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弁財天とクロガネ遣い  作者: 坂本光陽


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16/37

A:女神のストリップ


 下僕体質の狗藤は、基本的に真面目である。


 細かいことに気が付くし、大変マメでもある。キチンと気配りができるし、他人の顔色をうかがうのに長けている。猿渡助手から飲み会の幹事を命じられたのは、狗藤が適任であるからだ。もっとも、狗藤自身は少しもうれしくなかったが。


 飲み会の会場は大学から徒歩15分の場所にある、比企田ゼミ御用達の居酒屋である。学生が思い切り騒いでも大目に見てくれる。そんな有り難い店舗だった。


 狗藤は飲み会当日、大広間の入口に陣取ると、コピー用紙の空き箱を手に、男性5000円、女性3500円の会費を徴収していた。赤字になることだけは絶対に避けなければならない。


 比企田教授は乾杯の音頭をとると、狗藤の元にやってきた。

「万が一、会費が足りなくなったら、遠慮なく声をかけてくれよ。こういう時のために僕はいるんだからさ」

 そう言い残して、飲み会を中抜けした。大学に戻って、急遽きゅうきょ入ったマスコミ取材を受けるらしい。


 狗藤は幹事として本領を発揮していた。両手いっぱいにビールジョッキを抱えて、大広間の端から端まで走り回っている。飲み物や食べ物の追加に大忙しだった。


「おう、幹事、御苦労。参加者全員が楽しんでいるか、常に目配りを忘れるなぁ」そう声をかけてきたのは、猿渡助手である。


 口調はしっかりしているが、目が座っていた。元々猿顔なのだが、顔を真っ赤にしているせいで、いつにも増してボス猿に見える。猿渡の飲むペースは尋常ではない。中ジョッキの生ビールを一気に飲み干してしまう。


 やばいな、と狗藤は警戒する。猿渡はアルコールに弱い。酔っぱらうと、手近な人間に噛みつく癖があった。噂によると、好みの腕を見ると、噛みつきたくなるらしい。好みといっても、ルックスや性格、体格は一切関係ない。


「表面は柔らかいくせに、中身に硬い筋肉の束が詰まっているのが、私の好みだ」と、理解不能なことを口にしている。

 とにかく、狗藤は幹事の立場から、猿渡助手の噛み癖が出ないことを切に願う。


「ええと、カノンさんはどこだ?」

 追加注文が一段落したところで、狗藤は大広間を見渡した。カノンは部外者であるが、狗藤の友人という触れ込みで特別参加をしている。


 飲み会のことを知ると、なぜか、カノンは「ぜひ参加したい」と訴えてきた。ただし、飲んで騒ぎたいわけではなく、ゼミ生の中に〈クロガネ遣い〉がいないか見極めたい、と言っていた。


 どうも怪しい、と狗藤は睨んでいる。さっき見かけた時も、男子ゼミ生から「すごい美人」「笑顔がかわいい」「抜群のプロポーション」と、ちやほやされて、すっかり御満悦ごまんえつだったからだ。


 カノンは大広間の隅にいた。真っ赤なミニドレスの上に、パステルピンクのカーディガンを羽織っている。相変わらず、露出度が高い。そのせいで、十数人のゼミ生にとり囲まれている。


 カノンは芸事の神様であるためか、社会の俗事に染まっているせいか、妙にノリの軽いところがある。それは、サービス精神旺盛という言い方もできる。


「何や、そんなに私の××××が見たいんか」

「いつでも誘ってよ。私はウエルカムやから」

「どないしょう。チューしてあげようかなぁ」

 そんなセリフが、狗藤の耳に入ってくる。


 男どもから際どい質問の集中砲火を浴びせられても、照れたり黙りこんだりはしない。愛嬌をふりまき、テンポよく対応している。健康的なフェロモンを発散して、男どもを翻弄ほんろうしているのだ。


 カノンは満面の笑みを浮かべていた。男どもにチヤホヤされるのは、カノンにとって快感であるらしい。酒は一滴も飲んでいないのに、頬を赤く染めている。

「え、我慢でけへん? そんなに私のすべてが見たいんか?」

 カノンはゆっくり立ち上がり、カーディガンをスルリと肩から落とした。


 男どもの間から、

「おおーっ」と、どよめきがおこる。

 女神様はバストの上半分を露わにしたという姿になっていた。男どもは押すな押すなの大騒ぎ。まるで欲情したケダモノの群れである。


 まぶしい胸元に美しい鎖骨。釣鐘型のバストは、前方に突き出している。見事なロケットおっぱいは、男どものハートを一瞬で撃ち抜いてしまった。

 カノンは調子にのって、ミニドレスの裾を少しだけ上げる。たちまち、真っ白な美脚がむきだしになった。バカな男どもは何とかパンチラを拝もうと、いじましくも畳に顔をすりつけている。


 狗藤は後ろの方で呆然としていたが、ハッと正気を取り戻した。

「はい、ちょっと待ったぁ」

 熱狂の渦の中に乱入するや、カノンの白い腕をグイッと掴んだ。

「何やってんですかっ」


「え、それって、ヤキモチ?」カノンは赤ら顔で、ヘラヘラ笑っている。

「カノンさん、全然飲んでないのに、酔っぱらったの?」

 わけがわからないが、狗藤はとにかく、この場を収拾しようとする。


「何だ、水を差すなよ、幹事」

「これからが見せ場だろうが」

「空気を読めよ、バカヤロー」

 ケダモノたちから、不満の声が上がる。狗藤に掴みかかる先輩もいた。そのスローモーな動きときたら、まるでゾンビである。


「はいはい、ごめんなさい。ちょっと、通して下さいね」

 狗藤は容赦なく、先輩たちを押しのけた。相手は泥酔しているので、手を払っただけで転んだり、足をもつれさせたりして、まともに歩くことさえできない。狗藤とカノンは難なく包囲網を突破した。


 居酒屋の玄関をくぐりぬけて表に出ると、狗藤はカノンに詰め寄った。

「カノンさん、弁天様がストリップなんかやらかして、どういうつもりですか」

「いやぁ、民から求められると応えたくなんのが、神様のさがやから。ついやっちまったのは、もって生まれたタレント性のせいかもしれんな」


 カノンは悪びれずに、あっさり言ってのける。

「神々の世界も慢性不況なんやねん。国民の信仰心は減る一方やし、民の心を掴むためには、なりふり構っちゃいられへん。そやから、出し惜しみはなしや」

「出し惜しみはなしって、マジで、ストリップをするつもりだったの?」


 カノンは腕組みをすると、重々しい口調で言った。

「これも、カネの悪い流れ〈暗黒潮流〉を断って、民を正しい流れ〈黄金潮流〉に導くためや」

「それって、嘘でしょ」


 カノンは狗藤をジロリと睨みつけてから、いきなりケラケラと笑い転げた。

「はい、嘘でしたぁ。このドアホ、ようわかったな」

「カノンさん、ひょっとして酔ってるの? 一滴も飲んでないのに? もしかして、酒じゃなくて、おだてられて酔った?」

「へへへーっ」

 図星らしい。


「おまえにわからへんやろな。民に注目され、おだてられてチヤホヤされるんは、神にとっては超最高級の快感なんや。ちょっとぐらい浮かれてどこが悪いんや? 細かいことでイチイチ目くじらを立てんな」

 豊かな胸を反らして、カノンは叫んだ。

「そんぐらい大目に見てくれても、ええやないか!」

「開き直った。神様が開き直ったよ」


「おい、誤解すんなや。この人気が永久に続くなんて誰も思ってへん。信者の熱狂なんて、所詮は一過性やしな。ただな、弁財天カノンの光り輝く瞬間は、民の心に焼き付けてやるんや。神々しい姿は未来永劫、伝説として語り継がれるんや」


 まともなことを言っているようだが、狗藤の反応はドライだった。

「伝説なんかにならないよ。人間のアイドルと同じでしょ。大手芸能プロの強力なプッシュを受けて、運よくブレイクしたとしても、もって数年の命。はっきり言わせてもらうと、使い捨てじゃない」


「ああ、消耗品やろうな。一時はチヤホヤされても、落ちぶれてしまえば、〈ああ、そんな子もいたっけ〉って扱いや。あっけなく忘れ去られてしまう。けどな、私には、民に消費される覚悟があるっ」


 カノンは豊かな胸をそびやかし、腕組みをしたドヤ顔で宣言した。



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