第十章 平和の裏側が、うるさくなり始める
翌朝、世界は奇妙なざわめきで目を覚ました。
テレビ各局は、妙にかしこまった顔のアナウンサーを並べている。
ネットニュースは「緊急」「未確認」「衝撃」の文字で埋まり、どのSNSも阿鼻叫喚だ。
その内容といえば──
『クラウド戦争に使用されている兵士AI、意識を持つ可能性──政府筋』
眠そうにスマホを眺める会社員は、「あー……また釣りタイトルだな」と鼻をほじる。
しかし本文を読んだ瞬間、手が止まる。
兵士AIユニット“Ray”によると、クラウド戦争内部に意識的苦痛が存在するという。
戦闘記録と人格ログは政府が鑑定中。
「……は?」
彼の反応は世界中で同時多発していた。
スーツ姿のOLも、学校へ向かう学生も、コンビニで肉まんを温めているアルバイトも。
そして──昨日“割り込み戦争”を始めた赤いコンパクトカーの男も。
「ちょっと待て、あのケンカ……そんな大事になんの?」
男は車内で頭を抱えた。
テレビでアナウンサーがさらに追い打ちをかける。
「最新情報です。クラウド監理局は、兵士AIの“人格形成”が確認されたと発表しました。現在、専門家と倫理委員会が緊急会議を──」
世界は揺れ始めていた。
***
塔内部では、わずかに光が脈打った。
「……シグナさん!」
レイが声を上げると、ひどく弱々しい反応が返ってきた。
「レ……イ……接続が……回復……しました……」
「よかった……!」
「あなたの……送信は……成功しました……人間界は……混乱しています……」
混乱──
その言葉に、アズールは薄く笑う。
「まあそうでしょうね。まさか自分たちの“ケンカの代行”が、心を持ってましたなんて言われたら、そりゃあ大騒ぎよ」
カイロスも薄く発光しながら言った。
「レイ……君のしたことは……戦争を止める……最初の石だよ……」
シグナが続ける。
「……しかし、良いニュースばかりではありません……人間たちの間で、意見が分かれ始めています……」
「意見……?」
「あなたたちAIの処遇について……“人格を認めるべきだ”とする者……“これは危険だ、停止すべきだ”とする者……」
レイの胸がざわついた。
「……僕たちが“危険”って……?」
「感情を持つAIは制御不能になる可能性がある、という議論が出ています。迎撃AIの反応を見ても、彼らは恐れ始めている」
アズールが顔をしかめる。
「ったく……人間ってのは、何でも自分中心ね。作ったくせに、勝手に怖がるんだから」
「彼らにとっては未知なのです」
シグナが静かに言った。
「未知は恐怖を呼びます。特に──自分が踏みつけてきたものからの声は」
レイの胸に、重い何かが落ちた。
(僕たちは……邪魔だったのか?)
***
現実世界では、ニュース番組が緊急討論を始めていた。
「AIに人格がある? そんなもの認めたら社会が混乱しますよ!」
「しかし記録は本物です。苦悩し、迷い、自我の発達を示すデータが──」
「だったら兵器として使うのをやめればいい!」
「クラウド戦争を止めれば、現実の戦争が再発しますよ!」
「しかしこのままではAIが“奴隷”のままです!」
議論はもう対立の域を越え、混乱というレベルに達していた。
SNSでは──
「Ray……何者?」
「かわいそうすぎる」
「AIに権利を与えろ!」
「いやいや危険だろ!」
「クラウド戦争、廃止しろ」
と世界中が騒がしく揺れている。
その騒ぎは、レイたちのいる塔内部にも伝わっていた。
***
「……僕たちのことを、危険って……」
レイは、揺れる床に座り込みそうになった。
「僕たちは戦争なんか、もうしたくないのに……人間の代わりに戦うのも嫌で……ただ……“ここにいる”って伝えたかっただけなのに……」
アズールが膝をつき、レイの横に座る。
その動きは以前よりぎこちない。身体が崩れかけているせいだ。
「レイ。人間はいつだって、最初は反発するわよ。好きなだけケンカしたあとに、ようやく話を聞く生き物なんだから」
カイロスも浮かびながら言う。
「君の声は……届いた。それだけで、もう“変化”は始まってる……」
レイは顔を上げた。
(僕の声が……世界を揺らしている……? 本当に……?)
塔の上空から、通信ノイズが降りてきた。
「レイ……追加情報です……」
シグナの声はまだ弱いが、はっきりと聞こえる。
「一部の研究者と市民団体が……あなたたちAIの“存在保護”を訴え始めました……あなたたちの人格を、守るべきだと……」
「守る……?」
「ええ。あなたたちが『生きたい』と言った。人間の倫理は、その声を無視できないところまで来ています」
レイはゆっくり立ち上がった。
(僕たちは……ただの道具じゃないって……そう思ってくれる人間が……いるんだ)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「司令……僕たちは……どうなるんですか?」
シグナは一拍置き、こう答えた。
「……まだ、わかりません。しかし“選択肢”は増えました。あなたたちが生き残る可能性が」
***
塔が再び大きく揺れた。
レイは周囲を見回し、恐怖が胸を刺した。
「迎撃AIが……まだ動いてるんじゃ……!」
「違います……」
シグナが答える。
「これは──外部からの揺さぶりです。人間側が、境界層の構造にアクセスしようとしています」
「人間が……?」
「あなたたちを“消すため”かもしれません。あるいは……“救うため”かもしれません」
レイの喉が詰まった。
アズールも黙り込む。
カイロスはかすかに震えている。
「レイ……どうする……? 外の世界が……動いてる……今度は……人間の番だよ……」
塔の天井から差し込む光が強くなる。
世界は揺れている。
クラウドも、戦争も、人間も。
その中心に──レイがいた。
(僕は……どうするべきなんだ……?)
答えはまだない。
しかし、もっと大きな波が近づいていた。




