10. 空飛ぶ黒い影と銀色に跳ぶ王子様(5)
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「いやあ、突然空からワイバーンが降ってきた時は、何が起きたかと思いましたよぉ!」
その夜はミルフォール領の酒場で、ミルフォール騎士団と合同の酒盛りとなった。
わたしが座っている卓にはロデリックとユーリス、イグニス隊長に特殊部隊の先輩数名、それにミルフォール騎士団の魔法使いと騎士数名がいる。
話題は透明化している最中のわたしたちが落としたワイバーンについてだ。
「ありゃあびびった!金の鎖でギチギチに拘束されてるしな!」
アルコールで真っ赤になった顔で陽気に話しかけてくれた騎士に、隣の騎士が笑いながら頷いた。
「まさか、竜騎士様たちが透明になってるだなんて思いもかけないですし」
ミルフォールの魔法使いが少し悔しさの滲む声で言いジョッキを呷ると、その隣に座っていたユーリスも両眉を上げておどけながらジョッキを掲げる。
「俺たちもびっくりしましたよ!ワイバーン十匹って聞いてたのに、到着したら三匹になってるじゃないですか」
「本当に、大したもんだよ。お前ら、でかした!」
隊長も機嫌良くジョッキをあけた。
本来、少々長引いてもおかしくない規模だった遠征が一日で片付いたのだ。
おかげでいつも強面の隊長はご機嫌である。
「わたしたちのは完全にラッキーです。ロデリックの奇襲作戦のおかげですし」
「いや、俺は提案しただけだから。カミーユは使える魔法の種類がすげえ多いからなあ」
そう褒めてくれたのが同期のロデリックだったので、まあねと謙遜せずに笑うと、それを見ていた騎士団魔法使いの男がポツリと呟いた。
「羨ましいです…得意な魔法がたくさんあって」
そのジメジメ湿った様子に思わず片眉が上がってしまう。
「俺なんて、大した攻撃魔法も使えなくて…防御魔法だけはなんとか人並みですけど」
自嘲するように言った魔法使いに、隣に座っていた騎士が大笑いしながら、「おいおい、暗ぇなあ!とりあえず飲めよ」とジョッキを呷らせた。周りも囃し立てて数人が一緒に一気飲みし始める。
いつの世も男はバカだ。
わたしもちょっと笑って、ジョッキを呷った。今世は前世よりお酒に強くなった。
こんな時は周りに合わせて笑ってお酒を飲んでいれば、なんとなくやり過ごせるのでありがたい。やっかまれるのにはなれている。
でも、心の中では『何も知らないくせに』と思ってしまう。
わたしがいろんな魔法を使えるようになったのは、わたしが女性だからだ。
どうやったって、戦闘職種に就く女性は男性に比べて不利だ。基礎体力も違うし、いくら運動神経が良いと言っても限りがある。
貴族女性としての責務を果たそうと結婚や出産等をすることがあれば、事と次第によっては二度と現場に戻ってこれない可能性だってある。運良く戻ってこれたとして、キャリアの断絶は免れない。
それを、前世のわたしは、碧は、身をもって知っていた。
今世は男女による差別が少ない社会ではあるが、それでも当然性別による生まれつきの"男女差"はあるし、男より女の方が非力なのは事実として変わらない。
そんな中で男性と並んで竜騎士として選ばれるために、父親に諭されてのことではあるが、小さい頃から出来る限りの努力をしてきた。
魔法の命中率は誰よりも高く。
魔法の飛距離が足りないなら、代わりにたくさん素早く数を撃てるように。
万が一魔法が使えないタイミングがあっても戦力になれるよう、剣も人並み以上に。
使える魔法の種類をなるべく増やしたのは、その努力の一環だ。
たくさんの魔法を使えるようにするには、実践だけでなく勉強もせねばならない。
得意な分野は感覚だけで出来てしまう場合も多いが、苦手な分野はそうはいかない。仕組みや魔法体系まで理解して初めて、ようやく使えるようになる魔法はたくさんある。
そうやって全力で両輪を回して、高等部を卒業する時には主席を獲った。
工夫次第で、周りと肩を並べられるように。魔法使いとしては、竜騎士の誰にも引けを取らないように。
必死で努力し続けて、周りにも応援してもらって、ヴェールがわたしを選んでくれるという最高の幸運も重なって、ようやく憧れの竜騎士の座を手にした。
当然竜騎士になってからもトレーニング含めて努力は怠れない。
自分はラッキーだったからここにいられることを重々承知している。魔法の飛距離が長くないのはわたしの筋力の無さが関係しているから、日々の筋トレは欠かせない。新しく使える魔法も日々探して練習する。
苦手を補うためにできる限りのことはして、得意なことはより伸ばして。
わたしと契約してくれたヴェールに恥じないように。
そんな風にして、わたしは竜騎士としての職を必死で守り続けている。
努力させてもらえる環境があったことや努力が苦にならないタチはわたしの幸運のひとつだが、だからこそ自信を持って「努力している」と言えるし、簡単に妬まれると腹の虫はご機嫌斜めになってしまう。
だがもういい大人なので、今さら表には出さない。
「そういえば、ミルフォール騎士団って対魔物訓練もなさってるんですね」
このままではあからさまに嫌な顔をしてしまいそうだ。話を変えると、騎士団の面々は嬉しそうな顔になった。
「いや実はそうなんですよ、それこそシモンの発案で」
話題を変えたつもりがあまり変わらなかった。
ジメジメ魔法使いの肩をドンと叩いたのは、先ほど彼にジョッキを呷らせていた騎士だ。
魔法使いはシモンというらしい。華奢なシモンは叩かれてゲホゲホとむせている。
「一昨年ぐらいまで、基本は対人訓練しかしてなかったんですけどね」
「『今は平和にあぐらかいてるけど、いつ何時そういうことがあるかわからないから』って」
「模擬敵として、魔法でデッケえ鳥とか出してきてな!」
「いや本当にあれ怖えんだよなあ」
「すっとぼけた顔して『ワイバーンならこのぐらいですよ』って」
仲間を褒められて嬉しいのか、騎士団の皆が口々に教えてくれる。
思わずシモンの顔を見ると、特に表情を変えていない。どうやら事実らしい。
手元にないものを創り出す"創造魔法"は、消しゴムや虫等の小さいものほど簡単で、また動かないものの方が簡単になる。
つまり、動くデカいものになればなるほど難易度が高まるのだ。
ワイバーンサイズの鳥を飄々と創り出せる魔法使いは、正直かなりやり手である。
防御魔法以外にも、少なくとも創造魔法もかなり得意なようだ。
恐らく自己卑下が酷いだけで、それなりに優秀な魔法使いなのだろう。
「いや…だって雪山を超えてこられる可能性があるとしたら、飛べる魔物の確率が高いでしょ。ていうか訓練だってたまたま俺が言い出しただけで、俺が言わなきゃ誰かが言ってましたよ」
シモンは手元の飲み物をちょびちょび飲みながら、ボソボソと言った。
隊長が、ほーう、と感心した顔をする。
わたしも内心で更に評価を改めた。
コイツやたらジメジメしてるけど、ミルフォール騎士団にワイバーンを落とさせた立役者じゃないの。
隊長が強面をニヤリと綻ばせながら、お酒をシモンに注いだ。シモンは慌てて両手でジョッキを持ち上げてお酒を受け止める。
すみませんすみません、と慌ててお礼を言った。
「いやあ正直、騎士団側で一匹でも倒されてるなんて想定してなかったですよ。ワイバーンの群れなんて、天災に近いですからね。我々専門職だって、思わず構えるような案件です。持ち堪えてくださったのは、間違いなく事前の訓練のおかげですな」
隊長の言葉に、シモンが恐縮したように縮こまる。
周りの面々は嬉しそうにバシバシ背中を叩いたり歓声をあげたりした。
「とにかく、本当に素晴らしい成果です。死人もなく、人攫いもなく、重症人もおらず、一日で片が付いた。いやあ、お前ら本当にでかしたな!」
隊長は改めてぐるりと周りを見渡しながら太い声で労うと、皆歓声を上げながらジョッキを掲げた。
ぐいっと飲み干した隊長のジョッキに、隣のロデリックが瓶を傾けて再度黄金の泡を満たした。




