表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弁財天とクロガネ遣い  作者: 坂本光陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/38

B:第二ラウンド


〈クロガネ遣い〉は荒れた。彼にとって、初めての挫折だった。


 馴染みの女の部屋に転がりこみ、飲めない酒をあおっては悪態をつきまくった。愛想を尽かされたら、次の女の部屋に転がり込んだ。そこも追い出されて、行き場所がなくなると、路上でも平気に眠れるようになった。


 ある朝、〈クロガネ遣い〉は公園のトイレで、十数年ぶりに父親と再会した。ありえないことだった。死んだはずの父親が目の前にいたのだ。死ぬほど驚愕した。


 だが、よく見ると、それは洗面所の鏡に映し出された自分自身だった。今の〈クロガネ遣い〉の風貌は、定職につかず毎日飲んだくれていた父親と瓜二つだったのだ。


 父の身体からは酒と小便の混ざったような臭いがしたが、今の〈クロガネ遣い〉も同じだった。父と同じように、他人の悪口や不平不満ばかり口にした。理由もなく周囲に当たり散らし、強くもないくせに喧嘩をふっかけて殴りあった。


 誰が見ても、最低の人間だった。あとは、父と同じように深夜の大通りで熟睡して、大型トラックに轢き殺されたら、完璧だろう。


 そんなことを思いながら、〈クロガネ遣い〉はトイレを出た。フラフラと歩き出したところで、

「あら、君、いい顔になったじゃない」と、声をかけられた。

 明るく弾んだ声に顔を上げると、穏やかな陽射しの中に天使がいた。

「……ベティさん」


「心配していたのよ。どこかで野垂れ死にしたんじゃないかってね」

 ベティはとろけそうな笑顔を浮かべていた。背後から光が当たっているために、ワンピースを透かして身体のラインが浮き上がっている。たまらなくエロティックだった。〈クロガネ遣い〉は身体の芯に熱を感じ、思わず目をそらした。


「周囲の人に八つ当たりをしたり、自分を憐れんだりするのは、おやめなさい。酒におぼれたり自暴自棄になったりする暇があるのなら、次に始めるビジネスのことを考えるのよ」

 ひどく真っ当なことを言われた。

「幸い、君には若さがある。身ひとつあれば可能性は無限にあるし、やる気さえあれば何だってできる。すべては、君の考えひとつよ」

 ベティは童女のように、無邪気な笑みを浮かべていた。


〈クロガネ遣い〉は反射的に、破壊衝動を覚えた。この女をぶっ壊してやりたい。叩きのめして、自分のものにしたい。しかし、ベティには、触れることさえ躊躇ってしまうような雰囲気があった。そのせいで、〈クロガネ遣い〉の口から出たのは、別の言葉だった。


「……ぶっ壊してやりたい、すべてを奪った連中を」

 内臓から絞り出すような暗い声だった。

「あら、面白いことを考えるのね」

 ベティは艶然と微笑んだ。これまで見せたことのない笑い方だった。〈クロガネ遣い〉は目には、ベティの本性が仮面の裏から染みだしているように見えた。


「この国のアングラマネーがいくらあるか、君に想像がつくかしら? 推定総額で、約25兆円もあるのよ。表の経済が慢性的な不景気で四苦八苦しているというのに、もうびっくりでしょ。暴力団、企業舎弟の非合法的な所得は、その十分の一程度かしらね。これを聞いて、君、どう思う?」


〈クロガネ遣い〉は肩をすくめた。

「自分のことを棚に上げて言うけど、それは不正な方法で手に入れたカネでしょう。表の世界とは切り離された、ブラックマネーだ」


「そう、それが一般的な解釈ね。でも、ブラックマネーは、ずっと金庫の中に溜めこまれているわけじゃない。表の世界にいる私たちと、決して無関係というわけじゃないのよ」

「……無関係じゃない?」


「なぜなら、そのうちのいくらかは、表の世界に回ってくるから。それも、堂々とした太い流れで。例えば、真っ当な株式投資という形をとることもある。その流れは最近、増加傾向にあるの」

「市場が暴落して損失を出すかもしれないのに? 株式投資の難しさぐらい、素人の僕でもわかりますよ」


「もちろん、運用するのはプロフェッショナルの人間よ。企業舎弟の雇われファンドマネージャー。はっきり言って、一般投資家のようなフェアなやり方じゃない。君、一般常識として、仕手戦とかインサイダー取引とかいう言葉は知っているわよね」

〈クロガネ遣い〉は頷いた。


「もし損失を出して元手を減らせば、正真正銘の命取りになる。雇われファンドマネージャーはそれこそ死にものぐるいで、強引に利益を出そうとするの。万が一、当局にバレたら、後ろに手が回りかねないやり方でね」


 ベティは楽しそうに続ける。

「私の馴染みの親分さんはね、大手都市銀行に500億円以上の預金を持っている。口座が普通預金というところがミソね。いつだって好きな時に、預金を引き上げることができる。何せ、500億だからね。大手都銀じゃなくても、親分の機嫌を損ねまいとするでしょうね」

 つまり、大手金融機関と裏社会の癒着、ということだ。


「これまた、馴染みの警察官僚が苦い顔でこぼしていたんだけど、もし、全国の広域暴力団を根絶しにしまったら、真っ当な大手企業が軒並み大打撃を受けて、その結果、ドミノ倒しがおこり、日本経済が破綻しかねないんですってよ」

「……」


「だから、当局の暴力団キャンペーンは、常に寸止めなの。うっかり壊滅させてしまったら、青息吐息の日本経済に止めを刺してしまう。バカげた話だけど、こんな矛盾の上に、この国の経済は成り立っている。ほんと、笑えるわよね」


 だが、〈クロガネ遣い〉には笑えない。

「僕がヤクザへの復讐に走ったら、ただ自滅するだけだ。ベティさんは、そう言いたいんですか?」


「誤解しないで。私はちょっと毒をまぶした一般論を述べただけ。表でも裏でも、不正な取引は堂々と行われている。経済はブラックマネーと切り離せない。そして、そのしわ寄せをくらうのは、いつも君のような一般人という図式よ。どう、腹が立ってこない?」

「……」


「よく覚えておきなさい。経済はめぐるもの。表も裏もなく、世界を循環するものなのよ。あなたが復讐すべきなのは、そのカネの流れ。ゆるぎなく巨大な流れを牛耳ることによってしか、君の怒りと無念を晴らすことはできないのよ」


〈クロガネ遣い〉の目の前に突如、強烈な光が現れた。ベティの全身が光り始めたのだ。それはあたたかく、優しさを感じさせる光だった。

「ベティさん、あなたは一体、何者ですか?」


 にっこり微笑む彼女の周囲には、いつのまにか、光る帯がゆらゆらと宙を漂っている。まるで、天女の羽衣のようにゆらめいていた。まさか、本当に神様だとでもいうのか。

「私はね、君に、期待しているのよ」

 ベティは優雅な手つきで、〈クロガネ遣い〉の左手を指差した。


〈クロガネ遣い〉は思わず、息を飲んだ。信じられないことが起こっていた。彼の左手が「巨大な洋館の鍵」になっていたのだ。歴史を感じさせる真鍮製。その表面には、いくつもの宝石がちりばめられ、高貴な優れものであることが見てとれた。


 ベティは太陽のように微笑んだ。

「その【弁天鍵】をうまく使えば、君は近い将来、この世界の大きな流れを支配することができるかもしれない」


 こうして、〈クロガネ遣い〉の人生は、第二ラウンドに入った。この国の陰の部分、いわゆる裏社会のカネの流れを支配する。そんな無謀とも思える挑戦を開始したのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ