B:天国と地獄
違法カジノをおとずれる人間は皆、一獲千金を狙っている。メインフロアでそれぞれのギャンブルに夢中になっているので、隣接したレストランにやってくる者は、ほとんどいない。のんびりと窓際のテーブル席に腰を下ろしているのは、〈クロガネ遣い〉とベティだけである。おかげで、二人はじっくり話し合うことができた。
「僕に任せたい仕事って何ですか? 金持ち男にあてがう若い女を集めろ、とか?」
〈クロガネ遣い〉が訊ねると、ベティはコロコロと笑った。
「それ、いいわね。久し振りにそういうの、やってみようかなぁ」
かつて女衒の真似ごとをしていたのか、それとも彼女自身を売り物にしていたのか。〈クロガネ遣い〉には、どちらもありそうに思えた。
「手始めに、その方向でいってみましょうか。とりあえずは、君のお手並み拝見ね」
ベティの期待に応えるためには、何が何でも結果を出さねばならない。〈クロガネ遣い〉は早速、仲間に声をかけ、信頼できる女たちをかき集めた。ルックスとスタイルのレベルはもちろんのこと、口の堅さも必要だった。
ベティが集めてくる顧客たちは、一般庶民ではない。おおっぴらに女遊びができないが、金だけは唸るほど持っているエリートたちだ。ベティの作成した顧客リストには、人気芸能人やアスリートの名前が並び、有名政治家や財界人も混じっていた。
関心がないわけではなかったが、〈クロガネ遣い〉は内情に深くは関わらなかった。自分は何も知らない方がいい。そうすれば、万一検挙されても、取り調べで嘘を吐かなくて済む。
ちなみに、その顧客リストは、捜査当局に目をつけられる前に処分した。ベティに言われたからではなく、〈クロガネ遣い〉自身の判断によるものだ。活動期間は半年足らずにすぎなかったが、当分は遊んで暮らせるだけのカネを手に入れた。
同世代の連中なら、ファッションや乗用車、海外旅行に浪費するところだろうが、〈クロガネ遣い〉は物質的な欲求が希薄だった。酒や女にも興味がない。それよりも何かビジネスを起こしたかった。
「だったら、何かプランを考えてみたら?」と、ベティから言われた。「バカな金持ちは、いくらでもいるのよ。それこそ、星の数だけね。好きなだけ、思う存分、ぶんどってやりなさいよ」
ベティの忠告が決め手となり、〈クロガネ遣い〉はビジネスを始めた。真っ当なビジネスではない。はっきり言って、ダーティビジネスである。彼が手がけたのは、マネーロンダリングだった。
世の中には、おおっぴらには使えないカネがある。例えば、現金輸送車から強奪した、パック詰めの数億円。連番は銀行に控えられており、当局も手配しているので、世に出れば一発で足がつく。そうした、使用不能の紙幣の山だ。表から裏に流れてきたカネである。
古本屋と組んでいた頃のつながりで、資金洗浄のニーズの高さは〈クロガネ遣い〉の耳に入っていた。やばいカネというものは基本的に、架空口座に隠したり、小刻みに移動させたりする。時には、覚醒剤に形を換えたりするらしい。カネの出所や所有者を追及されても、一切わからないようにするためだ。
〈クロガネ遣い〉が着目したのは、違法カジノだった。やばいカネを一旦カジノのくぐらせることで、安心して使える紙幣に換えることができる。このビジネスの手法は、中学生にもできるほど簡単だ。
まず、違法カジノでチップにかえる。次に、ギャンブルに興じて、チップが少し減ったところで現金に戻す。たったそれだけで、資金洗浄は完了だ。やばい紙幣は企業舎弟の手から手に流れていき、どこかの運の悪い奴がババをつかむことになる。万一、カジノ側に気づかれても、出所まではつかめない。
非合法なカネは非合法な世界にまぎれこませる。いたって合理的な思考が、大胆極まりないビジネスを実現させた。この手の資金洗浄は、決して珍しいものではない。だが、大規模かつ継続的に行おうとしたのは、〈クロガネ遣い〉が初めてだった。
〈クロガネ遣い〉は早速サークル仲間に声をかけて、20人弱のチームを結成した。もちろん、烏合の衆ではない。他のビジネスで組んだことのある信用に足る面々だし、口の堅さは折り紙付きである。
ただ、警戒は怠らない。初対面同士の二人にペアを組ませ、互いに監視し合うことで、横領や裏切りの発生を封じた。数週間ごとにペアの変更を繰り返し、同じ組み合わせのメンバーが何度もカジノに出入りする危険は犯さなかった。
〈クロガネ遣い〉の指示は緻密でデリケートだった。突発的なトラブルを想定して、二重三重の指令を与えていた。危機管理は徹底しており、各メンバーへの指示は、プリペイドの携帯端末で行った。少しでも危険を感じたら、すぐに廃棄処分した。もちろん、ルーズな者、ヘマをした者は即座にメンバーから排除した。
アンダーグラウンドのビジネスは、着実に実績を重ねていった。取引金額はうなぎのぼりである。すべて順調だった。信じられないことに、弾みがつきだすと、億単位の動くようになった。
ベティは手放しで賞賛してくれたし、〈クロガネ遣い〉は有頂天だった。だが、〈好事魔多し〉という言葉がある。ビジネスが軌道に乗り、好調だったこともあって、引き際を誤るという致命的なミスを犯してしまった。
嗅覚に優れた企業舎弟に嗅ぎつけられたのだ。カジノの上がりから多数もやばい紙幣を見つけ、資金洗浄を利用されていることに気づいたのである。当然、怒りまくっていた。
配下のメンバーの勘がよければ、警戒の度合いを高まったことを察知して、〈クロガネ遣い〉に報告していただろう。しかし、これまでトラブルがなかったため、チーム全体に油断があったのだ。
二人のメンバーが、あっけなく捕まった。粗暴な企業舎弟の前では、彼等は子羊にも等しい。恫喝されて二三発殴られただけで、あっさり内情を白状してしまった。〈クロガネ遣い〉の事務所は、その日のうちに急襲を受けた。
いち早く気配を察知したベティからの連絡のおかげで、〈クロガネ遣い〉は一足違いで逃げのびることができた。しかし、複数の銀行の架空口座にプールしていたカネは全て、企業舎弟に強奪された。
実働半年間で稼いだ総額は数十億円にのぼっていたが、たったの一日で無一文になってしまったのだ。




