15.生ける下水管と竜に乗る女神(1)
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『拝啓
ユーリス・ガルディアン様
遠征の折、突然このようなお手紙を差し上げます非礼、どうかお許しください。
さて、私事にて誠に恐れ入りますが、私、アリエノール・ウディエは、このたびジル・モラント男爵との間に、婚約の運びとなりましたことをご報告申し上げます。
本来であれば、かつて私共の間で語られました将来につきまして、改めてユーリス様のお考えをお伺いすべきところではございました。
しかしながら、折に触れて拝察するに、ユーリス様はご自身の進むべき道に専心しておられ、その志を妨げることは、私の本意ではございません。
私といたしましても、互いの未来を思えばこそ、このご縁に一区切りをつけることが最善であると判断いたしました次第です。
どうか本書面をもって、私どもの交際を解消とさせていただけましたら幸いに存じます。
ユーリス様のご健勝と、今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
敬具
アリエノール・ウディエ』
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その日は朝から『ゴブリンの大群がヴァロネ盆地を襲っている』という一報を受け、特殊部隊の半数ほどが遠征に加わっていた。
竜騎士たちは後から合流予定だ。竜騎士たちは今ちょうど遠征訓練中で、本来明日が戻りの日だった。
一日早く切り上げてもらい、今日遠征先からそのまま来てくれることになっているが、到着は俺たちより少し遅くなりそうとのことだった。
ヴァロネ盆地は"夏"の土地で、今日もうだるような暑さだ。"夏"の山々に囲まれており、すり鉢状の土地は熱気が篭りやすいという。
太陽にさんさんと照らされ、まだ到着しただけだというのに汗が止まらない。
「久しぶりですねえ。ここまでデカい遠征」
ヴァロネのすぐ近くまで来ると、隊は皆馬を降りた。村内は狭いので、騎馬ではむしろ戦いづらい。今回は馬を降りた方が機動力が上がるだろうという判断になった。
帰るまでに十分回復してもらうため、皆で手分けして馬に褒美の林檎やぶどうを与えながら、隣のハイト先輩に話しかけた。
「そうだな。数も百近いらしいし、村の人たちは家から出られない状態が続いてるってな」
「そうなんですか?誰情報ですか」
「ん?ああ、さっきユーリスが来る前に、ジュリアノ先輩が言ってた」
ハイトもテキパキと林檎を与えている。
「死人が出てないのが幸いですよね」
「らしいな。ヴァロネの村長がしっかりした人らしい」
へえ、と相槌を打つ。
「そうなんですか。事前に何か対策でもしてたんですかね」
「ああ。こういうことがあったらとにかく家に篭れ、外に出ててもどこでもいいから近くの家に入れって、普段から防災訓練のようなことをやってたそうだ」
「それはなかなか、すごいですね」
思わず感心する。俺たちとしても、住民の安全が確保されている方が動きやすい。
「お前ら大丈夫そうか?そろそろ村に向かって出発するぞ」
ハイトと頷き合っていると、赤髪で体格のしっかりした人影が寄ってきた。分隊長のジュリアノだ。
ジュリアノは竜騎士のカミーユの兄で、豪快な剣筋の騎士である。
赤髪で太陽のように明るい印象のジュリアノは、ぱっと見ブルネットの髪に色白のカミーユとは似ていない。カミーユもジュリアノも美形だが、静と動、月と太陽といったように真逆の雰囲気がある。
しかし、よく見るとヘーゼルの瞳やスッと通った鼻筋、笑った時のえくぼはそっくりだ。それに、カミーユは喋ると結構気さくで、見た目とは裏腹に隙がある。竜騎士だけあって豪胆だし、意志が強いところも兄妹で似ている。
ジュリアノは、ハイトや俺からすると直属の上司にあたる。カミーユと同じく、自分の騎士という職務に関して強い誇りを持っている、かっこいい先輩のひとりである。
ジュリアノが分隊を作ることになり、そこに配属された時は大変に嬉しかった。
呼び名については、『役職呼びむず痒いから今まで通りで』というジュリアノの言葉に従い、先輩と呼んでいる。
「はい!いつでもいけます。あ、でも行く前に守護魔法を。もう神官様たちにかけてもらいました?」
「いや、かけてもらいそびれた。助かるよ」
ジュリアノが近くに寄ってきて目を瞑った。ジュリアノは俺より少し背が低く身長差があるので、かがんでもらう必要はなさそうだ。
右手の人差し指を軽く立て、その他の指で軽くこぶしを握って自分の額に当てた。そして左手を開いたまま、ジュリアノの前頭部にそっと乗せる。
「プレカリ・ディジティス・クルチアティス」
囁くように唱えると、ぽわん、と白っぽい光がジュリアノの頭の先からからだを包み始めた。やがて全身を覆うと、光が吸収されるようにおさまる。
「よし、これでいいです。中途半端な魔法は大体弾けるし、何かの時にちょっとだけ幸運になります」
ジュリアノがニカッと笑う。
「ありがとう。その、ちょっとだけ幸運になるっていうのがいいよなあ」
「一か八かの時に、何とかなるかもって思えますもんね」
ハイトも相槌を打った。
ハイトにはもう既に守護魔法をかけてある。他の隊員たちについても、神官のマルセルたちと手分けして先駆けの可能性がある隊員については全員完了済みだ。
その他手当たり次第、会った人にはかけてある。
「本当にな。今回は結構規模が大きいから、くれぐれも怪我に気をつけろよ。なんかあったらすぐに名前呼べ。俺が近くにいたら必ず助けるからな」
ジュリアノは安心させるように俺たちにいうと、ニヤリと笑った。
「終わったら酒盛りだ、思いっきり暴れてやれ」
「「はい!」」
「よし、俺らが突っ込むぞ」
ジュリアノが小声で言いながら、目を爛々と光らせる。
ハイトと二人で揃って頷き、やはり小さな声で「全力で走ります」と答えた。
うちの分隊が最も若く、最も脚が速い。特殊部隊の分隊ごとでリレーでもやったらぶっちぎりで勝つに違いない。
他にも追い縋れる者はいても、隊員全員粒揃いで速いのはジュリアノ分隊だけだ。
それ故、俺たちは特殊部隊の先鋒を任されることが多い。
今日も俺たちを先頭にして、後ろで他の分隊が待機している。
村の大きい通りにゴブリンがわらわらと固まっており、いちばん手前にはゴブリンが五匹で家の扉を破ろうとしていた。
「いつも通り、いち、にの、さん、で走り出せ。一番近くで固まってるゴブリン五匹、見えるな?そこから行くぞ」
「はい」
「いけます」
ハイトもニヤリと笑った。俊足に加えて剣筋の重さがあるハイトは、ゴブリンとの戦闘を得意としている。
さすがに百匹は初めてらしいが、ハイトにとってはちょっとワクワクする敵のようだ。
三人とも前傾になり、前に出した片足にしっかり重心をかけた。
「よし。じゃあいくぞ、いち、にの、さん!」
さん、と同時に三人で走り出す。
砂埃が舞い、景色が後ろに流れる。
2人とも速いが、俺が一歩前に出た。
と同時にゴブリンたちが俺たちの襲撃に気付き振り返る。
タン、タン、タン!!!!!
俺はそれを見て走り幅跳びの要領で大きく踏み切り、腹にグッと力を入れて跳んだ。そのまま剣を振りかぶり、ゴブリンの脳天目掛けて振り下ろす。
『グルァ!』
悲鳴をあげ、ゴブリンの頭のてっぺんからブシュー、と黒い蒸気のようなものが出て、よたり、とふらついた。そこにもう一度剣をお見舞いすると、今度こそドォン!という地響きのような音を立てて仰向けに倒れた。
そのままもう一度助走をつけて走って跳び、倒れたゴブリンの後ろにいた個体も頭から叩く。
その個体は共倒れになりそうなところを避けている最中だったので、こちらを見ておらずあっさりと直撃を受け入れた。『グルガァ!』と叫んで、既に討伐済みの個体にそのまま重なるように倒れる。
よし、と思ったのもつかの間、間髪入れずに右から別のゴブリンが襲いかかってきた。
「インチェンデ!」
ゴブリンごと炎に包まれる。火に強く防御力が高いゴブリンはこの程度では倒れはしないものの、一瞬驚いて弾かれたように踏みとどまる。ゴブリンにそのまま切り掛かり脳天からザクリと斬ると、そのまま『グル…』と声を出しながら倒れた。
よし、上手く決まった。
内心でガッツポーズしていると、「いいぞ!」と声をかけられた。ジュリアノだ。
俺はあまり魔法を使うのが得意ではないが、魔法で倒し切ろうとしなくても一瞬の隙を作れれば戦いやすくなる。それをいちばんに教えてくれたのはジュリアノだった。
ジュリアノは魔法力はそこまで強くないらしい。
だが、騎士としては抜群に強く、魔法使い相手でも互角に戦えるという。使える魔法の幅も広い。
「カミーユとはよく家で模擬戦闘していた」と笑って話していた。
『魔法は万能じゃない。使う奴次第だ』
不敵に笑ったジュリアノはかっこよく、痺れた。
それ以来俺も、得意ではないながら地道に魔法の練習をしている。
ふと気づくと、最初に狙いを定めた五匹は全て倒しきり、ついでにその後ろにいて寄ってきていた五匹も倒していた。
三人で十匹、とりあえず序盤としては上々の幕開けだ。既に他の小隊も後ろから追いついて討伐し始めている。
あっという間に通りにいた二十体ほどが倒され、しばしの静けさが訪れた。
「この調子なら意外と時間かからねえな!」
「大ケガした奴もいねえな」
「俺初めての魔法試せた!」
「ああ、凍らすやつだろ?動き止められるし、良かったな」
それぞれワァっと話し始め、ガヤガヤとした。
「残りって村の奥っすかね?」
「もう一つ大きい通りがあるそうだから、その辺かもな」
ハイトが頷いてくれる。
「じゃあ、残りもサクッと倒しに行きますか!」
「っしゃー!」
「簡単にいうなってー」
ジュリアノが気楽な調子で言うと、隊全体が盛り上がった。
明るいオーラのあるジュリアノは、いるだけで皆の士気を上げられる。ニヤリと笑って発破をかけた。
「最後まで気張っていきましょ!」




