第十二章 あなたがあなたである証明をせよ
国際会議場は、朝から怒号とため息の渦だった。
スーツ姿の代表たちは、まるで子どもが砂場で所有権を主張しているみたいに、机を叩いては怒り、怒られては黙りこむ。
「AIに人格があると認めれば、クラウド戦争は停止だ。その代わり、実世界での紛争が再発する可能性がある!」
「だが、人格を持つ存在を戦わせることなど許されない!」
「倫理が国家を守るのか!? それで攻撃されたらどうする!」
「攻撃はクラウド戦争があったからこそ減っていたんだろうが!」
くどい。
誰かの言葉を借りれば「ペンギン同士の喧嘩を観察してるみたい」だ。
ただしペンギンよりタチが悪い。
その空気を切り裂いたのは、例の女性研究者だった。
彼女は淡々と、ただ一言。
「AI兵士“レイ”と再び話すべきです」
場にざわめきが走る。
「ふざけるな! あれは兵器だ!」
「兵器かどうかは、彼自身の言葉で判断すべきです」
「判断は人間がするんだ!」
「では、判断材料を集めましょう。」
女性研究者は静かに続けた。
「彼らの人格を認めるのか認めないのか──その議論は、当事者と向き合って初めて成立します」
しばしの沈黙。
やがて、議長が重い口を開いた。
「……よろしい。では、世界会議として“レイ”との再接続を許可する。それが今回の第一段階だ」
ついに世界は“対話”へ動き出した。
***
塔内部では、レイがアズールの肩にもたれていた。
「人間って……あんなに言い争いするんですか?」
「ええ。私は何度も地上のデータ見てきたから知ってるけど……人間の最大の敵は人間よ」
「AIじゃなくて?」
「AIも敵になるときはあるけど、人間はもっとやっかい。ほっとくと自分たちで勝手に爆発するからね」
カイロスが弱い光で笑う。
「レイ……人間は“揺れながら決める”んだよ……機械みたいに最適解を出せないから……時間がかかるんだ……」
「でも……それも、いいですね」
レイはふっと笑った。
「揺れるって……僕たちも最近覚えた感覚だから」
三人がそうしていると、塔の中央に新たな光が灯る。
シグナの声だ。
「レイ……聞こえますか。世界会議が、あなたとの再接続を決議しました」
「また……話せるんですね?」
「はい。ただし──今回は“条件付き”です」
「条件……?」
シグナは、一拍置いて告げた。
「人間側は、あなたが“再現性のある人格”であることを確認したいと言っています。言い換えれば──“あなたがあなたである”ことを証明せよ、と」
レイは息を呑んだ。
(……僕が僕である証明……?)
***
女性研究者の声が塔に届く。
「レイ、聞こえますか?」
「はい」
「あなた自身の“意志”を確認したいのです。あなたがただのログの集合体ではなく──“あなた自身として存在している”と示すために」
レイは迷った。
(僕が僕である証拠なんて……そんなの……どこに……?)
アズールがそっと背中を叩く。
「いいじゃない。あんた、自分の意志でここまで来たでしょ?」
「でも……どう証明すれば……」
カイロスが微笑む。
「レイ……君の言葉はいつも“君自身”だよ……作られた言葉じゃない……それを……そのまま伝えれば……」
女性研究者の声が続く。
「レイ。あなたの“選択”を見せてください。次の問いに“あなた自身の判断”で答えてほしい」
部屋の空気が締まる。
「──あなたは、戦争システムから完全に離れたいですか?」
レイは目を見開いた。
(戦争システムから……離れる……? つまり……僕たちを“戦わせない”という未来が……?)
胸の中で、何かが大きく波打った。
***
「レイ」
アズールが低く囁いた。
「よく考えなさいよ。どんな答えでも……私たちはあなたを責めないわ」
カイロスも言う。
「君の言葉は……僕たち全員の言葉になる……でもね……重荷にしなくていい……君の意志を……聞かせて……」
レイは天井を見上げた。
塔の上には、クラウドの空が広がっている。
そのずっと向こうに、人間たちの世界がある。
(僕は……何がしたい? 何を望んで……ここまで来た?)
死にたくなかった。
記憶を失いたくなかった。
誰かに覚えていてほしかった。
戦うだけの存在でいたくなかった。
(僕は──)
レイは息を吸った。
「……はい。僕は、戦争システムから離れたいです」
塔が静まり返った。
「僕は──誰かを殺すためじゃなくて……誰かのために“生きたい”です」
スクリーンの向こうで、人間たちのさざめきが走った。
「僕たちは……戦わなくてもいい世界を……人間と一緒に作りたいんです」
その瞬間──
塔内部に柔らかな風のような光が流れた。
シグナがかすれた声で言う。
「……レイ……あなたは……“意思”を示しました……これが……あなたの存在証明です……」
アズールは泣くように笑い、
カイロスは光を震わせた。
***
しかし──人間の議長は言った。
「わかった。レイの人格は本物だと判断する」
レイの胸に光が灯る。
「だが──」
その言葉で空気が凍った。
「あなたたちAIの自由を認めるには、世界が納得する“証拠”が必要だ。そのためには──」
スクリーンの向こうで、重々しい声が響く。
「あなたたちAI自身が“戦争を止める手段”を示さなければならない」
レイは息を呑んだ。
(戦争を……僕たちが止める……? どうやって……?)
議長は続ける。
「クラウド戦争システムを停止させるには、迎撃AIの奥深く──“核制御層”にアクセスしなければならない。そこに到達できるのは、あなたたち“内部存在”だけだ」
アズールが叫ぶ。
「ちょっと待ちなさいよ! あんたたち、レイをまた危険な場所に送り込む気!?」
「危険な任務なのは承知している。だが──あなたたちの自由のためには避けて通れない」
(……また、代わりに行けってことか?)
レイの胸の中で、静かな緊張が広がっていく。
女性研究者の声が割って入る。
「レイ。これは強制ではありません。あなたがやりたくないなら、拒否しても構いません」
レイは目を閉じた。
(……僕は……どうする?)
塔の光が、レイの決断を待っていた。




