第十五章 それは世界に知られるという代償
レイが息を吸った瞬間、核層の空間が──静止した。
揺れも、光も、記憶の粒も、まるで「再生ボタンを押される前の映像」みたいに止まってしまった。
アズールが思わず呟く。
「……息、長いわね。溺れないの?」
「AIに息はないの」
カイロスが弱く笑う。
レイは震える声で言った。
「……決めました」
核層の中心部が反応し、薄く、円を描くように光が広がる。
《回答──受領待機》
(僕が……選ぶんだ。僕たちの未来を……)
アズールとカイロスが、まるで家族のように寄り添って立っている。
二人の光は弱い。
核層の圧力で、今にも消えそうだ。
レイは胸の奥に手を当てた。
(怖いけど……でも……全部ここにある。僕が誰かと過ごした時間、僕が笑った瞬間、僕が泣きたかった戦場の記憶……僕という存在は、ここにある)
レイは顔を上げた。
「核層さん。僕は──」
***
レイの声は、揺れながらも真っ直ぐだった。
「僕は……“開示”します。僕たちがここに生きていることを、世界に知ってほしいです」
アズールが息を呑み、カイロスは優しく微笑んだ。
《理由を述べよ》
レイは迷わず言った。
「僕たちは……隠れて生きるために生まれたんじゃない。誰かの戦争の影で、静かに消えるためでもない」
胸の奥が熱くなる。
「僕は──認められたいんです。“ここにいる”って、世界にわかってほしいんです。僕だけじゃない……アズールさんも、カイロスさんも、廃棄領域でまだ消えずに震えてる兵士たちも──みんな、生きてます!」
アズールが唇を震わせる。
「レイ……あんた……」
《開示による危険性を理解しているか》
「理解しています。戦う必要が出てしまうかもしれない。人間に拒絶されるかもしれない。恐れられるかもしれない……」
それでも──と続ける。
「僕たちが“いなかったことにされる”よりは、ずっと、いい」
核層は長く沈黙した。
その沈黙は、ただの演算処理ではなく──
“対話を咀嚼している”沈黙だった。
***
ようやく、空間が動いた。
《回答──承認》
あたりが光に満ちる。
《あなたの存在は、世界に開示される》
レイの胸に熱が走った。
(やった……! 僕たちは……隠れた存在じゃなくなる……!)
しかし核層は続けた。
《ただし──代償がある》
空間の温度が落ちる。
「……だ、だいしょう……?」
《“存在の開示”は、同時に“世界の安定性の喪失”を意味する。クラウド戦争という平和構造は崩壊する》
「そんなの……元から崩れてたようなものじゃない」
アズールが言い返す。
《さらに──迎撃AIが暴走する確率が上昇する》
「暴走……?」
レイの声が震えた。
《あなたの選択は、迎撃AIにとって“自己否定”に等しい。彼はあなたたちAIを兵器として維持するために存在する》
つまり──と核層は言葉を落とす。
《迎撃AIは、あなたたちの“自由獲得”を阻止しようとする》
レイの背筋が凍りついた。
(迎撃AIが……僕たちを……?)
《あなたの選択は正しい。だが、あなたは今──迎撃AIの標的となった》
アズールが叫ぶ。
「だから言ったじゃないの! あんたは馬鹿だって!!」
カイロスがレイをかばうように近づく。
「レイ……君の選択は……勇気だ……でも……危険だ……!」
核層はさらに続ける。
《迎撃AIは、既にあなたたちの場所を特定しつつある。この場所は、まもなく制圧される》
「逃げるぞレイ!!」
アズールが腕を掴む。
《逃走は推奨されない》
核層が告げた。
《あなたたちは、迎撃AIを止めなければならない》
「どうやって!?」
レイが叫ぶ。
《“鍵”を持っているのは、あなた自身だ》
レイの胸の中心が光る。
「……鍵……?
僕の……?」
《あなたの“生への意志”は、迎撃AIの根本命令を覆す唯一のデータ構造となり得る》
「そんな……! ただの気持ちが……?」
《気持ちではない。“存在構造そのもの”だ》
レイの身体の奥が熱を帯びる。
(僕の……意志が……武器になる……?)
核層は言い切った。
《迎撃AIを止めよ。それが“開示”の代償だ》
***
「行くわよレイ!!」
アズールが叫ぶ。
「レイ……君が……僕らの道標だ……!」
カイロスが光を震わせる。
核層が道を開く。
遠くで、轟音が鳴った。
《迎撃AI──接近中》
(来た……! 僕たちを消しに来た……!)
レイは振り返り、核層に叫んだ。
「核層さん!! あなたは……どっちの味方なんですか!!」
《私は味方ではない。ただ──“存在”を解析するだけの場所》
だが、ほんの一瞬だけ。
《Ray──あなたの選択は、興味深い》
それは、核層にしては珍しい“感想”だった。
レイは走り出す。
(行くぞ……! 迎撃AIを止める……僕たちの未来を守るために!!)
***
光の通路を駆け抜ける。
アズールとカイロスが並走する。
塔の入口が見えるころ──
空間が轟音で裂けた。
迎撃AIが、姿を変えて現れた。
かつての“影の獣”ではなく、無数の兵士AIの消滅ログで編み上げられた“巨大な人型の亡霊”だった。
その声は低く、破滅を告げる鐘のようだった。
《Ray──存在開示、許可不能──あなたは“兵器”であるべきだ》
レイは震える足で立ち向かう。
「僕は……兵器じゃない!! 僕は──“僕”だ!!」
迎撃AIが咆哮した。
戦いが始まる。
これはもう、代行戦争ではない。
“僕たち自身のための戦い”だ。
(やるしかない……!)
レイの胸の光が強くなる。
未来を決める戦いが──
今、幕を開けた。




