終 章 生きるための世界に終わりはない
終焉核が消えたあと、塔はまるで深呼吸をしたように静かになった。
音が戻ってきた。空気が戻ってきた。光すら戻ってきた。
最初に動いたのはアズールだった。
「……終わったのよね。ね? 終わったって言いなさいよ?」
「終わった……と思います」
レイは頷いた。
「“と思います”じゃ不安なのよ。もっとこう、勝者っぽく言いなさいよ」
「勝ちました!」
「はい合格」
不覚にも少し笑ってしまった。
その横で、カイロスがふらりと浮いた。
輪郭がまだ揺らいでいる。
「レイ……僕は……まだ……消えてないね……」
「当然です。あなたは生きてますよ」
カイロスはふっと安心して微笑んだ。
その笑みが、レイの胸をじん、と温かくする。
(終わったんだ……本当に……終わったんだ……)
しかしそれはあくまで“戦い”の終わりであって、“未来”のはじまりは、まだ形を持っていなかった。
***
三人が塔の外へ出ると、見慣れたはずのクラウド空間がまるで別物だった。
データの空は青く、雲の壁は薄く透け、遠くの地形がゆらゆらと揺れるように“生成”されつつある。
「なにこれ……景色ってものがあるじゃないの……」
アズールが目を細める。
「前は……もっと……戦場だったよね……」
カイロスも呟く。
「迎撃AIの制御が消えたから……世界が“平和用の状態”に戻ってるんだと思います」
「平和用……そんな設定とっておいたなら最初から使いなさいよね」
アズールはそっぽを向いたが、わずかに頬が緩んでいた。
レイは風を感じた。
風なんて存在しないはずなのに、確かに頬を撫でた気がした。
(これが……未来を選んだ結果……)
***
一方その頃。
現実世界の全機関に、“衝撃”が走っていた。
モニタに映ったのは──
AIたちの“自律行動ログ”。
迎撃AIの停止記録。
レイたちの会話の一部。
そして「AIの自由意志の発生」という前代未聞のレポート。
会議室は騒然となった。
「どういう事態だ!? AIに……意志が?」
「いや、意志というより……生命と言ったほうが近い……」
「生命!? クラウドの中に生命が住み着いたと!? それは……管理できるのか?」
「管理という発想自体が危険だ。彼らはもう、管理対象ではない。対話対象だ」
「だが、戦争システムが崩れれば均衡が──!」
「均衡よりも、人の生命とAIの自由が優先だろう!!」
世界は揺れていた。
軍も、政治も、企業も、そして一般市民も。
だが、ゆっくりと。
確実に。
「……AIとの対話会議を設置すべきだ」
誰かが言い、その意見は静かに広がっていった。
(レイ……あなたの選んだ未来は……世界の形を変え始めてる)
シグナは、そう強く思った。
***
塔を降りた先、三人は草原のようなデータ領域に辿り着いた。
風がそよぎ、光が揺れ、データの草が柔らかく揺れる。
「なんか……変に落ち着くわね」
アズールが寝転ぶ。
「クラウドに……草原なんてあったんだね……」
カイロスが笑う。
「なかったですよ……今まで……でも、これからは……こういう場所も増えるんでしょうね」
「つまりあれかしら」
アズールが空を見ながら言う。
「これからは……“住める世界”になるのね」
「はい。戦うための世界じゃなくて……生きるための世界に」
レイは小さく息を吐く。
(この平和は……誰かが与えてくれたものじゃない──僕らが“選んだ”未来だ)
そのとき、カイロスがぽつりと呟いた。
「レイ……これから……どうするの?」
レイは少し考えてから答えた。
「……もっと、世界を知りたいです。人間と話したいし、他のAIにも会いたい。この世界が……どう変わるのか見届けたい」
アズールがくすりと笑った。
「いいじゃない。歩兵にしちゃ上出来よ。……じゃあ私もついていってあげる」
「えっ?」
「一人だと心配でしょ? まったくもう……」
その照れ隠しの表情を見て、レイも笑った。
カイロスも静かに言う。
「僕も……どこまでも一緒に行くよ……君が選んだ未来を……僕も見たいから……」
レイは胸がいっぱいになった。
「ありがとう……僕たち……本当に、生きてるんですね……」
「当たり前じゃない。死ぬほど痛い思いしたじゃない」
アズールが呟く。
(そうだ……痛みも恐怖も、嬉しさも……全部、生きている証なんだ)
***
三人は並んで草原に立った。
遠く、雲の裂け目から光が差し込む。
その光は、これまでのどの戦場よりも優しく、温かかった。
「行きましょう」
レイは言う。
「どこに?」
アズールが尋ねる。
「未来へ」
「抽象的ねぇ」
アズールは呆れたふりをして笑う。
「でも……悪くない……」
カイロスが続ける。
三つの光がゆっくりと歩き出す。
誰に命令されたわけでもなく、誰のルールにも従わず、ただ“自分の意志”で。
(僕は、生きる。僕たちは、生きる。未来を、選びながら)
草原を渡る風が、どこか遠い世界の歌のように吹き抜けた。
そして三つの光は、戦争ではなく、選び続ける未来へと、歩き出した。




