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弁財天とクロガネ遣い  作者: 坂本光陽


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A:カネに汚い男


 狗藤は結局、17万5000円を取り戻すために、【弁天鍵】を使わなかった。


 なぜなら、神に怖れを抱いているからである。もし黒之原先輩が犯人でなかったら、狗藤は私利私欲で〈神のアイテム〉を使ったことになるかもしれない。そうすれば、待っているのは天罰だ。カノンから言われた警告は、狗藤の中に強烈な印象を残していた。


 その代わり、別口の問題に関しては、積極的に取り組むことにした。ゼミ研究室で猿渡助手をつかまえて、相談を持ちかけたのである。

「会費を盗られた件とは別口になるんですが、実は、黒之原先輩が飲み会の会費をこれだけしか払ってくれなくて」そう言って、指先で十円玉を掲げた。「密告ちくるみたいで、ちょっとあれなんですけど」


「いや、その手の問題は必ず報告してほしいな。いくら飲み会といっても、一応はゼミの延長になるんだから、幹事の君には報告の義務がある」

 猿渡は二日酔いのせいか、頭が痛くて辛そうに見える。

「それにしても、黒之原くんにも困ったものね。後輩の手本にならないといけない立場なのに、後輩に迷惑をかけたり足を引っ張ったりしているって、これ一体どういうこと?」

「それは僕に訊かれても、何とも言えません」


「ああ、それもそうか。うん、わかった、これまで黒之原くんがしてきた問題も含めて、きちんと対処することにしよう。私が直々に、黒之原くんに話をする」

「よろしくお願いします」

「それよりも、狗藤くん。会費を盗まれた件の方が大問題でしょ。被害金額は17万5000円だっけ? そっちはどうなの? その後、ひょっこり出てきました、なんて話はないわよね」

「……ない、ですね」


「もしかすると、ゼミ生の中に盗んだ奴がいるかもしれない。こっちの方が大問題だよ。身内を疑うことがしたくないけど、最低でも会費を返してもらわないと問題は解決しない。ね。正直いって、君は誰の仕業だと思っている?」


 黒之原の名前を挙げたいが、証拠が一つもないので、口にするのははばかられた。

「……僕には、わかりません」

「そうか。じゃあ、いいや。何か気づいたことがあったら、必ず報告してね」

 もしかしたら、猿渡も黒之原が怪しいと見ているのかもしれない、と狗藤は思った。


 どう考えても、やはり、犯人は黒之原しかいないと思う。17万5000円という大金を堂々と盗むという発想は、普通の大学生にはない。少なくても、ゼミ生にはないと思う。仮に盗んだとしても、せいぜい数万円だろう。


 しかし、カネに汚い黒之原なら、充分ありうることだと思う。

 狗藤は何が何でも17万5000円を取り戻したい。とりあえず、何をすべきだろう。まず、必要なのは手がかりだ。犯人の痕跡を探す。もしくは、黒之原が盗んだという証拠を探しだす。見つけたら徹底的に調べ上げて、言い訳ができないようにする。


 狗藤は手始めに、黒之原のノートPCを調べることにした。貴重品は必ず持ち帰るという決まりを無視して、黒之原はラック棚に自分のPCを突っ込んでいる。


 午前8時前なら、ゼミ研究室は無人だ。経済学部事務室で鍵を借りて、研究室の中に入るだけでいい。黒之原のPCはロックがかかっていたが、何度か借りたことがあるので、パスワードは知っている。


 起動させて最初に確認したのは、パソコン履歴である。案の定、エロ動画や風俗情報のサイトが多い。狗藤にも身に覚えがあるので、モラルの欠如などと言うつもりもない。ただ、こうしたプライベートを見られることは死ぬほど恥ずかしい、自分は気をつけよう、と胸に刻んだ。


 目を通しているうちに、興味深い履歴を見つけた。有名ネットオークションのサイトである。黒之原が出品しているのは、コミックス、ゲームソフト、電子辞書などだった。大学生には身近なアイテムだが、中古品には不相応な価格設定がなされている。こんな高額で売れるとは思えない。


 スクロールしていると、狗藤は奇妙な感覚を覚えた。なぜか出品物に、見覚えがあるのだ。例えば、コミックスのタイトルとカバーの折れ具合。ゲームソフトのタイトルとケースの細かい傷。電子辞書の外見とシールをはがした痕だってそうだ。確か、ここにはアニメキャラのシールが貼られていたのではなかったか。


 間違いない。これらはすべて、ゼミ生の持ち物であり、研究室から盗まれたものだった。最近なくなったあれも、出品物の中にあるのではないか? 狗藤は探した。それは、あっさり見つかった。


 研究室の備品だったデスクトップPCである。比企田ゼミの厄日に、研究室から盗まれたものだ。狗藤は薄々そうではないかと思っていたが、これほど大胆なことをしでかすとは思わなかった。


 黒之原が盗品をネットオークションに出品して、小遣い稼ぎをしている証拠を見つけたのだ。黒之原がニヤニヤしながらノートPCのキーボードを叩いている情景を、狗藤ははっきりと思い描くことができる。


 迷っている時間はない。狗藤は直ちに、猿渡助手に報告した。彼女の動きは素早かった。被害者であるゼミ生たちから詳しい話を聞きとり、出品アイテムが間違いなく研究室から盗まれたものだ、という裏づけをとった。


 しばらくして猿渡助手の連絡を受けて、比企田教授がやってきた。狗藤は猿渡助手と一緒に、事の経緯を説明する。これは明らかな犯罪である。黒之原は報いを受けなければならない。一連の事件は予想以上の大問題になった。


 比企田教授と猿渡助手は迅速に対処して、問題の収拾に乗り出した。ネットオークション業者に対して、出品取り消しを申請するのは、盗まれたPCの製品番号や保証書などの資料がそろってからになるらしい。


「狗藤くん、黒之原くんが顔を見せたら、会議室に来るように伝えて」

 そう言って猿渡助手は比企田教授とともに、会議室に向かった。


 研究室に居合わせたゼミ生たちは、口々に噂した。

「黒之原のヤツ、終わったな」

「賭けてもいいが、退学だね」

「いつかやると思っていたよ」


 やがて、帳本人である黒之原が研究室にやってきた。いつもと同じ仏頂面である。狗藤から猿渡助手の伝言を聞いても、ゼミ生たちから冷たい視線を受けても、彼の表情に変化はなかった。


 いや、それ以前に顔色が悪く、口臭もにおう。黒之原は大きなゲップをすると、何も言わずに背を向けた。気だるそうに足を引きずりながら研究室を出ていった。狗藤は黒之原から、ひどく投げやりな印象を受けた。


 その後、会議室の中でどんなやりとりがあったのか? 黒之原は容疑をあっさり認めたのか? それとも否定したけれど、無理やり断罪されたのか?

 狗藤にはわからない。わかるのは、黒之原が手早く荷物をまとめ、研究室を後にしたことだけだ。黒之原は結局、狗藤には一言も発しなかった。


 翌日、経済学部の掲示板に、告知の文書が貼られた。それによると、「経済学部三年の黒之原兼夫は大学の秩序を乱し、学生の本分に反した行為をおかしたため、処分が決定するまで自宅謹慎とする」ということだった。


 こうして、黒之原はキャンパスから姿を消した。




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