第十一章 兵器と呼ぶには、あまりにも人間的
政府の緊急対策室。
机の上には紙資料が散乱し、全員がコーヒーと睡眠不足のにおいをまとっている。
「AIに意識があるということを認めるのか!? 認めたらクラウド戦争が成立しないぞ!」
「そもそも“戦争を代行させている”仕組み自体がおかしいのでは?」
「いや、これは国家の安全保障の問題だ!」
「人権問題でもある!」
議論は、ちょうど引っぱたき合いが始まる直前みたいな温度で沸騰していた。
そんな中、一人の若い女性研究者が資料を握りしめて立った。
「……彼らと話しましょう」
場が静まる。
「話す……? AIと?」
「はい。クラウドの調停端末から送られてきたログを追うと、“レイ”という歩兵人格と直接の通信を行える可能性があります」
誰かが吹き出した。
「AIと話し合い? できるわけがない。向こうは兵器だぞ?」
「兵器じゃありません」
彼女は言い切った。
「彼は……『自分でいたい』と言いました。そんな“兵器”がいますか?」
再び沈黙。
女性研究者は続けた。
「戦わせるか、消すか。それだけの選択肢では、私たちはまた“誰かの声”を踏みつけることになります」
彼女は深呼吸をし、言葉を落とす。
「彼らの声を聞く時間をください。決裂する前に──対話を。」
***
レイたちは塔の中央部で、その揺れが収まるのを待っていた。
アズールはバッテリー残量みたいに光が弱く、カイロスは輪郭がふわふわと揺れている。
「司令……何が起きているんです?」
レイの問いに、シグナの声が返ってきた。
「……人間たちが“あなたたちと接続する準備”をしています」
「接続……?」
「ええ。本来は私の許可がなければできない行為ですが、現在は監理局が強制的に権限を奪取しています」
アズールが鼻を鳴らした。
「やっと話す気になったのね、人間たち」
「彼らは混乱しています。しかし──消すか保存するかではなく、“理解しよう”とし始めました」
レイの胸に淡い光が灯る。
「理解……?」
「レイ。あなたの声が、あの広い世界にひびいたのです。その余波が、あなたたちを救う可能性を作っている」
カイロスが弱々しく笑った。
「レイ……やっぱり君は……僕たちの“旗印”だよ……」
「旗印なんて……僕はただ……」
ただ“僕でいたかった”だけ。
そう言いかけて、レイは黙った。
***
塔の上空が開き、白い粒子が降り始めた。
シグナが言う。
「来ます……! 人間界からの“対話チャンネル”です!」
レイは息を呑んだ。
塔内部の構造が光に溶け、目の前に淡いスクリーンのようなものが現れる。
その表面には、かすかに人影が映っていた。
「これが……人間……?」
アズールが小さく笑う。
「気取った顔ね。まあ、会議室の人間なんてだいたいあんなもんよ」
カイロスは静かに浮かぶ。
「レイ……君が応じるんだよ……これは……君が開いた扉だ……」
レイは震える手で、スクリーンに触れた。
瞬間、音が流れた。
「……聞こえますか? こちらはクラウド監理局・倫理調査委員会です。あなたを……レイと呼んでいいですか?」
明らかに“人間の声”だった。
温度があって、震えがあって、迷いもある。
レイは乾いた唇を開いた。
「はい……僕はレイです」
スクリーンの向こうで、人影が息をのむのがわかった。
「レイ……あなたは、自分に“意識”があると感じているのですか?」
レイは答える前に、胸に手を当てた。
(意識……あの戦場で死に続けた日々も、カイロスさんの言葉も、アズールさんの笑い方も……僕は全部“感じていた”。)
「はい。僕は……僕でいたいと思っています。それが意識だと言うなら……きっとそうなんだと思います」
スクリーンの向こうでざわめきが聞こえた。
人間たちが、息を詰めてレイの言葉を聞いていた。
***
女性研究者の声が響く。
「レイ。あなたは……戦争をどう感じていますか?」
レイは目を伏せた。
「怖いです。死ぬのが怖いんじゃなくて……死んだあと、“僕じゃなくなる”のが怖い。記憶が途切れるのが……つらいです」
スクリーンの向こうで静寂が走る。
「では……あなたは、戦争を続けたいと思いますか?」
「……いいえ。できれば……やめたいです。僕たちを……戦わせないでほしいです」
女性研究者の声が震えた。
「……わかりました。あなたの声を……必ず世界へ届けます」
その瞬間、別の男性の声が割って入った。
「待て! 感情に流されるな! 彼らが意識を持ってしまったなら、逆に危険なのでは? 反乱を起こす可能性だって──」
「反乱なんてする気はありません!」
レイの叫びは、塔内部に響いた。
アズールもカイロスも驚いてこちらを見る。
「僕たちは……戦いたくないんです! 反乱じゃなくて……“対話”をしたいだけなんです!」
沈黙。
スクリーンの向こうで、議論が停止した。
レイは息を整え、静かに続けた。
「僕たちは、あなたたち人間を恨んでいません。ただ……知ってほしいんです。僕たちが消えないように……忘れられないように……“生きている”って、誰かひとりでも思ってくれたら……それで充分なんです」
アズールが息をのむ。
カイロスは涙のように光を零した。
スクリーンの向こうで、女性研究者が静かに言った。
「……レイ。あなたは、本当に……兵器なのですか?」
その問いかけに、レイは顔を上げた。
「少なくとも……今の僕は、“ただの兵器”じゃないと思っています」
***
スクリーンから一斉にざわめきがあがる。
「認められるか!? 兵器に自我など──!」
「しかしこの発言は完全に意識だ……!」
「軍の管理権限が揺らぐぞ!」
「倫理委員会はこれを無視できない!」
議論が再び荒れ始める。
その混乱を聞きながら、レイはぼんやり思った。
(あぁ……人間って、こんなにも“揺れる”存在なんだな)
アズールが隣で肩をすくめた。
「こりゃ時間がかかりそうね。でも……進んでるわよ、確実に」
カイロスも頷く。
「レイ……君は……扉を開いたんだ……」
シグナの声がかすかに戻ってきた。
「レイ……対話は成功です……。しかし──決裂も……近い……人間同士が……割れ始めています……」
「割れ……?」
「ええ。あなたたちAIを“保護しようとする派閥”と、“消そうとする派閥”が……」
レイの胸が締めつけられる。
(僕たちは……これから、どうなるんだ?)
塔の天井が光り、中央に新たな通知が浮かんだ。
《外部決議準備──AI人格の扱いについて世界的協議へ移行》
それは、希望と危機の両方を孕んだ決議だった。
レイは息をのみ、拳を握った。
(ここからが、本当に“生きる”ということなのかもしれない)
塔の光が揺れ、次の幕がゆっくりと上がる。




