこっち向かう直線ルートがものすごい向かい風で、迂回しなきゃならなくなっちゃって」


カミーユが申し訳なさそうに笑う。


「カミーユ、助かった」


ジュリアノがガシガシとカミーユの頭を撫でる。カミーユは頭ごとぐらぐら揺れ、「もう」と言いながら少し嬉しそうだ。


「ゴブリンの群れだけなら俺たちでも倒しきれそうだったんだけどな。見たこともない魔物が出てきて、焦ったぜ」

「バロウワームね。中等部で習ったよ。ハイトは知ってたんじゃない?」


ハイトを振り向くと、ああ、と頷いた。


「皆で一緒にテスト勉強したよな。"振動、騒音で寄る魔物。本体の外殻は非常に頑丈。一万本の触手あり、獲物を地中に引き摺り込む。弱点は背中の呼吸口。触手や中身は火に弱い"、だろ」


歌うようにスラスラと暗唱したハイトに、カミーユは「そうそう!」と嬉しそうだ。


「すげえ。ハイトが覚えてくれて助かったよ。戦闘中に思い出してくれてなかったらマジで危なかった」


ジュリアノがハイトの頭もガシガシと撫でる。ハイトは照れくさそうに笑った。

当然俺も習ったはずなのだが、全く記憶にない。

バロウワームはかなりマイナーな魔物だ。隊員のほとんどは存在すら覚えていなかったのではないだろうか。


「よくそんなの覚えてましたね」

「中等部の魔物学の先生が出すテスト、すげえ難しくてさあ。しかも八割取れるまで再試、再試で全然受かんなくて。一発合格してたみんなでカミーユに泣きついて」


ハイトが目を細めると、近くにいたロデリックも笑う。カミーユと一緒に着いていたらしい。


「懐かしいな。カミーユが『もう歌え!歌にしろ!』って言って、節つけて。みんなで歌って覚えたんだよね」


カミーユとハイト、ロデリックが顔を見合わせて笑う。

特殊部隊に入ってくるのは毎年大抵二、三人で、だからこそ同期の絆は強くなることが多い。


「そう。未だに同期組で飲み会すると、最後はみんなでそれを歌っちゃうこともある」

「そうだったんすね」


俺も相槌を打って、一緒に笑った。


カミーユ先輩たち、仲良いんだな。


ふと、そんな風に思った。

今までだってそうだったはずなのに、当然知っていたはずなのに、何故だかその様子は、今日は目に眩しかった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次は27日夜に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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