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弁財天とクロガネ遣い  作者: 坂本光陽


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B:領収書仕事


〈クロガネ遣い〉は高校生になっても、古本屋との付き合いを続けていた。


 古本屋から学んだことは、おもに裏稼業のノウハウだった。毎日のように、新たな知識を貪欲に吸収した。役に立たない学校の勉強と違って、有益で充実した情報ばかりだった。


 古本屋は文房具も扱っていた。主力商品はノートやボールペンではなく、領収書だった。市販と同じ白地領収書ではない。実在する店舗や会社のネームが入っており、思い通りの金額を書き込める偽造用のニセ領収書である。


 古本屋ではニセ領収書だけでなく、小切手帳や白地手形も扱っている。倒産した企業の小切手帳や白地手形は、裏社会のルートで流通している。古本屋はそれらを大量に入手しては、顧客のニーズに応えて加工を施した。


 例えば、ニセ領収書にふさわしい発行先と金額を適切な筆跡で記入したものをバラ売りにしたのだ。顧客はそれらを使って、脱税をおこなったり不正なカネを手に入れたりすることができる。


 つまり、不正蓄財のニーズに、古本屋は対応していたのだ。電話一本で入手できるため、裏社会では頼りにされていたし、人気も高かった。


 もっとも、〈クロガネ遣い〉は当時、詳しい内情は知らなかったし、知りたいと思わなかった。軽はずみに関わってはならないし、足を踏みこむべき領域ではないと、何となくわかっていたからだ。


 〈クロガネ遣い〉は乾いたスポンジのように、ノウハウを吸収していった。商談の進め方はもとより、先方のニーズの引き出し方や効果的なセールストーク、相手を信用させる誠実さと謙虚さ、軽んじられない程度のはったりと脅し、トラブル発生時のフォロー、長期取引につなげるための営業戦略。学校の授業では学ぶことのできない、知識と情報、ノウハウが確実に蓄積していった。


 この頃の経験は、〈クロガネ遣い〉の人生に大きな影響を与えている。現在の能力と人脈は、高校時代にまいた種が発芽し、養分を吸収し、たっぷりと時間をかけて、大きく成長させたものだ。


 ある日、いつものように配達から戻ると、古本屋が見知らぬ男と商談をしていた。小太りの中年男だった。生活が荒れているのか、不健康な顔色をしていた。目の下には隈が刻まれ、ひどい口臭を漂わせていた。


 中年男の口調はぞんざいで高飛車だったが、古本屋は他の顧客以上に敬意を払っているように見える。一体何者なのだろう、と〈クロガネ遣い〉は思った。


 中年男が帰った後で、古本屋は教えてくれた。

「あの人は仲間内では、マルボーと呼ばれている」

「マルボーというと、暴力団関係の人なんですね」

「いや、取り締まる方の、警視庁捜査四課なんだ」


 つまり、暴力団担当の刑事という意味である。マルボーは表向き依願退職だが、実質的には懲戒免職だったらしい。度重なる暴力沙汰、素行不良の上、重度のギャンブル依存症。多額の借金があり、暴力団との癒着もあったらしい。


 古本屋の顧客には柄の悪い人は大勢いたが、マルボーほど危険な男はいなかった。〈クロガネ遣い〉の高校生最後の夏、マルボーが引き起こした事件のことを、一生忘れられないと思う。それは間違いなく、〈クロガネ遣い〉の人生観に、大きな影を落としている。



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