第3話 兆候
潜入生活も数日目を迎えた。
畑仕事や家事、食事の準備など、信者たちの日常に少しずつ馴染んでいた。
外界から隔絶された山奥の施設で、時間の流れはゆっくりで、規則正しい生活は思った以上に心を落ち着けた。
しかし、完全に平穏というわけではなかった。
建物の隅や森の奥、見慣れない小道に目を向けると、わずかな違和感を感じる。
信者たちの中には、言葉には出さずとも鷲尾の行動を注意深く観察する者もいる。
特に夜になると、物音一つで体が緊張する自分に気づき、潜入の身であることを再認識した。
ある夕方、畑仕事を終えて戻る途中、鷲尾は有刺鉄線で囲まれた近代的な大きな建物を見かけた。その建物は穏やかな農村とは異なり、不自然な存在として建っていた。
有刺鉄線と柵は頑丈で、普段の信者は近づかない場所にある。
中からはかすかに機械音のような振動が伝わる。
「……何の建物だ?」
興味を惹かれる一方で、教団内での立場を考え、簡単に確認することはできなかった。
夜、宿泊施設に戻ると、食事の際に見知らぬ信者と席が隣になった。
静かに箸を動かすが、時折、鋭い視線を感じる。
「俺、何か失敗でもしたのか?」
問いかけることもできず、鷲尾はただ目を合わせずに食事を続けた。
翌日、森の小道を通って畑に向かう途中、例の建物の観察を試みた。茂みに身を隠し慎重に建物の周りを観察する。有刺鉄線ごしに警備員と思われる男がライフルを抱えて巡回している姿を確認した。
「この日本で武装した警備員だと…」
大きく深呼吸をして頭を働かせる。
失踪調査と侮っていたが、事態はそんな安易な事ではないと警笛を鳴らす。
ここは、一旦、農作業に戻り調査方法を立て直すのが賢明だろう。
そっと、森の小道へと戻ると、自然を装い農村へと歩きだした。
日が沈むころ、再び宿泊施設に戻った。
不安もあったが、今はまだ表向きの日常を続けるしかない。
建物の奥に何があるのかは分からない。静かな生活の裏にある微かな違和感が、鷲尾の神経を少しずつ尖らせていた。




