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弁財天とクロガネ遣い  作者: 坂本光陽


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B:誤認世界


 〈クロガネ遣い〉は本能的に知っていた。

 モラルや善行の裏側には、〈悪意〉が潜んでいる。いや、正確にいえば、〈悪意〉の隠れ蓑には、モラルや善行が相応しいというべきだろう。


 例えば、幼い子供が十円玉を拾ったとする。交番に届けても、警察官はわざわざ拾得物の書類を作ったりしない。丁寧に御礼を言って、真面目に届けてくれたお駄賃として、財布から取り出した十円玉を与えるはずだ。


 だが、その対応を子供があらかじめ知っていて、十円玉を届けていたとしたらどうだろう。その十円玉は拾ったものではなく、子供自身の所有物だったとしたら?


 その子供の狙いは、自分は正直な良い子供である、と警察官に印象づけることにあった。そんな目論見もくろみがあり、警察官がまんまをだまされたとしたら、これほど皮肉なことはないだろう。


 しかし、このような誤認を利用することは、大人の世界では日常的に行われている。表と裏の二面性を活用していない大人は、おそらく一人もいないだろう。二面性を使いこなすことができて、初めて大人と認められるのかもしれない。


 何て、複雑で奇妙な世界だろう。子供の世界は、もっとシンプルだった。


〈クロガネ遣い〉は貧乏だというだけで、クラスメイトから嫌われた。それこそ、インフルエンザウイルス並みに毛嫌いされた。当時の精神的な苦痛は耐えがたく、日々、彼の心をむしばんでいた。


 どうすれば、この状況から逃れられるだろうか。〈クロガネ遣い〉は必死に頭を絞った。三日三晩考えて、これしかないという一つの結論を弾き出した。そうか、金持ちになればいいんだ、と。


 カネを手にする方法なら知っていた。新聞配達など子供にもできるアルバイトをするわけではない。空き瓶集めといった裏技を使おうというわけでもない。真面目に働くなんて真っ当な考えは、最初から選択肢にはなかった。


 カネのあるところから取ってくればいい。ただ、それだけの話である。


 例えば、賽銭箱さいせんばこの中である。子供の手が届くところに、小銭はいくらでも転がっていた。もちろん、それをとるのは犯罪である。大っぴらにできることではないので、人目のない時を見計らって、こっそり〈収穫〉した。


 運悪く、大人に見つかっても、「ごめんなさい。おカネとまちがって、大切なメダルを投げ入れてしまったの」と言い訳をした。

 悪賢い大人に教わっただけではない。自分の頭で考えたのだ。〈クロガネ遣い〉の表情と仕草は完璧だったので、盗みであると疑われたことは一度もなかった。


〈クロガネ遣い〉は、カネに対する嗅覚にも優れていた。自動販売機の下、駅の券売機の近く、コンビニのレジ付近にも、小銭は落ちていた。靴の紐を結び直す振りをしながら、それらをこっそり〈収穫〉した。


 ただ、小学校では、一度も〈収穫〉しなかった。〈クロガネ遣い〉の教室には、恵まれない子のために、募金箱が設置されていたが、ここからこっそり抜くなんてことは間違ってもしなかった。それどころか、廊下で小銭を拾ったら、バカ正直に担任教師に届けていたほどである。


 なぜ、そんなことをしたのか? もちろん、担任教師の信頼を勝ち取るためである。十円玉を交番に届けることと狙いは同じである。小学生なりに高度な判断に基づくものだから、クラスメイトからバカにされても平気だった。


 つまり、周囲の目を常に意識して、偽りの自分を印象づけることで、素顔と本心を覆い隠せ、ということだ。


 誰かに教わっただけではない。自分の頭で考えたのだ。自分の悪意や思惑を隠蔽するために、〈クロガネ遣い〉は地道な努力を重ねていた。金持ちになるには、時間がかかるかもしれない。それこそ、真っ当なやり方では難しいだろう。しかし、何が何でも金持ちになってみせる。


 それは夢でも目標でもなく、〈クロガネ遣い〉の人生を賭けた誓いだった。



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