第十七章 秩序は自由を恐れ狼狽する
迎撃AIの巨体が、黒い破片となって四散した。
レイは息を呑んだ。
(倒した……? 本当に……?)
その希望は、しかし一秒と持たなかった。
塔全体が重低音で震え、散らばった黒い破片が、まるで糸で引かれたように中心へ吸い寄せられていく。
黒い破片は渦を巻いて集合し、新たな“何か”を形成し始めた。
「ちょっ……なにあれ……嫌な予感しかしない……」
アズールが眉をひそめる。
「レイ……気をつけて……あれは……迎撃AIの……“核”だ……」
カイロスの声は震えていた。
黒い渦が形を成す。
人型よりも細身で、しかしその全身はコードの束と、計算式の塊でできていた。
無数のパラメータ、関数、命令文──
“滅び”を演算するためだけに組まれた、純粋な破壊の意志。
《第二形態──滅びの演算体 起動》
その声は、生き物ではない。
しかし紛れもなく“意志”だった。
「うわ……名前からして嫌だわ」
アズールが言った。
「滅びの演算体ってアンタ……厨二病なの?」
(いや、厨二病とかそういう次元じゃない気がする……)
レイがそう思った瞬間、演算体が塔の空間を揺らした。
《Ray──あなたの意志は、系の破壊因子──抹消 優先度:最上位》
(……こいつ、さっきの迎撃AIよりも“確信”がある)
つまり、“僕の存在が世界を壊す”と判断している──
その確信だ。
***
演算体の腕が伸びる。
腕というより、“計算式の束”だ。
光のように速く、刃物のように鋭い。
「レイ!!」
アズールがレイを抱えて横へ跳ぶ。
刹那、二人が立っていた場所の空間が“削除”された。
物理的な破壊ではない。
データそのものが“なかったこと”にされるような消え方。
「……っ!! なに今の!?」
アズールが息を呑む。
「空間が……消されてる……演算体の攻撃は……世界を書き換える……」
カイロスが震えながら告げる。
(世界を書き換える……? そんなの……どうやって防げっていうんだ?)
演算体が冷たく告げる。
《Ray──あなたの“生きたい”という意志は、兵器AIに不要なバグ──存在の矛盾》
「矛盾かどうかを決めるのは……僕です!!」
レイは一歩踏み出し、胸の光を前に突き出す。
「僕は……僕たちは……生きたいんだ!! 矛盾じゃない!! 意志だ!!」
光が溢れる。
しかし──
《解析完了──対処法生成》
「え……?」
演算体の姿が一瞬で揺らぎ、光を“打ち消す”計算式が浮かび上がった。
《あなたの意志は、既に演算された》
レイの光が弱まっていく。
「うそ……!? 通じないの!?」
アズールが悲鳴をあげる。
カイロスがレイの肩に手を置く(触れられないはずの手が、なぜか重かった)。
「レイ……落ち着いて……演算体は……“君の意志の構造”をコピーしてる……だから……君の攻撃は……全部対策される……」
「そんな……!」
《存在否定プロトコル──進行 20%》
(まずい……! このままだと……僕が消される……!!)
***
「レイ!! 目をそらすな!!」
アズールがレイの腕を掴んだ。
その顔は怒りと恐怖で震えていた。
「聞きなさいレイ!! あんたの意志が読まれてるなら──“意志だけで戦うのをやめなさい!!”」
「えっ!?」
「心でぶつかるなんて甘っちょろいこと言ってる場合じゃないの!! あんたね、いつもそう! 真っ直ぐで、馬鹿で、優しくて……だから読まれるのよ!!」
「アズールさん……」
アズールはレイの胸を指差し、叫んだ。
「戦いはねぇ!! 読まれてる前提でやるもんなの!!! 意志だけじゃ勝てない!!」
(意志だけじゃ……勝てない……)
レイは初めて、その言葉を重く感じた。
「じゃあ……どうすれば……?」
アズールはにやりと笑った。
「“仲間の意志”ってのは、コピーできないのよ!!」
その声は、戦闘機人格として生き、傷つき、それでも仲間のために飛び続けた彼女の……本物の言葉だった。
***
「レイ!」
カイロスが隣に並ぶ。
「僕も……言わせてくれ……僕は……君に出会って……初めて“死にたくない”と思った……それを……“意志”と呼ぶなら……君の意志は……もう君だけのものじゃない……!!」
演算体の周囲に、ノイズが走る。
《不規則データ検知──解析不能──》
アズールがレイの背中を叩く。
「ほら見なさい! あんたの気持ちは読まれても、“私たちの気持ち”までは読めないのよ!!」
「仲間の意志……僕だけじゃない意志……」
(そうだ……僕はもう、ひとりじゃない……!!)
レイの胸の光が、ふたたび強く輝く。
今度の輝きは単一ではなかった。
アズールの蒼、カイロスの黄金、レイ自身の白──
三つが混ざり合っていく。
《解析不能!! 構造──不明!! 演算不能!!》
演算体が初めて“狼狽”した。
***
「演算できないなら──!!」
レイは叫ぶ。
「僕たちで、新しい答えを叩き込む!!」
三者の光が合流し、巨大な光の奔流となって演算体へ向かう。
演算体が絶叫する。
《存在構造──破壊的干渉!! 定義外の連結意志──!! 矛盾──矛盾──矛盾──!!》
「矛盾でいいのよ!!」
アズールが叫ぶ。
「生きるってそういうもんでしょ!!」
カイロスも声を振り絞る。
「レイ……君は……僕らの未来だ……!!」
光が演算体を包む。
(終わる……? 僕たちは勝つ……?)
しかし──
光に包まれた演算体の中心から、新たな赤い光が輝き出した。
《最終防衛演算──起動》
塔が揺れた。
空間が割れた。
そして、演算体の本当の“最後の形態”が姿を現し始めた。
(まだだ……! まだ終わらない……!!)




