C:弁財天の沈思黙考
〈クロガネ遣い〉は相変わらず、姿を見せない。啓杏大学の近くにいるはずなので、ずっと気配を消している、まさか、人間でありながら意識的に、弁財天の目をかいくぐっているのか。そんなことは現実にはありえない。
「ほんまにもう、なんやっちゅうねん」
カノンは腹立たしくてならない。その皺寄せは八つ当たりの形で、狗藤に向くことになる。しかし、申し訳ないとは思わない。せっかく〈弁天鍵〉という万能ツールを与えたのに、過剰に神経質になってしまい、満足に使いこなすことができないのだ。そんな情けない男に気遣う必要がどこにある。
狗藤という男は、どうせ八つ当たりの相手ぐらいにしか役に立たないのだ。今更ながら、カノンは悔やんでいた。なぜ、あんな情けない男を下僕に選んでしまったのか。我ながら見る目がなかったとしか言いようがない。
啓杏大学キャンパスに通い詰めていると、時々、〈どす黒いカネ〉の臭いを感じることはある。もっとも、あくまで痕跡にすぎない。〈クロガネ遣い〉の行方をたどることはできず、手がかりらしきものは皆無だ。
カノンは、自分の嗅覚を疑ったこともある。見つけられない焦りから、よく似たにおいをそれにちがいないと思い込んでしまったのではないか? もし、そうならば、的外れの場所に張り込んでいることになる。〈クロガネ遣い〉が見つかるはずもない。
いや、〈クロガネ遣い〉は間違いなく、ここにいるはずだ。啓杏大学キャンパスで〈どす黒いカネ〉のにおいを嗅いだ。その直感に間違いはない。そう思い直して、不毛な迷いは断ち切った。
そういえば、狗藤が妙なことを言っていた。黒之原が〈クロガネ遣い〉ではないか、と言うのだ。確かに、黒之原は〈どす黒いカネ〉の臭いを放っている。狗藤に言われるまでもなく、黒之原がカネに汚いことは一目瞭然だ。
だが、黒之原が〈クロガネ遣い〉ということは、絶対にありえない。黒之原は小物である。一言でいえば、セコすぎる守銭奴。贔屓目に見ても、チンピラだろう。
〈クロガネ遣い〉は断じて、チンピラではない。莫大なカネの流れ〈暗黒潮流〉を完全に掌握しているのだ。二十歳そこそこの若造ではありえない。アンダーグラウンドの重鎮なのだから、それなりの風格を備えていることは間違いない。
いや、もしかしたら、この判断が誤っていたのかもしれない。カノンは今一度、考えてみる。〈クロガネ遣い〉には風格がある、という思い込みが誤りではないのか。
カノンには珍しく、反省というものを行った。〈クロガネ遣い〉に対するイメージを真っ白にしてみる。思い込みや偏見を除外して、じっくり考えてみる。これまでの経緯をたどりながら、時間をかけて再検討を重ねる。
結論が出た。やはり、黒之原はクロではない。ただし、シロでもない。うすめのグレーといったところだろう。そう考えた時、カノンの脳裏に閃くものがあった。どんよりとした厚い雲が小さく裂けて、一筋の光が射したみたいに。
「まさかとは思うけど、ひょっとして、そういうことなんか」
ようやく、〈クロガネ遣い〉をさがし出す糸口を見つかったのだ。




