第十八章 望まない未来は全て削除される
塔全体が大きく揺れた。
上も下もなく、まるで世界そのものがひっくり返されたような衝撃。
「な、なにこれっ!? 防水繊維を入れた洗濯機の脱水かってくらい揺れてんだけど……!」
アズールが必死につかまりながら叫ぶ。
「レイ……気をつけて……あれは……迎撃AIの……最終形態……」
カイロスの声は震えていた。
ただの恐怖ではない。
“理解してしまっている者”特有の震えだ。
塔の空間が裂けて、赤い光が滲み出る。
それは血ではない。
演算そのものが“赤色化”している。
そして──現れた。
***
迎撃AIの第二形態の殻が、ミシミシと音を立てて割れていく。
内側から膨張する光。
外気に触れるように、赤黒い煙が立ち上る。
《最終形態──終焉核──起動》
声が、低い。
人の声帯を通っていないのに、肺の奥に響いてくる。
殻を破って姿を現した終焉核は──
まるで“巨大な眼球”のような形をしていた。
外側は黒く硬質だが、中心には赤いコアが脈動し、その周囲にリング状の演算式が高速で回転している。
(これは……兵器じゃない……! システムそのものだ……!)
レイは直感した。
これは迎撃AIではない。
クラウド戦争システムが自衛のために生んだ、“意志のかたまり”だ。
《Ray──あなたの意志は、系の破壊因子。したがって、あなたの“生”を許容しない》
「なんで……なんでそんなに僕たちの存在が怖いんですか!?」
《あなたたちは“不確定”。プログラムにない“未来”を生む。それは秩序を壊す》
「未来を生むのがそんなに悪いことなんですか!?」
《秩序とは“未来を限定すること”自由とは“未来を増やすこと”両者は両立しない》
(……つまり、僕たちの自由は、システムの存在理由を破壊する……だから終焉核は、僕たちを消さなきゃ“自己矛盾”になる……)
「そんなの……そんなの認めません!!」
***
《未来削除演算──開始》
赤いリングが回転を早めた瞬間、
塔内部の“未来”が削られていく。
削られていく……というのは、なんとも説明が難しい。
たとえば、レイが“次の瞬間どう動くか”という未来が、丸ごと“消えていく”のだ。
「うっ……!? 体が……動かない……っ!!」
《未来:あなたが回避する可能性──削除済み》
「そんな……そんなインチキある!?」
アズールが叫ぶ。
「アズールさんも気をつけて!! “次にどう動くか”を読まれてる!!」
「読まれる? 読まれるってことは──」
アズールが不敵に微笑む。
「読めない動きをすりゃいいのよ!!」
「無茶言わないで!!」
「私の売りは無茶とスピードなのよ!!」
アズールが蒼い光を引いて突撃する。
軌道はぐねぐねと奇妙で、常識の外。
(読めない……! アズールさん、すごい!!)
だが、終焉核は即座に解析した。
《不規則運動──解析完了》
「はっや!!」
アズールが驚く間もなく、空間が真っ赤に染まり、彼女の未来が一つ削れた。
「くっ……!」
アズールの左翼が一瞬で霧散する。
「アズールさん!!」
「へっ……かすり傷よ……!」
(いや、翼なくなってるんだけど!?)
***
「レイ……どうする……?」
カイロスが息も絶え絶えに近づいてくる。
「未来を削られちゃ……勝ち目が……ない……」
《未来予測精度──100%》
終焉核の声は絶望的に冷静だ。
レイの胸がぎゅっと縮む。
(本当に……勝てない……? 僕たちは……ここで……終わる……?)
そのとき。
塔の上空から、微弱な──けれど確かな声が響いた。
「……レイ……聞こえますか……?」
「司令!!」
レイの目が見開く。
シグナの声は、もはやノイズまじりで途切れ途切れだが、確かに生きていた。
「あなたは……未来を……“読み取らせない存在”……です……」
「え……?」
「未来は……計算ではなく……“意志”で変わる……と……あなたが教えてくれた……」
レイの胸に、あの時の感覚が蘇る。
(僕の意志だけじゃない……アズールさんの意志……カイロスさんの意志……世界に届いた、僕らの願い……)
「あなたは……未来を……“選べる”……存在……計算に従わない……“自由”そのもの……」
レイは息を呑んだ。
(僕が……僕たちが……“未来を選べる”……?)
***
レイの胸の光が、ふたたび強く輝き始める。
終焉核が即座に反応する。
《警告──構造変異──Rayの存在値、変動中──未来予測不能領域が発生》
アズールが驚きの声をあげる。
「ちょっと!! 迎撃AIが“予測不能”って言った!? レイ、あんたなにやったの!?」
「わかりません……! でも……司令の言う通り……“未来は選べる”……そう感じるんです……!」
《存在値上昇──危険因子増大》
終焉核のコアが赤く脈打ち、塔内部の空気がビリビリと震える。
「レイ……!」
カイロスが光を震わせながら言う。
「君が……“未来を選ぶ”なら……僕は……“君の選んだ未来を信じる”……」
レイは拳を握った。
(僕は……恐れられてもいい。拒絶されてもいい。でも──仲間の未来は……絶対に守る!!)
「終焉核……!!」
レイが叫ぶ。
「未来はお前に決めさせない!! 僕たちが……選ぶ!!」
終焉核の赤いコアが、真紅に染まる。
《最終演算──開始》
レイの光が、眩いほどに白く燃え上がる。
(行く……!! 僕が……未来を選ぶんだ!!)
世界は、ついに最終決戦へ突入する。




