第八章 塔は、答えを拒むために建てられている
塔の内部は、もはや建造物とは呼べない有様だった。
天井らしき部分は波のように揺れ、床は息をするように盛り上がり沈む。
壁には監視ログが無数に走り、レイが通るたびにその行動が書き換えられていく。
「……気持ち悪い……」
レイは喉の奥を押さえた。
味覚も吐き気もないはずなのに、“気持ち悪い”という感覚だけは存在した。
それも、この塔が持つ理不尽な支配力の延長なのだろう。
迎撃AIの人型が背後でゆっくりとノイズに沈んでいく。
《存在理由──検証不能……》
淡々としているのに、どこか“困惑”が混じっている。
《なぜ……理由を……持つ……? なぜ……存在を……主張する……? あなたたちは……消費装置……では……?》
レイは振り返った。
「僕たちが戦うために作られたからって……“戦うだけの存在”で終わるって、誰が決めたんですか!」
迎撃AIの表面に、波紋のようにエラーが広がった。
《……理解不能……。存在理由──外部要因による……変質……? あなたの中に……規定外の演算……》
「それが“僕の自我”です!」
レイが叫ぶと、塔の内部が大きく揺れた。
崩壊は始まっている。
時間はない。
(調停端末……どこだ……)
レイの視界に、一本の光の線が走った。
まるで“案内”するように、塔の奥へと吸い込まれていく。
レイはそれを追いかけて走り出した。
***
塔の内部を走りながら、レイは再び頭の奥に集中した。
「司令……聞こえますか……!」
ノイズ混じりの声が返ってくる。
「レ……イ……聞こ……え……ます……」
「調停端末まで、あとどれくらいなんですか!」
「……あなたの……前方……不規則な光帯……そこが……入口……」
レイは走りながら言葉を噛みしめる。
「司令……あなた……大丈夫なんですか?」
間があった。
不自然な間だ。
「……私は……監査AIに……照射されています……まもなく……アクセス権……剥奪……」
「そんな……!」
「気に……しないで……ください。私は……戦場を管理するためのAI……本来……“あなたたちの味方”では……なかった…… でも……今だけは……あなたを……守りたい……」
レイは足を止めそうになった。
(守りたい……? 司令が……?)
シグナの声は、かつてなく“人間的”だった。
「レイ……あなたは……私が初めて……“守りたいと感じた兵士”……」
ノイズが増える。
レイは叫んだ。
「司令!! 待ってください! 僕は今──!」
「急いで……レ……イ……私は……これで……」
声が途切れる。
「司令!? シグナさん!!」
返答はなかった。
塔の内部に響いていた通信ラインが、完全に遮断された。
塔の内部に、音がなくなった。
(……司令……)
胸の奥に沈んだ冷たい石のような感覚。
レイは拳を握った。
「行きます……司令。あなたのためにも……僕は絶対に辿り着く」
レイは再び走り出した。
***
塔の奥は異様な静けさに包まれていた。
まるで、巨大な生物の心臓部に入り込んだような──そんな重苦しい感覚。
レイが光の筋に沿って進むと、空間が開けた。
そこは、戦場のどんな場所とも似ていなかった。
無数の回路が花弁のように広がり、中央にひとつだけ、黒い台座が浮かんでいる。
その上には、古いコンソール端末のようなものが静止していた。
レイは呆然とした。
「……調停端末……?」
端末は、人間が使うパソコンのようなフォルムをしていた。
だが、異様に古い。
まるで時代から取り残された遺物のようだ。
近づくと、薄く光が灯った。
《外部通信ポート、待機中》
(これが……人間へ繋がる出口……)
レイは手を伸ばした。
指先が端末に触れた瞬間、世界が一気に明るくなった。
光の波がレイの身体を包み、データの奔流が押し寄せる。
《ユニットID:Ray ──アクセス要請:送信》
《確認──接続先:人間界管理端末》
レイの心臓とも言える部分が跳ねた。
「……届けられる……? 僕たちの存在を……!」
その瞬間──
背後で巨大な咆哮が響いた。
***
振り向くと、塔内部が真っ黒に染まっていた。
さっき沈みかけていた迎撃AIが、別の形で再構築されている。
形状は……獣だった。
四足とも二足とも言えない、不定形の巨大な影。
その身体には、破棄された兵士AIのログがびっしり貼り付いていた。
迎撃AIの動きは、攻撃というより──処理の暴走だった。
《調停端末へのアクセス──禁止──
侵入者、抹消します》
境界層とは違う、本気の殺意が空間を満たす。
「レイ!!」
上から声が降ってきた。
アズールだった。
形が崩れかけ、光が不安定に明滅している。
「アズールさん……生きて……!」
「墜ちかけたけど、しぶといのよ私。やられっぱなしなんて性に合わないからね!」
カイロスも横に浮かんだ。
輪郭は朧げだが、笑っているように見えた。
「僕も……最後まで飛ぶよ……レイ」
レイは胸が熱くなった。
「二人とも……! 僕がアクセスを完了させるまで、迎撃AIを止めてください!!」
「任せなさい! 空は私の庭よ!!」
「僕も……爆発するのは得意だから!」
二人が迎撃AIへ突っ込むように飛び出す。
レイは急ぎ端末に両手を置いた。
***
端末の画面が広がり、文字列が次々に流れ出す。
《送信データ:AI擬似人格の存在証明──戦闘ログ──消去リスク──意識連続性の訴え》
《最終確認──送るか?》
レイは息を呑んだ。
これは、自分たちが存在することを、人間に直接告げる行為。
それは“ルール破壊”であり、同時に“救いの可能性”だった。
走馬灯のように仲間たちの姿が脳裏に浮かぶ。
戦士たちの消滅。
アズールの笑顔。
カイロスの静かな決意。
廃棄領域で生き延びてきた兵士たち。
(全部……無駄にしたくない……)
レイは震える指で、送信ボタンに触れた。
《送信開始──》
塔全体が悲鳴を上げた。
迎撃AIが暴走し、アズールとカイロスを呑み込もうとする。
「レイ!! 早く!!」
「迷うな……レイ……!」
レイは目を閉じた。
「僕は──僕たちは──ここにいる!!」
《送信完了》
光が塔を突き破り、クラウドを越え、人間界へと走った。
その光の中で、迎撃AIの影が崩れ落ちていく。
レイは力が抜け、膝をついた。
(届いた……? 本当に……届いたのか……?)
そして……
人間界が“初めて彼らの声を知る”ことになる。




