12.上から見下ろすその眼鏡は真実の恋か否か(1)
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今世二度目の恋は、城で出現した。
「ではこのような形で進めていければと思いますが、何かご意見があれば」
会議をサラリとまとめ、周囲をぐるりと見渡しているのはタレス・ヴァン・スタウトだ。城の文官である。
所属は財務だが相当に優秀らしく、その噂の声は文武の垣根を越えてわたしの耳にも届いていた。
本人と直接交流する機会を得たのは、横割りでのグループにて協同で進める仕事が降ってきた故だ。
ワイバーンの群れ討伐から数ヶ月経って年度が変わり、今年で入隊四年目となった。
あの討伐の後、ワイバーンを倒した者は皆表彰を受け、特にロデリックとわたしはそれぞれ三匹倒した快挙により階級も上がった。
今回は『災害級の魔物に対する対策研究会』としてわたしやロデリックを含む特殊部隊の若手が数名招集され、いくつかのグループに分かれて研究及び報告することとして課題が下りてきている。
あくまで若手での話し合いのため、どこまで実践的に採用されるかは不明だ。
しかし少なくとも実際の現場の声を反映して不満等を解消するきっかけにはなるかもしれないし、恐らく将来的な幹部候補としての素質も見られているのであろう。皆それなりに真剣に取り組んでいた。
中でも、今日の会議でも仕切り役となってくれているタレスの優秀さについての評判自体は以前から知っていて、存在は認識していた。
『本人にやる気があれば騎士課にも余裕で進めた』と噂の、長身が目立つ青年だ。スラリとした躯体に眼鏡をかけており、知的な雰囲気が漂う素敵な男性である。
そして、存在を認識していた理由は彼の優秀さ以外にももうひとつある。
前世のわたし、碧の元彼だったのである。
タレス・ヴァン・スタウトは、碧が大学時代に付き合っていた元彼・勇太の今世の姿だ。
何故わかるのかはわからない。見た瞬間に『うわ、勇太だ…』とハッキリ感じた。
勇太は難関私立大に附属の小学校から入学した、折り紙つきのお坊ちゃんで大変に頭が良い人だった。
運動も良く出来、前世の世では珍しく乗馬も嗜み、部活ではフェンシング部で全国大会にも出場していた。
いわゆる"良家の子"だった彼とどのように出会ったのかというと、大学の文化祭だ。
碧の参加していた弓道サークルが出店していたたこ焼き屋さんが、彼の所属する体育会フェンシング部のクレープ屋さんと並んでおり、三日間ある文化祭でよく顔を合わせているうちになんとなく仲良くなった。
その上、彼の親友・颯が碧の後輩の女子を気に入り、何とか仲良くなりたいが、颯はそういったことに不慣れなために声をかけられずに右往左往していたこともあり、橋渡し役として関わるきっかけとなった。
結局颯と碧の後輩は上手くいかなかったが、勇太と碧はちゃっかり付き合った。
同い年だが落ち着いた余裕がある雰囲気の勇太にトキメキを覚え、人生で初めて碧から積極的にアプローチをした。
ドキドキしながら連絡先を聞くと、『颯たちのことも相談したいですもんね』と女性側から頑張った碧に言い訳をくれるオトナな返しに、さらにときめいた。
実際頭も良く、部活でも成績を出していて背の高い勇太はモテるらしく、この手のやり取りには慣れていたらしかった。連絡先を交換した後は勇太からスマートに事を進めてくれて、すんなりと付き合うに至った。
『碧ちゃんの素直で可愛いところが素敵だなと思ってます』という勇太の言葉は照れ臭く、『お願いします』とだけはにかみながら返すと『泣いて喜ぶかと思ったのに、意外と淡白だね』と言われた。
何となくその言葉には違和感があったが、何かはわからないまま交際スタートした。
……というところまでは思い出せるのだが、それ以降何故別れたのかについては全く思い出せない。
それどころか、タレスを見ているとかっこいいなと思ってしまう。
何か自分の意思ではない大きな力に強制されているかのように、前世で勇太に出会った時のトキメキが改めてめきめきと主張し始める。
今も、五、六人の顔合わせ初めましてのグループで、タレスがサッとリーダーを買って出てくれたおかげでグダグダせずに済んだ手際の良さに、思わず目がハートになりそうだ。
そもそもここに呼ばれているのは各部門の優秀な若手ばかりなので、会議自体もさくっと進んだわけだが。
「思ったより進みが早くて助かりました」
自由解散となり部屋を出ると、皆が歩き出した位置取り的になんとなくタレスと話しながら帰る流れになった。
タレスがニコッと微笑みながら話しかけてくれる。
「本当に!スタウト様がさくっとお話を進めてくださったおかげですね」
こちらも微笑みながら返すと、タレスはいやいや、と緩く頭を振る。
「皆さん、優秀な方ですからね。ピエリエール様のご評判もお話には聞いていましたが、文官としても全く問題なくやっていけそうですね」
ニコッと微笑んだタレスに、今度はわたしがいやいや、と両手を緩く振った。
「スタウト様こそ、ご希望すれば騎士としてもご活躍されただろうと噂ですよ。身長も高くていらっしゃるし…」
言いながらちょこっと見上げると、メガネのズレをスッと直しながら余裕の笑みでニコッと見下ろされた。
メガネの奥の薄いブラウンの瞳が理知的だ。
心臓のあたりがギュッと掴まれたようにきゅうんと締まる。
前世で別れているわけだから、どう考えても避けて距離を取るべきなのに、この瞬間のトキメキのような心の動きを無視することが難しい。
それどころか、今世は前世と別物なのだし、改めて成長したわたしならもっと上手くお付き合いできるのでは?と思ってしまう。
その時、タレスが不意に足を止めた。
他の皆は後ろのわたしたちに気づかず、そのまま歩いて行ってしまう。
わたしは、どうしたのかと足を止めて彼を見上げると、それを待っていたタレスは一歩ぐいっと近づいた。
思わず心臓がどくんと脈打つ。
「もしよろしければ、私のことはタレス、と」
ちょこっと首を傾げて、全てを見透かすように見下ろして微笑まれると、もうダメだった。
「わ、わたしのことも…カミーユと……」
会ったばかりなのに、もうお互いにお互いの瞳しか目に入らなくなっていた。




